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92:姉のような私の親友(2)

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「……了承したの……?」
 菜乃花は縋るような目で杏を見つめ、声を震わせた。

 右手の親指で強く押さえつけた左手の親指が痛い。
 それでも不安で、怖くて、力を込めることを止められない。

「それも違うわ。千影様はちゃんと断った。『気になる子がいるから』って」

 杏は無表情を崩し、口の端を上げた。

「……!!!」
 それが誰であるかを知っている菜乃花は、目を限界まで見開いた。

「『二次元に彼女がいるから』じゃなく、『三次元に気になる子がいるから』という理由で千影様は断ったのよ。つまり、るるかよりあなたを優先したってこと。良かったわね園田さん。二次元美少女に勝ったんだから誇っていいと思うわ」

 向けられた杏の視線は優しく、声も穏やかだ。
 これまで菜乃花を見守ってきた分、杏も喜んでくれているのかもしれない。

「そ、そうかな……いや、でも、まだ気になる子っていうだけだし。好きってわけじゃないんだから。喜ぶにはまだ早いような。ああでも」
 菜乃花は両手で顔を覆い、上半身を仰け反らせ、そのままベッドに仰向けに倒れた。

 るるかより優先された、るるかに勝った。

 その事実がどうしようもなく菜乃花の鼓動を早め、胸も頬も熱くする。

 夢ならどうか覚めないでほしい。

「……どうしよう、物凄く嬉しい……幸せすぎて涙が出そう」
「というか、もう泣いてるでしょ」
 さすが杏だ。よくわかっている。

「うん」
 菜乃花は目元を擦った。

「……そうかあ……」
 天井を見上げてしみじみと幸せを噛みしめ――はたと気づいて菜乃花は起き上がった。

「千影くん、大丈夫かな? 皆の前で告白されてフったなら、井上さんは恥をかかされたって逆恨みしたりしないかな? 井上さんはスクールカーストの頂点に立つ子なんでしょう? 他の女子たちを扇動して千影くんに酷いことしたりしないかな?」

 ただでさえ千影は一部の悪質な女子から過去何度となく総司と比較され、誹謗され続けてきたのだ。

 もうこれ以上辛い目には遭って欲しくないし、世の中の女子全員がそんな最低な人間ばかりだと思って欲しくはない。

「大丈夫よ。井上さんはクラスの学級委員長で、気風の良い姉御肌だもの。千影様にフラれたときも『そっかー、残念』でからっと笑って終わりにしてたわ。間違っても引きずって根に持つタイプじゃない」

「ごめん、井上さん」
 菜乃花は手を合わせ、顔も知らない井上に詫びた。

 井上は菜乃花の想像を遥かに超えて素敵な女子だったようだ。

「これまでとのギャップもあって、千影様はモテにモテまくるかもしれないけれど。心配することはないんじゃないかしら。心の中には既に誰かさんが棲みついているようだしね?」
 杏は言いながら、右の三つ編みを解いた。

(千影くんの心の中に私がいる……)
 ほんのり熱くなった頰を両手で押さえて引っ張る。

(ダメだ。緩んじゃう。嬉しすぎる。無理)
 ベッドに倒れ、菜乃花は枕を抱いて顔を埋め、身悶えて足をばたつかせた。
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