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97:月が綺麗ですね(4)
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「私もちょうど声が聞きたいなって思ってたから。電話してくれて嬉しい。いまはどこにいるの? 日本に戻ってきた?」
『ああ。今日フランスから帰ってきた』
「フランスに行ってたんだ。時差ボケは大丈夫?」
『どうかな。目が冴えてるし、今日は眠れそうにないかも』
「大変だね。夜更かしするなら付き合うよ? 完徹でも全然オッケー。大河先輩のゲームに朝まで付き合ったことあるし」
『いいよ。ちゃんと寝て』
他愛ない会話が、なんて幸せなのだろう。
スマホを耳につけたまま空を見上げれば、半月が銀色に輝いている。
「いま自分の部屋にいるの?」
『うん』
「窓の外の月を見て。綺麗だよ。きっと明日は晴れだね」
電話の向こうで千影が動く音が聞こえた。
シャッ、という小さな音は、カーテンを開けた音だろう。
『……確かに綺麗だけど。月が綺麗って、深い意味があるわけじゃないよな?』
「ご想像にお任せします」
思わせぶりなことを言ったせいで千影は沈黙してしまった。
(あ、やばい。切られるかも)
菜乃花は急いで話題を変えた。
「実家はどう? 居心地悪くない? 総司先輩は味方してくれてる?」
『ああ。園田さん、兄貴に言ったんだってな。実家でも俺を無視するなって。兄なら弟を守れって』
(総司先輩、ばらしたな!?)
赤面して何も言えないでいる間に、千影が続けた。
『気にかけてくれてありがとう。おかげで兄貴、実家に帰るなりじーさまと派手に喧嘩したよ』
「派手に喧嘩!?」
『うん。凄いよな、兄貴。70を越えてなお辣腕を振るい、天坂を切り盛りする化け物みたいなじーさまに逆らったんだ。兄貴だって怖かったと思うよ。でも俺のために勇気を出してくれた。喧嘩の最中、俺のことを大事な弟だって言ってたって要に聞いた。いままで兄貴に嫌われてると思ってたけど、本当にそんなことなかったんだなって実感した』
「……そっか。それは良かった」
素直に喜びたいが、しかし喜んでばかりもいられない。
「でも、一族の当主様に逆らって大丈夫だったの? 今度は先輩まで疎外されることになったとか言わないよね……?」
菜乃花はスマホを握り締めた。
『言わないよ。大丈夫。俺、いま母屋のほうにいるんだ。離れから兄貴の隣の部屋に引っ越した』
「そうなんだ。良かった。じゃあもう千影くんも寂しくないよね」
菜乃花は胸を撫で下ろし、今度こそ声を弾ませた。
使用人がいるとはいえ、千影は家族の中で一人だけ離れに押し込められて辛かったはずだ。
『ああ。これも全部、園田さんのおかげだよ』
「そんな。私は何もしてないよ」
スマホを握る右手はそのままに、左手を大きく振る。
『ああ。今日フランスから帰ってきた』
「フランスに行ってたんだ。時差ボケは大丈夫?」
『どうかな。目が冴えてるし、今日は眠れそうにないかも』
「大変だね。夜更かしするなら付き合うよ? 完徹でも全然オッケー。大河先輩のゲームに朝まで付き合ったことあるし」
『いいよ。ちゃんと寝て』
他愛ない会話が、なんて幸せなのだろう。
スマホを耳につけたまま空を見上げれば、半月が銀色に輝いている。
「いま自分の部屋にいるの?」
『うん』
「窓の外の月を見て。綺麗だよ。きっと明日は晴れだね」
電話の向こうで千影が動く音が聞こえた。
シャッ、という小さな音は、カーテンを開けた音だろう。
『……確かに綺麗だけど。月が綺麗って、深い意味があるわけじゃないよな?』
「ご想像にお任せします」
思わせぶりなことを言ったせいで千影は沈黙してしまった。
(あ、やばい。切られるかも)
菜乃花は急いで話題を変えた。
「実家はどう? 居心地悪くない? 総司先輩は味方してくれてる?」
『ああ。園田さん、兄貴に言ったんだってな。実家でも俺を無視するなって。兄なら弟を守れって』
(総司先輩、ばらしたな!?)
赤面して何も言えないでいる間に、千影が続けた。
『気にかけてくれてありがとう。おかげで兄貴、実家に帰るなりじーさまと派手に喧嘩したよ』
「派手に喧嘩!?」
『うん。凄いよな、兄貴。70を越えてなお辣腕を振るい、天坂を切り盛りする化け物みたいなじーさまに逆らったんだ。兄貴だって怖かったと思うよ。でも俺のために勇気を出してくれた。喧嘩の最中、俺のことを大事な弟だって言ってたって要に聞いた。いままで兄貴に嫌われてると思ってたけど、本当にそんなことなかったんだなって実感した』
「……そっか。それは良かった」
素直に喜びたいが、しかし喜んでばかりもいられない。
「でも、一族の当主様に逆らって大丈夫だったの? 今度は先輩まで疎外されることになったとか言わないよね……?」
菜乃花はスマホを握り締めた。
『言わないよ。大丈夫。俺、いま母屋のほうにいるんだ。離れから兄貴の隣の部屋に引っ越した』
「そうなんだ。良かった。じゃあもう千影くんも寂しくないよね」
菜乃花は胸を撫で下ろし、今度こそ声を弾ませた。
使用人がいるとはいえ、千影は家族の中で一人だけ離れに押し込められて辛かったはずだ。
『ああ。これも全部、園田さんのおかげだよ』
「そんな。私は何もしてないよ」
スマホを握る右手はそのままに、左手を大きく振る。
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