77 / 107
77:完全無欠な兄の話(1)
しおりを挟む
「化学は35点くらいか……うーん。赤点かどうか、微妙なラインだね」
昼食を食べた後、菜乃花は千影の部屋でテストの答え合わせを行った。
教師の真似事をしているが、菜乃花もお手上げだった問題はいくつかある。
しかしそんな難問を千影が答えられるわけがないため、答え合わせにはさほど苦労せずに済んだ。
菜乃花の予想によれば千影の点数は英語が40、数Aが42、化学が35だ。
予想の誤差がマイナス5点と考えると、残念ながら赤点の可能性は決して低くない。
「……あんなに熱心に教えてくれたのに、こんな不甲斐ない結果で本当にごめん。実家だったら確実に呆れられてる……」
千影は項垂れた。
彼は勉強机の横に置かれた椅子に座っている。
菜乃花の尻の下にあるのが彼が本来使うべき、勉強机とセットになった椅子だ。
採点するなら机を使ったほうがいいだろうと言われて場所を交代したのだが、これがいつも彼が使っている椅子かと思うと、どうにも意識してしまう。
クッションが敷かれた座面の感触、机に走った些細な傷跡、普段と違う角度から見る彼の横顔、全てが新鮮だった。
「実家ってそんなに厳しかったんだね」
「ああ。いまはもう完全に見放されてるから中間で赤点取っても何も言われなかったけど、前は大変だった。『総司様は一度言えばわかってくださるのにどうして千影様は何度も同じ個所でつまずくのですか? 私に対する嫌がらせなのですか? 教え方に不満があるならどうぞ遠慮なく仰ってください。え? そんなつもりはない? でしたら何故理解する努力をしてくださらないのですか? 努力してもわからないわけではありませんよね? まさかそれほど愚かではありませんよね』……」
「うわあああ……」
淡々と語られる言葉に背筋がぞくりとし、菜乃花は腕を摩った。
エアコンのおかげで部屋は適温に保たれているが、急激に体感温度が下がった。
「地獄だったな……」
過去に思いを馳せているのか、虚空を見つめる千影の眼差しが遠い。
「本当に大変だったんだね……。あの、化学はちょっと厳しいかもしれないけど。数Ⅰと世界史は50点以上取れてるみたいだし、千影くんは本当に頑張ったよ」
現実に戻ってきてもらうため、菜乃花は千影の腕をぽんぽんと叩いた。
遥か遠くをさまよっていた千影の目が菜乃花を捉える。
彼と目を合わせ、励ますように菜乃花は微笑んだ。
「今回は全体的に難しかったし、平均点も下がると思う。赤点かどうかはまだわからないよ。希望は捨てないでおこう」
「…………。そうだな。ありがとう」
千影は少しだけ頬を緩めた。
昼食を食べた後、菜乃花は千影の部屋でテストの答え合わせを行った。
教師の真似事をしているが、菜乃花もお手上げだった問題はいくつかある。
しかしそんな難問を千影が答えられるわけがないため、答え合わせにはさほど苦労せずに済んだ。
菜乃花の予想によれば千影の点数は英語が40、数Aが42、化学が35だ。
予想の誤差がマイナス5点と考えると、残念ながら赤点の可能性は決して低くない。
「……あんなに熱心に教えてくれたのに、こんな不甲斐ない結果で本当にごめん。実家だったら確実に呆れられてる……」
千影は項垂れた。
彼は勉強机の横に置かれた椅子に座っている。
菜乃花の尻の下にあるのが彼が本来使うべき、勉強机とセットになった椅子だ。
採点するなら机を使ったほうがいいだろうと言われて場所を交代したのだが、これがいつも彼が使っている椅子かと思うと、どうにも意識してしまう。
クッションが敷かれた座面の感触、机に走った些細な傷跡、普段と違う角度から見る彼の横顔、全てが新鮮だった。
「実家ってそんなに厳しかったんだね」
「ああ。いまはもう完全に見放されてるから中間で赤点取っても何も言われなかったけど、前は大変だった。『総司様は一度言えばわかってくださるのにどうして千影様は何度も同じ個所でつまずくのですか? 私に対する嫌がらせなのですか? 教え方に不満があるならどうぞ遠慮なく仰ってください。え? そんなつもりはない? でしたら何故理解する努力をしてくださらないのですか? 努力してもわからないわけではありませんよね? まさかそれほど愚かではありませんよね』……」
「うわあああ……」
淡々と語られる言葉に背筋がぞくりとし、菜乃花は腕を摩った。
エアコンのおかげで部屋は適温に保たれているが、急激に体感温度が下がった。
「地獄だったな……」
過去に思いを馳せているのか、虚空を見つめる千影の眼差しが遠い。
「本当に大変だったんだね……。あの、化学はちょっと厳しいかもしれないけど。数Ⅰと世界史は50点以上取れてるみたいだし、千影くんは本当に頑張ったよ」
現実に戻ってきてもらうため、菜乃花は千影の腕をぽんぽんと叩いた。
遥か遠くをさまよっていた千影の目が菜乃花を捉える。
彼と目を合わせ、励ますように菜乃花は微笑んだ。
「今回は全体的に難しかったし、平均点も下がると思う。赤点かどうかはまだわからないよ。希望は捨てないでおこう」
「…………。そうだな。ありがとう」
千影は少しだけ頬を緩めた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
青天のヘキレキ
ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ
高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。
上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。
思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。
可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。
お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。
出会いは化学変化。
いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。
お楽しみいただけますように。
他コンテンツにも掲載中です。
彼女に思いを伝えるまで
猫茶漬け
青春
主人公の登藤 清(とうどう きよし)が阿部 直人(あべ なおと)に振り回されながら、一目惚れした山城 清美(やましろ きよみ)に告白するまでの高校青春恋愛ストーリー
人物紹介 イラスト/三つ木雛 様
内容更新 2024.11.14
田中天狼のシリアスな日常
朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ!
彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。
田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。
この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。
ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。
そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。
・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました!
・小説家になろうにて投稿したものと同じです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる