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もし好きだって言えば

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 俺が白雪部長に相談してか数日が経過した。
 色々部長に相談をしてなんだが、あの後から特に進展は無く、モヤモヤした気持ちが胸にある。
 
 部長の言った言葉。
 俺が、恋するのに恐怖している。
 
 昔好きだった幼馴染と再会をして、昔の様に話せて、思い出したかの様にあの時の好きって想いが灯る。
 だが、一度振られた傷心から俺は、自分の気持ちが分からない。
 アイツとどうなりたいのか、アイツと付き合って、結婚したいのか。
 
 これも部長が言った。
 結局の所、俺の気持ち次第だと。
 アイツ、凛と、そして娘である鈴音と築く家族に憧れを持っているのは確かだが。
 
 1つだけハッキリとした気持ちがある。
 
―――――やっぱり、好きになった女性には幸せになってほしい。

 その相手が、俺じゃなくても。
 昔から俺は、アイツが笑顔が、大好きだから。



「えぇええええ! 田邊さん! また例の副社長さんからお誘いがあったの!?」

 昼食の時間になって、社員各々が持参または買って来た昼食を食べる中、喧噪の食事スペースに営業部で俺の部下である結城の声が一際響く。
 その大声に全員が視線を向けると、対面していた凛が恥ずかしそうに赤面して、騒いだお詫びだと周囲に頭を下げていた。

「ちょっと結城さん! 声が大きすぎ!」

「ご、ごめん……。ちょっと驚いちゃって……。だけど本当に驚いたよ。前に食事の誘いを断ったって聞いた時もだけど、また誘って来るなんて」

「私も驚いてるよ。当日断った私を誘ってくれるなんて。前は本当に失礼なことをしたって反省してるよ」
 
 凛は持参した弁当を食べながら答える。
 今2人がしている話題は、例の取引先である『オオヒラ』の副社長か。
 
 そう言えば、凛はそこの副社長と会食があったのに、俺の風邪でドタキャンしたんだったな。
 まあ、相手がそれで機嫌を損なわないでくれたからか、特に何も言って来てはいない。
 俺達の社長は相手側からすれば恩人らしいから、取引中止なんてのはないと思っていたが、内心心臓がバクバクだった。もし苦言があれば土下座でもしようとした気持ちだ。

 そんな『オオヒラ』の副社長は、ドタキャンした凛に懲りずに食事の誘いをして来てるようだ。
 …………正直聞きたくない話だが、聞かないは聞かないでモヤモヤするから、凛の死角の席に座って盗み聞きをしよう。
 
「それにしてもさ。食事を断った相手をもう一度誘うなんて、田邊さん、相当気に入られているみたいだね」

「そう…………なのかな?」

「そうだよ。普通一度断られれば脈無しだって諦めるはずなのに。まあ、田邊さんって三十路超えてるのに若々しくて、スタイルも良い美人だから、男からすれば見逃せない相手よね」

 それに同感する。
 凛は学生の頃から美人だが、1歩引いた態度から空気薄めみたいな立ち位置で、それに、俺が居たから周りが揶揄って男っ気が全くなかった。普通なら、凛は歳を差し引いても男からすれば良い女だ。
 1度や2度断られただけで諦められないよな……なのに、俺は。

「それでさ田邊さん。その誘い受けるの?」

 結城の問いに何故か俺の心臓が一回強くドクンと鳴る。
 凛の答えは…………。

「正直、迷ってるよ。相手は一応取引先だけど…………別の意味を含めるなら、私は……」

 取引関係を結んでいるのなら接待を含めた会食があっても不思議ではない。
 凛は迷っている。取引関係での会食なら受けるが、相手の下心に対しては拒否したいみたいな。

「受けなよ田邊さん。取引云々として、相手はこの地域では大手企業の副社長だよ? 前にも言ったけど、もし結婚になったら、良い暮らしが出来るかもしれないし、玉の輿なんて女性にとって憧れじゃん」

 結城が身も蓋も無い事を言う。
 だが、凛は苦悩した様に首を横に振る。

「確かに、仮に大平さんが私に対して好意を持ってくれてたら、1人の女性として嬉しいよ。それに、結婚すれば今よりも良い暮らしが出来るかもしれない。だけど…………結婚はお金だけが全てじゃないよ」

 凛は握る箸を置き。

「勿論、お金が無くても愛があれば全部上手くいくとは言わない。だけど、私には大事な娘がいる。私にとって娘は宝物。だから、結婚の最低条件は、娘を大事にしてくれる相手。同じ血を引いてなくても、娘を家族として愛してくれる、それだけは譲れないよ」

 凛と結城の間に静かな空気が流れる。
 凛の言葉からすれば、結婚すること自体は否定的じゃなくても、娘を鈴音を愛してくれる相手じゃない限り結婚はしないということだろうか。
 その条件なら…………俺は。

「まあ、そうよね。独り身だったら兎も角、娘さんがいるなら、娘さんのことも考えるのが母親として当たり前か」

 結城も凛の意志を尊重して異論は唱えなかった。
 だが、別の事が気になったのか。

「だとしても田邊さん。田邊さんは好きな人、「あ、この人いいな」って感じの人はいないの?」

「す、好きな人!?」

 予想外の質問だったのか度肝を抜かれた様に狼狽する凛の反応に、結城は何かを感じ取ったのか。

「お? 田邊さん、顔を真っ赤にしているね? 私の経験則だと、この質問に対して本当に好きな人がいない人は涼しい顔をするけど、その反応、もしかして好きな人がいるの!?」

 結城の驚きの声に周りの主に野郎どもが反応。
 年上、年下関係無く、独身男性が凛の答えを待っていた。
 こいつら……密かに凛を狙ってやがったな。
 俺は周りの野郎どもを殴りたい衝動を抑えながら、凛の回答を待った。そして。

「…………うん、いるよ」

 凛は諦めた様に頷いた。
 その答えに、野郎どもは落胆の溜息と、もしかして自分ではないのかという希望を持った奴もいる。
 俺はその好きな人が誰なのかを知っている……。
 そして凛は、決してそいつに想いを打ち明けない理由わけも。

「へえ? 田邊さん好きな人がいるんだ。なら、その人と付き合いたいって思わないの?」

「思わない……って言えば、嘘になるよ。本当は何度も考えた。再会してから……ううん、再会する前から何度も」

「再会って……つまり今は近くにいる相手ってこと? なら思いの丈をぶつければいいじゃん。田邊さんは美人だし、相手も満更じゃないはず……もしかして、既婚者? もしくは彼女がいるとか?」

 凛は既婚者と彼女を否定する様に首を横に振った。

「なら別に誰に責められるわけでもないし、告白すれば―――――」

「できないよ」

 遮る様に凛が言った。
 俺の方から表情は分からない。嗤っているのか、悲しんでいるのか。
 だが、心なしか凛の声が少し震えていた。

「彼は、本当に優しい人なの。昔、深く傷つけたはずの私を、昔の様に接してくれた。そして傷つけた事に対して恨んでないって言ってくれた。正直、呆れるぐらいお人よしなんだ、彼は」

 おい、誰が呆れる程のお人好しだゴラッ。
 俺はお前を恨む道理が無いから恨んでないだけで、別にお人好しってわけじゃないからな。

「恨んでないなら別にいいんじゃ……」

「良くないよ。彼は優しい。皆から慕われて、頼られて、そんな姿に私は何度も胸がトキめいた。そしてその度にそんな彼を裏切り、傷つけた事への罪悪感と自分に対しての嫌悪感が生まれた」

「私は田邊さんの過去は全然知らないけど。その彼が許しているなら、彼に聞いてみればいいじゃん。私の事をどう思っているのか、って……」

 結城の言葉は徐々に歯切れが悪くなる。
 予想以上に重たかったのか、結城の顔が少し青ざめているのが分かる。
 
「結城さん。ありがとね。私の事を心配して言ってくれてるって分かるよ。…………だけど、ごめん。もし仮に、彼が私の事を恨んで無くて、夢みたいなことだけど、付き合えたとしても……多分、私が自分を許せないと思う。彼を裏切った分際の私が、本当に彼と幸せになっていいのか、って……」

 俺はその言葉を聞いたあとに、持参した軽食を一口も食べる事無く、食事スペースを出た。

 それから暫く時間が経ち、昼休みが残り5分になった頃、凛は営業部に続く廊下を歩いていた。
 凛が来るのを廊下の角で待ち伏せしていた俺は、タイミングを見計らって、角から出る。

「よう、田邊。メシはしっかり食べたか? 午後から幾つか営業に出て貰うつもりだけど」

 偶然を装い話しかけると、凛は少し戸惑いを見せる。
 食事スペースでの会話を思い出していたのか、少し余所余所しいが、切り替えた様に頷き。

「はい。ご心配なくしっかりご飯は食べて来ました。それよりも古坂課長こそ、しっかりとご飯は食べましたか? 課長なんだから、空腹で仕事に影響を与えると部下に示しが付きませんよ?」

 仕事モードの会話の中に嫌味を混ぜる凛。この切り替えは本当に感服する。

「うるせえな。俺だってメシはしっかり食べてるわ」

 嘘だ。本当は軽食のおにぎりを1口齧っただけ。多分、終業前には空腹状態だ。
 クスクス笑う凛。この笑顔から本当に昼食の時に話していた闇があるとは思わない。
 マジで末恐ろしい女だ。女優目指してれば有名人になってたんじゃないか?

「では古坂課長。もう直ぐ昼休みも終わりますから、部署に戻りましょう」

 凛が俺の横を通り、営業部の部署に戻ろうとした時、俺は乾いた喉を無理やり唾で潤し、緊張気味に凛へと振り向いた。

「待て、凛」

 俺の呼び止めに凛の足は止まり振り返る。

「どうしました古坂課長? 確か、仕事中は苗字で呼ぶんじゃなかったですか?」

「今は昼休み中だ、仕事中じゃない。なら、別にいいだろ」

 「そっちがいいなら」って微妙な顔の凛は首を傾げ。

「ならどうしたのこーちゃん。私を呼び留めて?」

 真っ当な質問だ。
 いきなり俺から言った仕事中は互いは上司と部下の立場と言うのを屁理屈で捻じ曲げてまで、呼び止めた理由、それは―――――俺は汗で滲む手で握り拳を作り。

「凛。俺がもし、お前のことが……………好きだって言ったら、お前は俺の気持ちに応えてくれるか?」

「…………………は?」

 呆気に取られる凛。小さく口を開き、瞳を揺らす。
 徐々に頬に熱が籠った様に赤くなり、凛の首筋に汗が滲み出る。

「な、なにを言ってるの……こーちゃん。だって、私は……こーちゃんを」

 心の底からの困惑に後ずさる凛。自分の感情に揺れているのか。

 俺はぷっ、と失笑をして。

「だはははっ! 冗談だ冗談。お前が午前中に提出した資料に幾つも間違いがあって、俺が部長に小言を言われたんだから、その仕返しだ」

 俺は握っていた紙束を凛の頭に乗せる。これは今言った通り、凛が俺に提出した営業の報告書だ。
 〇が書いてある部分が間違いである。凛はそれを受け取ると、未だに状況が呑み込めないのか。
 紙と俺を交互に見て、次第に呑み込み始めたのか、今度は違う意味で顔を真っ赤にして。

「もう! 今のは流石に冗談だとしても酷すぎるよ! 心臓が止まるかと思った! てか、それってセクハラに入るんじゃない!? 訴えるよ!」

「悪い悪い。今度美味しいお菓子奢ってやるから。マジでセクハラ告発は勘弁してください……」

「ふん! なら、結城さんに教えてもらったケーキ屋さんにある高級プリン(一個1500円)3つね!」

「ははっ。そんなんで機嫌を直してくれるなら幾らでも買ってやるよ」

 笑う俺に睨む凛。
 流石に今のは俺も自分を最低だと思った。
 だけど、咄嗟だった。咄嗟に俺は自分が耐え切れなくなって冗談だと言ってしまった。
 凛の気持ちを知っている所為か、胸がズキズキする。マジで俺、屑野郎だな。相手の気持ちを弄ぶなんて。

 だけど、やっぱり凛も俺と同じ様に過去に囚われている。そして今も踏み出せないでいる。
 
 なあ、凛。俺達は、どうすれば互いに幸せだと思える未来に辿り着けるんだろうな。
 
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