上 下
79 / 107

79:完全無欠な兄の話(3)

しおりを挟む
 廊下で花瓶の埃を払っていた使用人に尋ねてみると、二年生組は三十分ほど前に帰ってきたそうだ。
 総司なら昼食を終えて大広間にいるはずだと聞いて、菜乃花は千影と共に一階へ下りた。

 千影が大広間の扉を開ける。

 期末テスト終了に伴い、大広間にあった勉強用の特別スペースはなくなり、家具の配置も元に戻っている。

 細かな模様が入った薄いベージュの壁紙、大画面の薄型テレビ、アンティークの家具とソファ、季節の花が活けられた花瓶、全てはもう見慣れたものだが――

 扉を開けるなり千影が動きを止めたのは、ソファで総司が寝ているからだった。

(……寝てる……?)
 それは、あまりにも意外な光景だった。

 彼の親友の大河が寝ていることは割とよくある。

 この前も新作ゲームが出たと言って完徹でゲームをし、そのまま持参した毛布を被って朝まで爆睡していた。

 しかし、総司が寝ている姿を見るのは初めてだ。

 猫被りモード中の総司はいつでもどこでも完璧で、眠そうな顔などいまだかつて見せたことがない。

 けれどいま、彼はエアコンの効いた涼しい大広間で薄い毛布を被り、横たわって目を閉じている。

「ようこそお二人さん」
 総司の隣でテレビを見ていた大河が片手をあげた。

 大河の斜め前、一人掛けのソファに座る要は微笑み、頭を下げてきた。
 明日から使用人に戻るつもりらしく、要はボーダーが入ったTシャツに黒のパンツを履いていた。

「突っ立ってないでおいでよ。あ、総司が寝てるからって声量とか気にしなくても大丈夫よ? こいつ、エネルギー切れ起こして完全に落ちてるから。よっぽどのことがない限り目ぇ覚まさねー」

「……そうなのか」
 千影は戸惑ったような表情のまま、大河たちの対面のソファに座った。
 菜乃花も彼の隣に腰掛ける。

「もしかして総司に用事? 急用なら叩き起こそうか?」
 大河が再び片手をあげるのと同時、テレビの中でタレントたちが大笑いした。

 大河が好むのはバラエティーだ。
 総司のようにニュースや株価をチェックしていたことなど知る限り一度もないが、それでも総司と同じ難関大学志望のAクラスで成績も良いというのだから不思議である。

「いや。急いでないし、起こさなくてもいいよ。兄貴が寝てる姿を見るなんて何年ぶりだろうな……」
 眠る兄を見つめて、千影が呟く。

「そうなの?」
 園田家では同じ部屋で姉妹が布団を並べ、一緒に寝ることは普通だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

日曜日の紅茶と不思議な猫。

星名柚花
青春
高校進学を機に、田舎から上京してきた少女は広大な駅の構内で迷ってしまう。 道を尋ねれば逆に怒られるわ、日傘で足を突かれて転ぶわ、もう散々。 泣きそうになっていた彼女に声をかけてきたのは一人の少年。 名前を尋ねても、彼は素直に教えてくれない。 「言わないほうが多分、長く覚えててもらえるだろ」 どうやらだいぶ変わった人らしい。 彼と別れた後、夕食を買いに出た帰り道。 そこには猫を抱いた見覚えのある背中。 しかも彼、何やら一人でぶつぶつ喋ってる?  いや、一人で喋っていたわけじゃない。 喋っていたのは彼と、猫だった。

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

彼女に思いを伝えるまで

猫茶漬け
青春
主人公の登藤 清(とうどう きよし)が阿部 直人(あべ なおと)に振り回されながら、一目惚れした山城 清美(やましろ きよみ)に告白するまでの高校青春恋愛ストーリー 人物紹介 イラスト/三つ木雛 様 内容更新 2024.11.14

田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ! 彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。 田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。 この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。 ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。 そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。 ・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました! ・小説家になろうにて投稿したものと同じです。

処理中です...