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第二十五話 アカン、逃げるでおっちゃん!
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俺たちは三度、祭壇の前に立った。
俺は虫のオブジェを祭壇の上に置いた。
「…何も起こらん…のか?」
注意深く周囲を見回した後、最後に後ろを振り返ると、ミスズが地面に蹲っていた。
「ミスズさん?」
爆発か何かが起こることを予測して,姿勢を低くしているのかと思っていたが、呼んでも起き上がらない。どうやら違うようだ。
「今度はミスズさんか! 苦しいのか?」
「…おっちゃん…なんか変や…」
ミスズの傍らに膝を衝いて、背中を撫でる。
「気分が悪いのか? 吐くか?」
「ちゃう…ちゃうけど、…道が分かるようになったみたいや」
「…えっ?」
間抜けな声を出してしまったが、それ以外の反応ができなかった。
「さっきそこに触ったとたん、ここの洞窟の道、こっから上の地図が見えてきたんや」
「なんだそれ、凄いじゃないか!」
「けど、ダブって見えてまうから、変な感じやねん」
「あー…」
その気持ち悪い感じは理解できるが、どうすることもできない。
俺は周囲に気を配りながら、ミスズの背中を撫でた。
「…前にテレビで見たことがあるが、景色が逆さまに見えるメガネをかけると、最初は頭が混乱して気持ち悪くなるが、人間の脳はすぐに慣れてしまって平気になるらしいぞ」
「ほんで? …どういうことなん?」
俯いたまま、苦しそうに答えを返す。
「多分ミスズさんの場合、景色と地図の両方が見えるという状態は変わらないが、慣れると見たい方だけがくっきり見えて、もう片方は気にならなくなるとか、そういう状態になるんじゃないか?」
「あ、あぁ…そゆことか…」
ミスズは苦しそうに言うと、勢いよく立って叫んだ。
「なったで!」
「はやっ!」
「はぁー、こんな風になるんか。ホンマにホンマや、両方見えてるけど全然邪魔にならんわ」
「若いからか? 驚きの慣れスピードだ…って言うか、なんでそんなことになったんだ?」
とは言ったものの、答えは分かる。
もちろん、ミスズが神に選ばれた勇者だからだ。
でなければ、同じ異世界人でありながら、なんの取り得もない俺という存在の理由が分からない。
「そんなん分かるかいな。けど、便利なもんは使わせてもらうで」
「それには依存はない」
俺は言葉を切って頷き、後を続けた。
「…そうだな。差し当たり、ここが何階まであるか分かるか?」
「六階までやな。三階と四階は広くなってて、上のほうは山の形に合わせてだんだん狭くなってるから、六階は一部屋しかないで」
虚空を見上げ、手で壷のような形を表しながら、ミスズは答えた。
恐らく彼女には、立体映像みたいなものが見えているのだろう。
「凄い。無敵の能力じゃないか!」
「あとな、なんか光ってるとこが幾つかあるんやけど、なんやろ?」
「何色に光ってるんだ?」
「黄色やな」
「赤は止まれ、青は進め。黄色は注意か? 幸せが来るかも知れんが」
「なんで黄色が幸せやのん? 黄色言うたらニセモンの色やろ?」
「えぇ? 黄色は幸せだろう? どうして黄色が偽物の色なんだ?」
「……」
「……」
話が通じなさすぎるので、俺たちは顔を見合わせて、互いに頸をかしげて無口になった。
「…じゃあ実際行ってみよう」
「おっちゃん、ちょい待ち!」
「おっとっと。…どうした?」
「近道やけどバケモンが居る道と、遠回りやけど安全な道。どっちがエエ?」
「そんなことも分かるのか?」
「通路の上に居るヤツはわかるけど、床から出てくるヤツは分からん。残念やけどウナボリは分からんてことやね。あー、分かったで。あの黄色いの、罠みたいや」
「そんなことまで!」
「けど分かりやすいヤツだけやから、あんまし役立たんかも知れん」
「いやいや、そんなことないだろう?」
大概のことでは驚かないつもりだったが、これは完全にやりすぎだ。
ミスズが神様に愛されているのは分かるが、こんなに簡単にしてしまったら、ゲームならクソゲー扱いされるんじゃないだろうか?
「けど六階な、上がる階段とかないし、天井もめっちゃ厚いねん。行ったら上がり方分かるんやろか?」
「二階みたいに赤い石では破れんか?」
「この床抜くほど赤い石使うたら、洞窟全体が崩れるかも知れんで?」
「それはやめとこう。飯の種を潰してしまったら、流石に互助会に恨まれるからな。…そもそも、五階まで行けるかどうかも分からん」
「今のウチらじゃ難しいやろかなぁ?」
そう言った後、ミスズは慌てて付け加えた。
「…けど、他のやつの手助けは要らんで?」
「分かってるよ。俺とミスズさんは、ずっとふたりだ」
「んはは。さぁ元気よく、行ってみよう!」
そう言ってミスズは、俺の脇に手を突っ込んで無理やり腕を組み、洞窟の奥を指差した。
「その奥、なんかおるで」
ミスズの警告を受けて眼を凝らすと、前方で何かがキラキラと明滅していることに気がついた。手を伸ばし、赤い石を向ける。
よく見るとそれ自体が光っているのではなく、赤い石の光を反射しているのだということが分かった。それはツヤツヤした歪な形状で、律動を繰り返しているため、光を反射する場所が逐一変化しており、明滅しているように見えるのだった。
初めて見るモノなので、ウナボリにも警戒しながら近づくと、五メートルほど前で、そいつは蠢いていた。
ネバネバしたアメーバのような、半透明のバケモノである。
「ミスズさん、アレはなんだい?」
「んん?」
訝りながら俺の脇から顔を出して、前方を確認したミスズが血相を変えて叫んだ。
「アカン、逃げるでおっちゃん! アイツはイキタスってヤツや!」
言うが早いか、ミスズは今来た方向に走り出す。
「イキタス?」
チョーダに興味津々なミスズが“あかん”と言って逃げ出すバケモノ。
しかも彼女はコイツと直接遭遇していないはずなのに、その危険性を知っているらしいのだ。今度は俺が興味津々になってしまう。
しかし、ここはミスズに従って逃げることにする。
「おっちゃん何してん! はよ逃げんと…!」
ミスズが振り返って強く手招きし、再び走り出した。
「なんであんなヤツが、こんな初級洞窟におんねん…!」
すぐに追いつくと、ミスズはぶつぶつ呟いていた。
「あかんって、どうあかんのだ?」
「アイツは石以外、大概のモンは溶かしてまうんや。草も鉄も布も、もちろん人間もや!」
ということは、剣で斬りかかったら剣が溶けるというわけか。そもそも不定形生物に物理攻撃は意味ないのか。
「魔法は効かないのか?」
「効くけどアカン。爆発させてオツリ貰ろたら、そっから溶かされてまうし、焼いたら毒ガス出しよんねん!」
毒ガスを出されたら、洞窟内では逃げ場がなくなる。
確かにヤバイ。
なお、オツリというのは飛沫のことと判断した。
「焼いても細切れにしてもダメなのか…とんでもないな」
「せやから近づかんのが一番なんや!」
何が恐ろしいって、全然強そうに見えないのに、実は糞ヤバいっていうのが恐ろしい。
強いやつは警戒色とか、めちゃくちゃ光るとか、義務として強そうに見える工夫をして欲しいものだ。
「ひゃあしんど。こんくらい逃げたらエエやろ。アイツらめっちゃトロ臭いさかい、すぐに逃げたら大丈夫って互助会で話しとった」
荒い息を吐きながらミスズ。
なるほど、やはり聞いた話というわけか。
「あそこから先の通路が探索できないが、命あっての物種か。遠くからなら倒せそうな気がするのだが、攻撃が通じないのではなぁ」
「けど、シブキ飛ばして来ることもあるんやて…って、おっちゃんソレ、どないしてん?」
ミスズが指差す方を見ると、手にしていた片手剣の中ほどが溶けて、剣先がぐにゃりと垂れ下がっていた。
「うわ!」
「おっちゃん、ウチが逃げぇ言うたときに逃げんかったやろ? ぼけーっとしよるからそんなことになんねん!」
どうやら逃げるのを躊躇しているうちに、イキタスのシブキとやらを食らってしまっていたようだ。
それにしても、安物とは言え、鉄製の剣がこれほど無残に溶かされるとは。
生身の場所に食らったら、ひとたまりもないだろう。
「けどな、片手剣はもう一本持って来ているし、安物だし…」
「あんっ?」
ミスズがドスの効いた声とともに顎をしゃくる。
「…ううむ、すまん。申し訳ない」
俺がペコリと頭を下げた勢いで、剣の先端が千切れて落ちた。
…たまたまそこに居たチョーダの上に。
「あっ!」
「うおっ?」
俺は虫のオブジェを祭壇の上に置いた。
「…何も起こらん…のか?」
注意深く周囲を見回した後、最後に後ろを振り返ると、ミスズが地面に蹲っていた。
「ミスズさん?」
爆発か何かが起こることを予測して,姿勢を低くしているのかと思っていたが、呼んでも起き上がらない。どうやら違うようだ。
「今度はミスズさんか! 苦しいのか?」
「…おっちゃん…なんか変や…」
ミスズの傍らに膝を衝いて、背中を撫でる。
「気分が悪いのか? 吐くか?」
「ちゃう…ちゃうけど、…道が分かるようになったみたいや」
「…えっ?」
間抜けな声を出してしまったが、それ以外の反応ができなかった。
「さっきそこに触ったとたん、ここの洞窟の道、こっから上の地図が見えてきたんや」
「なんだそれ、凄いじゃないか!」
「けど、ダブって見えてまうから、変な感じやねん」
「あー…」
その気持ち悪い感じは理解できるが、どうすることもできない。
俺は周囲に気を配りながら、ミスズの背中を撫でた。
「…前にテレビで見たことがあるが、景色が逆さまに見えるメガネをかけると、最初は頭が混乱して気持ち悪くなるが、人間の脳はすぐに慣れてしまって平気になるらしいぞ」
「ほんで? …どういうことなん?」
俯いたまま、苦しそうに答えを返す。
「多分ミスズさんの場合、景色と地図の両方が見えるという状態は変わらないが、慣れると見たい方だけがくっきり見えて、もう片方は気にならなくなるとか、そういう状態になるんじゃないか?」
「あ、あぁ…そゆことか…」
ミスズは苦しそうに言うと、勢いよく立って叫んだ。
「なったで!」
「はやっ!」
「はぁー、こんな風になるんか。ホンマにホンマや、両方見えてるけど全然邪魔にならんわ」
「若いからか? 驚きの慣れスピードだ…って言うか、なんでそんなことになったんだ?」
とは言ったものの、答えは分かる。
もちろん、ミスズが神に選ばれた勇者だからだ。
でなければ、同じ異世界人でありながら、なんの取り得もない俺という存在の理由が分からない。
「そんなん分かるかいな。けど、便利なもんは使わせてもらうで」
「それには依存はない」
俺は言葉を切って頷き、後を続けた。
「…そうだな。差し当たり、ここが何階まであるか分かるか?」
「六階までやな。三階と四階は広くなってて、上のほうは山の形に合わせてだんだん狭くなってるから、六階は一部屋しかないで」
虚空を見上げ、手で壷のような形を表しながら、ミスズは答えた。
恐らく彼女には、立体映像みたいなものが見えているのだろう。
「凄い。無敵の能力じゃないか!」
「あとな、なんか光ってるとこが幾つかあるんやけど、なんやろ?」
「何色に光ってるんだ?」
「黄色やな」
「赤は止まれ、青は進め。黄色は注意か? 幸せが来るかも知れんが」
「なんで黄色が幸せやのん? 黄色言うたらニセモンの色やろ?」
「えぇ? 黄色は幸せだろう? どうして黄色が偽物の色なんだ?」
「……」
「……」
話が通じなさすぎるので、俺たちは顔を見合わせて、互いに頸をかしげて無口になった。
「…じゃあ実際行ってみよう」
「おっちゃん、ちょい待ち!」
「おっとっと。…どうした?」
「近道やけどバケモンが居る道と、遠回りやけど安全な道。どっちがエエ?」
「そんなことも分かるのか?」
「通路の上に居るヤツはわかるけど、床から出てくるヤツは分からん。残念やけどウナボリは分からんてことやね。あー、分かったで。あの黄色いの、罠みたいや」
「そんなことまで!」
「けど分かりやすいヤツだけやから、あんまし役立たんかも知れん」
「いやいや、そんなことないだろう?」
大概のことでは驚かないつもりだったが、これは完全にやりすぎだ。
ミスズが神様に愛されているのは分かるが、こんなに簡単にしてしまったら、ゲームならクソゲー扱いされるんじゃないだろうか?
「けど六階な、上がる階段とかないし、天井もめっちゃ厚いねん。行ったら上がり方分かるんやろか?」
「二階みたいに赤い石では破れんか?」
「この床抜くほど赤い石使うたら、洞窟全体が崩れるかも知れんで?」
「それはやめとこう。飯の種を潰してしまったら、流石に互助会に恨まれるからな。…そもそも、五階まで行けるかどうかも分からん」
「今のウチらじゃ難しいやろかなぁ?」
そう言った後、ミスズは慌てて付け加えた。
「…けど、他のやつの手助けは要らんで?」
「分かってるよ。俺とミスズさんは、ずっとふたりだ」
「んはは。さぁ元気よく、行ってみよう!」
そう言ってミスズは、俺の脇に手を突っ込んで無理やり腕を組み、洞窟の奥を指差した。
「その奥、なんかおるで」
ミスズの警告を受けて眼を凝らすと、前方で何かがキラキラと明滅していることに気がついた。手を伸ばし、赤い石を向ける。
よく見るとそれ自体が光っているのではなく、赤い石の光を反射しているのだということが分かった。それはツヤツヤした歪な形状で、律動を繰り返しているため、光を反射する場所が逐一変化しており、明滅しているように見えるのだった。
初めて見るモノなので、ウナボリにも警戒しながら近づくと、五メートルほど前で、そいつは蠢いていた。
ネバネバしたアメーバのような、半透明のバケモノである。
「ミスズさん、アレはなんだい?」
「んん?」
訝りながら俺の脇から顔を出して、前方を確認したミスズが血相を変えて叫んだ。
「アカン、逃げるでおっちゃん! アイツはイキタスってヤツや!」
言うが早いか、ミスズは今来た方向に走り出す。
「イキタス?」
チョーダに興味津々なミスズが“あかん”と言って逃げ出すバケモノ。
しかも彼女はコイツと直接遭遇していないはずなのに、その危険性を知っているらしいのだ。今度は俺が興味津々になってしまう。
しかし、ここはミスズに従って逃げることにする。
「おっちゃん何してん! はよ逃げんと…!」
ミスズが振り返って強く手招きし、再び走り出した。
「なんであんなヤツが、こんな初級洞窟におんねん…!」
すぐに追いつくと、ミスズはぶつぶつ呟いていた。
「あかんって、どうあかんのだ?」
「アイツは石以外、大概のモンは溶かしてまうんや。草も鉄も布も、もちろん人間もや!」
ということは、剣で斬りかかったら剣が溶けるというわけか。そもそも不定形生物に物理攻撃は意味ないのか。
「魔法は効かないのか?」
「効くけどアカン。爆発させてオツリ貰ろたら、そっから溶かされてまうし、焼いたら毒ガス出しよんねん!」
毒ガスを出されたら、洞窟内では逃げ場がなくなる。
確かにヤバイ。
なお、オツリというのは飛沫のことと判断した。
「焼いても細切れにしてもダメなのか…とんでもないな」
「せやから近づかんのが一番なんや!」
何が恐ろしいって、全然強そうに見えないのに、実は糞ヤバいっていうのが恐ろしい。
強いやつは警戒色とか、めちゃくちゃ光るとか、義務として強そうに見える工夫をして欲しいものだ。
「ひゃあしんど。こんくらい逃げたらエエやろ。アイツらめっちゃトロ臭いさかい、すぐに逃げたら大丈夫って互助会で話しとった」
荒い息を吐きながらミスズ。
なるほど、やはり聞いた話というわけか。
「あそこから先の通路が探索できないが、命あっての物種か。遠くからなら倒せそうな気がするのだが、攻撃が通じないのではなぁ」
「けど、シブキ飛ばして来ることもあるんやて…って、おっちゃんソレ、どないしてん?」
ミスズが指差す方を見ると、手にしていた片手剣の中ほどが溶けて、剣先がぐにゃりと垂れ下がっていた。
「うわ!」
「おっちゃん、ウチが逃げぇ言うたときに逃げんかったやろ? ぼけーっとしよるからそんなことになんねん!」
どうやら逃げるのを躊躇しているうちに、イキタスのシブキとやらを食らってしまっていたようだ。
それにしても、安物とは言え、鉄製の剣がこれほど無残に溶かされるとは。
生身の場所に食らったら、ひとたまりもないだろう。
「けどな、片手剣はもう一本持って来ているし、安物だし…」
「あんっ?」
ミスズがドスの効いた声とともに顎をしゃくる。
「…ううむ、すまん。申し訳ない」
俺がペコリと頭を下げた勢いで、剣の先端が千切れて落ちた。
…たまたまそこに居たチョーダの上に。
「あっ!」
「うおっ?」
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※表紙画像・キャラクターデザインはイラストレーターのSioN先生にお願いいたしました。
イラストの著作権はSioN先生に、独占的ライセンス権は筆者にありますので無断での転載・利用はご遠慮下さい。
(本作は、「小説家になろう」様にて連載中の作品を転載したものです。)
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