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19:不満は直接本人へ

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 それでも菜乃花は総司に抗議できない。
 悲しむ千影を慰めたところで根本的な解決にはならない。

 千影が望んでいるのは兄との関係改善であって、そこに菜乃花の介入する余地はないのだから。

 何もできない――その事実がより一層、菜乃花を苛立たせる。

「――だから、私は天坂先輩に猛烈に腹が立ってるの」
「ふうん……」
 身振り手振りを加え、言葉を尽くして総司への不満を訴えると、杏は顎に人差し指を当てて考える素振りを見せた。

「まあね。たとえ実の兄とはいえ、好きな人がないがしろにされていたら、恋する乙女としては怒るのも当然ね」
「こ、恋する乙女って……そんな大層なものじゃないけど……」
 気恥ずかしくなり、腹の前で右手の指を揉む。
 杏はメイド服のポケットからスマホを取り出した。

「九時十六分か」
 時計を確認してから、杏はスマホをポケットに戻した。

「なら、総司様に直接不満をぶつけたらどう?」
「えっ!? そんなことしたら退学させられるかも……」
 菜乃花は狼狽え、手を下ろした。

「そうね。総司様はそれくらい簡単にやってのけるでしょう。でも、だからってビビってたら何もできないわよ?」
 杏はすっと右手を上げ、人差し指を菜乃花の胸に突きつけた。
 短く切られた爪の先端が、まるで銃口のように菜乃花の心臓に向けられている。

「そうやって一生愚痴ってるつもりなの? 千影様のことを心底想うなら戦ってきなさいよ。園田さんの想いは、園田さんの怒りは、わが身可愛さに口を噤んでしまえる程度のものなの?」
「――違う!!」
 反射的に菜乃花は叫び、立ち上がった。

「私は本当に天坂くんのことが好き、いつだって彼を見てた! 図書館で勉強してる横顔が好きだった、こっち見ないかなってずっと思ってた、ずっと彼のことが好きだった!」
「ならいますべきことは一つでしょう?」
 杏は伸ばしていた右腕をひっこめ、立てた親指でびしっと扉を指した。

「行ってらっしゃい。健闘を祈ってるわ」
 これまで無表情だった杏が、そこで初めて表情を崩し、不敵に笑った。

「……うん! ありがとう!」
 菜乃花は高揚のままに部屋を出た。
 一人残った杏は、スマホを取り出して電話をかけた。

「近衛《このえ》先輩。お願いがあるんですが」
 電話を終えて、独りごちる。

「この際だし、千影様も巻き込んじゃいましょう。ふふ、どうなるのかしら。ちょっと楽しみ」
 杏は軽い足取りで歩き出した。
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