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第三十三話 ミスズさんを! ナメたら! アカンぞ!
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再び風バイクで走り出すと、見知った風景から、次第に見知らぬ風景に変わっていく。それと共に、旅の高揚感が頭をもたげて来る。
この先なにがあるか分からないが、このワクワク感だけは本物だ。
「やっほー!」
風バイクはさっき泣いたのが嘘だったように元気なミスズに運転させ、背中合わせに乗った俺は“砂漠の歩き方”を読むことにした。文字を読むのは店の看板だけ、という生活が長く続いた影響で、彼女は長文を読むと頭が痛くなるらしい。
「砂漠の幅は、一番狭いところで約百サット。キロで言うと四百キロってとこか。一旦一番狭いところまで行って、最短で砂漠越えをしようと思うのだが?」
「それでええよ」
ミスズが半分振り返って首肯した。いかなミスズでも、老人の道路斜横断みたいな危険な考え方はしなかったようで安心した。
「風バイクの速さは、体感原チャリと同じくらいだから…狭いところに行く時間も含めて、まぁ三日もあれば横断できるな」
人の足やラクダなんかと違って、風バイクは疲れを知らないうえ、燃料無限で故障は皆無。ライダーが起きていようが寝ていようが、走り続けられるのがありがたい。
「ほな、それでいこか」
載っている地図によると、砂漠の一番狭い場所の両岸には、“レクバール”と“ロッキビン”という小さな街が記されている。砂漠を通る者は、皆ここで準備を整えるのだろう。
「お、特集記事があるぞ。ふむふむ、砂漠を歩いていると、足音を聞きつけて砂龍ってヤツが出てくるらしい」
他のバケモノについても色々書かれているが、最も多くのページが砂龍について割かれている。その贔屓振りは、他のバケモノすべてより、砂龍一種のページが多いくらいだ。
恐らくエーリカは、コイツの存在を教えたくて、この本を勧めてきたのだろう。気を遣わせて申し訳ない。
「出てくるとどうなるんや?」
「挨拶して帰ってくれる…なんてわけはないし、当然喰われるな」
「剣呑やなぁ」
砂龍のページを繰り、生態についての項に至る。
「なかなかでかいぞ。六十ヤコツだから…約二十メートルか。さすが“龍”と呼ばれるだけのことはあるな」
「ほうほう、凄いやん」
「時々砂の上に顔を出して空気を吸って圧縮し、それを身体中の管から噴き出して砂の中を自由に移動する…か」
「どういうことなん?」
「テレビでやっていたが、砂に空気を吹き込むと、砂がまるで水のようになって、軽い物は浮くし、重い物は沈むようになるんだと」
空気を吸うことで、呼吸と砂中移動を実現するわけか。便利。
「なんやわからんけど、そうなんか」
「俺も原理を知っているわけじゃないから、それで納得してくれ」
道なき道を走ること数時間。
日が暮れる前に、なんとかこちら側の最前線、レクバールに着いた。
レクバールは、ラウヌアの街のように農地や洞窟などはない、小規模な宿場街だ。広さは百メートル×五十メートル程度。街の外周には、砂避けのためかミスズの身長ほどの石造りの壁、その上に丸太が立てられた壁が巡らされている。
入り口のトーテムを過ぎると、ひと気の割りに、打楽器や鈴のような賑やかな音が聞こえてきた。
「おっちゃん、今日はここで泊まるん?」
「そうだな、荷物はラウヌアから持ってきたもので事足りるから、買うものはない。砂漠越えは夜の間でないと面倒だから、このまま強引に超えるか、一晩泊まって明日の夕方出るか…」
そこで俺は、大事なことに気がついた。
『アリア、ここの通貨を知っているか?』
『ラウヌアと同じです。この大陸は、どの国もアプリを使っていますから、レクバールも同じはずです』
こんな小さな街が独自の通貨を持っているはずがないので、アリアが言うことは正しいのだろう。それはそれで安心したが、国は違っても通貨が同じことに、なにか不自然なものを感じた。
EU内でも各国独自の通貨があるし、アメリカですら州毎にデザインの異なる貨幣がある。あり得ないとは思わないが、大陸レベルで通貨が同じとはおかしな話だ。
「ミスズさん、ここでもアプリは使えるそうだ」
『一晩くらい休んでも構わないか?』
密かにアリアにお伺いを立てる。
『はい。危険な砂漠ですから、万難を排して臨みましょう』
「…だから、一晩ゆっくりしよう」
「やったぁ、明日はホームランやな!」
妙なことを言いながら、ミスズは駆け出した。
『ここに来るのは、砂漠越えの準備をするためですから、店と宿。隊商の護衛といった職業の方が多いです』
主な産業は商業とサービス業というところか。
『ここはどこの国に属しているんだ?』
『ここはどこの領地でもありません』
『どこでもない? そんなことがありえるのか?』
『この辺りでは作物も採れませんし、商業も規模が小さくて、取れる税金より経費の方が多くかかります。ですので、誰も領地にしようとは考えないのです』
『へぇ、そんな場所は他にもあるのか?』
『あります。…というか、殆ど人が住んでいなくて、畑も鉱山も森もないような荒地は大概そうですね』
国同士がミチミチに国境を接していがみ合う、なんていうのが当たり前だと思っていたが、領地を主張し維持するには、兵力や統治組織を置かねばならないだろう。
そういうコストをかける価値のない土地が、この世界にはあるということか。
国際法も無さそうだから、領土は宣言するだけじゃなく、武力で守らなくちゃならんのだろうな。逆に言えば、武力さえあれば領土は奪い放題だ。そして、武力を養うために領土を奪い、領土を守るために武力を蓄える堂々巡りになるわけだ。
「なんか文句あるんか?」
ミスズの怒声が、俺を現実に引き戻した。
「どうしたミスズさん? なにが…」
五メートルほど前方で、刀を携えた女が、腕を広げてミスズの前に立ち塞がっていた。
ウルフカットの燃えるような赤い髪、長身で豊満な体躯。頬に魚の骨のような縫い目があるが、それなりに美人である。彼女はアリアが言っていた隊商の護衛だろうか。
女は俺を睨むと、忌々しそうに口を開いた。
「あんたはこの子の連れか? 自由民の街は物騒だからね、小さい子から眼を離すんじゃないよ」
「だぁれが小さい子やぁ!」
殴りかかろうとしたミスズを脇に退け、女との会話を試みる。
「心配してくれてありがとう。だが、こう見えても彼女は暦とした大人だし、それに…」
俺も充分喧嘩っ早いのだが、今は俺以上に沸騰が早いミスズがいるので、結果的に止め役になっているのが笑える。保護者だからな、仕方ないな。
「あ?」
女が俺の後ろの辺りを見ながら、眼と口をぽかんと開いた。
俺が振り返ると、襤褸布を纏ったような黒い影が、ミスズに掴みかかったところだった。フードの下から覗く赤い眼が俺を睨む。
「ちょ、放せやコラぁ!」
叫ぶミスズを抱えて、影は街の出口に向かって走り出した。
アリアが使えるという身体強化で脚力を強化したのか、ミスズのように風魔法を使ったのかは分からないが、まさに風のような速さだ。
両側に立つトーテムを抜ければ、そこには俺たちが通ってきた荒地が広がっている。
「おまん! なの呆けちゅう? 早ぅ追わんと!」
「…なんだって? 今、なんと言った?」
女の口調が突然変わったので、今度は俺の眼と口がぽかんと開いた。
「あてぃのこたぁえいき、早ぅしぃや!」
私のことはいいから、早く追えと言っているようだ。
「大丈夫だよ。まぁ見てなって」
走り出そうとする女を留めながら、小さくなる影を指差した。
ボォン!
ちょうどいいタイミングで爆発し、黒い男は燃え上がった。
ミスズは宙返りして飛び降りると、悶える男に脚を掛けて転ばせた。
「ちゃあああ? なんちや?」
「な?」
女に言い残して、俺は急いで炎の方向に走った。
燃える男に、ミスズが機関砲のような蹴りを入れていたからだ。
「この! ミスズさんを! ナメたら! アカンぞ! おぉ?」
更に赤い石を一握りぶつけようとしたので、慌てて腕を掴んだ。
「ミスズさん、それ以上いけない」
この先なにがあるか分からないが、このワクワク感だけは本物だ。
「やっほー!」
風バイクはさっき泣いたのが嘘だったように元気なミスズに運転させ、背中合わせに乗った俺は“砂漠の歩き方”を読むことにした。文字を読むのは店の看板だけ、という生活が長く続いた影響で、彼女は長文を読むと頭が痛くなるらしい。
「砂漠の幅は、一番狭いところで約百サット。キロで言うと四百キロってとこか。一旦一番狭いところまで行って、最短で砂漠越えをしようと思うのだが?」
「それでええよ」
ミスズが半分振り返って首肯した。いかなミスズでも、老人の道路斜横断みたいな危険な考え方はしなかったようで安心した。
「風バイクの速さは、体感原チャリと同じくらいだから…狭いところに行く時間も含めて、まぁ三日もあれば横断できるな」
人の足やラクダなんかと違って、風バイクは疲れを知らないうえ、燃料無限で故障は皆無。ライダーが起きていようが寝ていようが、走り続けられるのがありがたい。
「ほな、それでいこか」
載っている地図によると、砂漠の一番狭い場所の両岸には、“レクバール”と“ロッキビン”という小さな街が記されている。砂漠を通る者は、皆ここで準備を整えるのだろう。
「お、特集記事があるぞ。ふむふむ、砂漠を歩いていると、足音を聞きつけて砂龍ってヤツが出てくるらしい」
他のバケモノについても色々書かれているが、最も多くのページが砂龍について割かれている。その贔屓振りは、他のバケモノすべてより、砂龍一種のページが多いくらいだ。
恐らくエーリカは、コイツの存在を教えたくて、この本を勧めてきたのだろう。気を遣わせて申し訳ない。
「出てくるとどうなるんや?」
「挨拶して帰ってくれる…なんてわけはないし、当然喰われるな」
「剣呑やなぁ」
砂龍のページを繰り、生態についての項に至る。
「なかなかでかいぞ。六十ヤコツだから…約二十メートルか。さすが“龍”と呼ばれるだけのことはあるな」
「ほうほう、凄いやん」
「時々砂の上に顔を出して空気を吸って圧縮し、それを身体中の管から噴き出して砂の中を自由に移動する…か」
「どういうことなん?」
「テレビでやっていたが、砂に空気を吹き込むと、砂がまるで水のようになって、軽い物は浮くし、重い物は沈むようになるんだと」
空気を吸うことで、呼吸と砂中移動を実現するわけか。便利。
「なんやわからんけど、そうなんか」
「俺も原理を知っているわけじゃないから、それで納得してくれ」
道なき道を走ること数時間。
日が暮れる前に、なんとかこちら側の最前線、レクバールに着いた。
レクバールは、ラウヌアの街のように農地や洞窟などはない、小規模な宿場街だ。広さは百メートル×五十メートル程度。街の外周には、砂避けのためかミスズの身長ほどの石造りの壁、その上に丸太が立てられた壁が巡らされている。
入り口のトーテムを過ぎると、ひと気の割りに、打楽器や鈴のような賑やかな音が聞こえてきた。
「おっちゃん、今日はここで泊まるん?」
「そうだな、荷物はラウヌアから持ってきたもので事足りるから、買うものはない。砂漠越えは夜の間でないと面倒だから、このまま強引に超えるか、一晩泊まって明日の夕方出るか…」
そこで俺は、大事なことに気がついた。
『アリア、ここの通貨を知っているか?』
『ラウヌアと同じです。この大陸は、どの国もアプリを使っていますから、レクバールも同じはずです』
こんな小さな街が独自の通貨を持っているはずがないので、アリアが言うことは正しいのだろう。それはそれで安心したが、国は違っても通貨が同じことに、なにか不自然なものを感じた。
EU内でも各国独自の通貨があるし、アメリカですら州毎にデザインの異なる貨幣がある。あり得ないとは思わないが、大陸レベルで通貨が同じとはおかしな話だ。
「ミスズさん、ここでもアプリは使えるそうだ」
『一晩くらい休んでも構わないか?』
密かにアリアにお伺いを立てる。
『はい。危険な砂漠ですから、万難を排して臨みましょう』
「…だから、一晩ゆっくりしよう」
「やったぁ、明日はホームランやな!」
妙なことを言いながら、ミスズは駆け出した。
『ここに来るのは、砂漠越えの準備をするためですから、店と宿。隊商の護衛といった職業の方が多いです』
主な産業は商業とサービス業というところか。
『ここはどこの国に属しているんだ?』
『ここはどこの領地でもありません』
『どこでもない? そんなことがありえるのか?』
『この辺りでは作物も採れませんし、商業も規模が小さくて、取れる税金より経費の方が多くかかります。ですので、誰も領地にしようとは考えないのです』
『へぇ、そんな場所は他にもあるのか?』
『あります。…というか、殆ど人が住んでいなくて、畑も鉱山も森もないような荒地は大概そうですね』
国同士がミチミチに国境を接していがみ合う、なんていうのが当たり前だと思っていたが、領地を主張し維持するには、兵力や統治組織を置かねばならないだろう。
そういうコストをかける価値のない土地が、この世界にはあるということか。
国際法も無さそうだから、領土は宣言するだけじゃなく、武力で守らなくちゃならんのだろうな。逆に言えば、武力さえあれば領土は奪い放題だ。そして、武力を養うために領土を奪い、領土を守るために武力を蓄える堂々巡りになるわけだ。
「なんか文句あるんか?」
ミスズの怒声が、俺を現実に引き戻した。
「どうしたミスズさん? なにが…」
五メートルほど前方で、刀を携えた女が、腕を広げてミスズの前に立ち塞がっていた。
ウルフカットの燃えるような赤い髪、長身で豊満な体躯。頬に魚の骨のような縫い目があるが、それなりに美人である。彼女はアリアが言っていた隊商の護衛だろうか。
女は俺を睨むと、忌々しそうに口を開いた。
「あんたはこの子の連れか? 自由民の街は物騒だからね、小さい子から眼を離すんじゃないよ」
「だぁれが小さい子やぁ!」
殴りかかろうとしたミスズを脇に退け、女との会話を試みる。
「心配してくれてありがとう。だが、こう見えても彼女は暦とした大人だし、それに…」
俺も充分喧嘩っ早いのだが、今は俺以上に沸騰が早いミスズがいるので、結果的に止め役になっているのが笑える。保護者だからな、仕方ないな。
「あ?」
女が俺の後ろの辺りを見ながら、眼と口をぽかんと開いた。
俺が振り返ると、襤褸布を纏ったような黒い影が、ミスズに掴みかかったところだった。フードの下から覗く赤い眼が俺を睨む。
「ちょ、放せやコラぁ!」
叫ぶミスズを抱えて、影は街の出口に向かって走り出した。
アリアが使えるという身体強化で脚力を強化したのか、ミスズのように風魔法を使ったのかは分からないが、まさに風のような速さだ。
両側に立つトーテムを抜ければ、そこには俺たちが通ってきた荒地が広がっている。
「おまん! なの呆けちゅう? 早ぅ追わんと!」
「…なんだって? 今、なんと言った?」
女の口調が突然変わったので、今度は俺の眼と口がぽかんと開いた。
「あてぃのこたぁえいき、早ぅしぃや!」
私のことはいいから、早く追えと言っているようだ。
「大丈夫だよ。まぁ見てなって」
走り出そうとする女を留めながら、小さくなる影を指差した。
ボォン!
ちょうどいいタイミングで爆発し、黒い男は燃え上がった。
ミスズは宙返りして飛び降りると、悶える男に脚を掛けて転ばせた。
「ちゃあああ? なんちや?」
「な?」
女に言い残して、俺は急いで炎の方向に走った。
燃える男に、ミスズが機関砲のような蹴りを入れていたからだ。
「この! ミスズさんを! ナメたら! アカンぞ! おぉ?」
更に赤い石を一握りぶつけようとしたので、慌てて腕を掴んだ。
「ミスズさん、それ以上いけない」
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