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24:良かったね

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「え? なんて?」
 小声で聞き取れなかったらしく、千影が首を傾げた。

(私には聞こえたぞ! いま先輩、真顔で天坂くんのこと天使って言った!! ぽろっとブラコンの片鱗が見えた!!)

「なんでもない。わかった。明日家に行って、じーさまと話してくる。……千影はこのまま五桜に通いたいのか? 勉強についていけないなら、無理せず転校したほうがいいんじゃないのか? 転校したいと思うなら、おれが話を通しておくぞ?」
(えっ。転校って、本当に?)
 菜乃花は酷く狼狽え、千影を見た。

「いや、頑張る。友達もできたし」
 千影の返答には迷いがなく、菜乃花はこっそり安堵の息を吐いた。

「そっか。じゃあ、頑張れ」
 肩でも叩こうと思ったのか、総司は右手を上げかけて、すぐに下ろした。
 冷たくし続けた自分には弟に触れる資格がないと思ったのか、それともいったん触れたら弟愛が止まらず暴走すると思ったのか。
 寝室の惨状を思えば、後者の可能性は十分にあり得る。

「話は終わりだ」
 これ以上の会話を拒絶するように、総司はくるりと背を向けた。
 隣で要が申し訳なさそうに身体の前で両手を合わせている。
 主人が無礼でごめんね、というメッセージを受け取り、菜乃花は目で「気にしていない」と答えた。

「ああ。また明日。行こう、園田さん」
 千影と共に退室する。
 扉を閉めた途端、千影が息を吐いた。

「……まさか兄貴があんなこと考えてるなんて思わなかった。一生養うとか、凄い冗談だよな」
(いやあれは本気だったよ! 絶対本気だった!!)
「そうだね……」
 菜乃花は曖昧に笑ってごまかし、歩き始めた千影の隣に並んだ。

 後ろではなく、彼の隣。
 千影はそれを咎めない。
 そんな些細なことが、とても嬉しくて、幸せだ。

(今日一日、本当にいろんなことがあったなあ。遠くから眺めるだけの日々だったのに、いまは天坂くんが私の隣を歩いてる。嘘みたい)

「園田さん、ありがとう。俺のために行動してくれて」
 階段に差し掛かったところで、千影が言った。

「兄貴の本音が聞けたのも、園田さんのおかげだ。感謝してる」
 柔らかい微笑みに、どきりと胸が鳴る。

「友達っていいもんだな」
 しみじみした口調で言われてつんのめり、危うく階段から落ちそうになった。
 さすがにもう転落は懲り懲りなので、とっさに手すりを掴む。

「大丈夫!?」
 千影が慌てて菜乃花の腰を支え、転落を防いでくれた。

「うん。大丈夫。友達……うん……友達だもんね、私たち……」
 ただの友達だったらここまでしないとか、色々言いたかったけれど、言えない。
 友達だと強調したのは自分なのだから。

(なんの、勝負はこれからよ! 『友達』という立場で満足してなるものか! 私、頑張るわ! 自分を磨いて、きっといつか二次元美少女に勝ってみせる……!)
 並んで階段を下り切ると、ふと思いついたような調子で千影が言った。

「ところでさ。兄貴も天坂だし、ややこしいから千影でいいよ」
「……! うん! 千影くんって呼ぶね!」
 菜乃花は満面の笑みを浮かべた。
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