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96:月が綺麗ですね(3)

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『起きてる?』
 スマホのロック画面には短いメッセージの通知が届いていた。

『天坂千影』という送信者の名前を見た瞬間、菜乃花は脊髄反射の勢いでスマホを引っ掴み、両手で持った。
 テレビでは数学の問題が出題されたらしく、父と母がまた何か話し合い始めたが、もう耳にも入ってこない。

『起きてるよ』
 菜乃花は高速で文字を打った。

 慌てるあまりに誤変換してしまい、もどかしく思いながら文字を消し、また打ち直して送信ボタンを押す。

「彼氏?」
 表情と態度から何かを察したらしく、桃花がテーブルに頬杖をついてニヤニヤ笑っている。

「彼氏!?」
 出題された問題について母と話し合っていたはずの父が耳聡く聞きつけ、こちらを向く。

 しかし、それもまた菜乃花の目には映らない。

『電話していい?』
 菜乃花の目を奪ったのは新たに送られてきたメッセージ、ただその一文だけだった。

(電話!!!)
 もはや父のことなど頭から吹き飛び、菜乃花はスマホを手に立ち上がった。

「ちょっと外に出てくる!」
「電話か!? 彼氏と電話する気か!? 許さんぞ! お父さんは彼氏と電話するためにスマホを与えたわけじゃ――」
「はいはい黙りましょうね。過保護も度が過ぎるとゴキブリより嫌われるわよ」
「ゴキブリよりっ!?」
 母に片手を上げて感謝を示し、ショックを受けている父を放ってリビングを出る。

 玄関へ行き、サンダルに足を入れて扉を開けた。
 生温い夏の夜風を浴びながら庭に回り、スマホを見つめて深呼吸。

 そして、無料通話アプリの電話ボタンを押した。

『……もしもし?』
 五秒も経たないうちに千影が電話に出た。
 電話越しに声を聴くのは何気に初めてで、心拍数が上がる。

「こんばんは。どうしたの?」

(ああああ違う! 間違えた! これじゃ用事がなければ連絡してくるなって言ってるみたいじゃない! もうちょっと無難な話から始めれば良かった!)

 後悔してももう遅く、ハラハラしながら菜乃花は千影の返事を待った。

『大した用事があるわけじゃないんだけど……』
 千影は気まずそうだ。声のトーンが低い。

(いやあああやっぱり気にしちゃったじゃない!! 私の馬鹿!!)

「ううん、大丈夫! 用事なんてなくてもいいの!」
 見えていないとは知りつつも、菜乃花は激しく頭を振った。
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