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57:彼は弟を愛しすぎている(2)
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「血が出てるじゃないですか。落ち着いてください。自分のせいで先輩が自傷したなんて知ったら、千影くんだって悲しみますよ?」
総司の腕から手を放し、菜乃花は一歩引いた。
会話にはこれくらいが適切な距離だ。
「千影くん、か。その呼び方、千影からそうしろって言いだしたのか?」
「はい。そうです」
「……本当に千影は園田さんのことが好きなんだな」
視線を落とし、ぼやくように総司が言った。
「あくまで友達としてですよ? 本人もそう言っていたでしょう? やましい関係ではありませんから安心してください」
妙な誤解をされて寮から追い出されては困るため、菜乃花は両手を振った。
「……どうかな」
総司は菜乃花が開いた左手を閉じ、顔を上げた。
「琴原のせいで恋愛なんてこりごりだ、二次元の彼女でいいって思ってるらしいけど、いつまでも二次元の彼女で満足できる保証はないだろ? いずれ現実に好きな女ができるかもしれない。そしてそれはきっと、千影の身近にいる女だ」
総司は敵意も好意もなく、観察するような目で菜乃花を見つめている。
「え? それはどういう……」
意外なほど真剣な瞳で見つめられて、菜乃花は困惑した。
「言っとくけど」
「は、はい」
しゃきっと背筋を伸ばす。
「おれは園田さん、全然タイプじゃないから」
「は?」
菜乃花の目は点になった。
「天地がひっくり返っても、園田さんと付き合うとかありえない。罰ゲームでも無理」
「……!! 私だってお断りです!! お忘れかもしれませんけど、私にだって選択する権利はあるんですから!!」
腹が立って叫ぶ。
「その意気その意気」
何故か総司は満足そうに二回頷いて、親指で部屋の扉を指した。
「言いたいことは言ったし、帰っていいよ。あのポンコツの家庭教師、頑張ってね」
「ポンコツって、千影くんのこと大好きなくせに、さっきからよくそんな酷い言い方できますね……」
半眼になって言う。
「愛だよ愛。千影の魅力はおれだけが知ってればいいんだ」
全く気にした様子もなく、総司はひらひらと右手を振った。
その態度が癇に障り、菜乃花は総司の右手首を掴んで強制的に動きを止めさせた。
驚いたように総司が目を丸くする。
「私だって先輩に負けないくらい、千影くんの魅力を知ってます。間違っても本人の前でポンコツなんて言わないでください。聞いてて傷つく言葉は冗談じゃ済まないんですよ。千影くんがどれだけ先輩にコンプレックスを抱いてるか知らないでしょう。たとえお兄さんだろうと、千影くんを傷つける人は許しません」
「………………」
総司は手を掴まれたまま、無言で菜乃花を見つめている。
はっと我に返り、菜乃花は青くなって総司の手首から手を放した。
(しまった。怒鳴っちゃったよ! 偉そうなことを言える立場でもないくせに! 誰に高額な寮費を払ってもらっていると思ってるのよ! 私のバカバカ!!)
彼の機嫌を損ねたかもしれないと思うと、冷汗が頬を流れた。
でも、言葉を撤回する気にはなれない。
たとえ兄だろうと、冗談であろうと、千影を馬鹿にしてほしくはないのだ。
(――逃げよう!)
「失礼します」
雷を落とされる前に、菜乃花はそそくさと退散した。
総司の腕から手を放し、菜乃花は一歩引いた。
会話にはこれくらいが適切な距離だ。
「千影くん、か。その呼び方、千影からそうしろって言いだしたのか?」
「はい。そうです」
「……本当に千影は園田さんのことが好きなんだな」
視線を落とし、ぼやくように総司が言った。
「あくまで友達としてですよ? 本人もそう言っていたでしょう? やましい関係ではありませんから安心してください」
妙な誤解をされて寮から追い出されては困るため、菜乃花は両手を振った。
「……どうかな」
総司は菜乃花が開いた左手を閉じ、顔を上げた。
「琴原のせいで恋愛なんてこりごりだ、二次元の彼女でいいって思ってるらしいけど、いつまでも二次元の彼女で満足できる保証はないだろ? いずれ現実に好きな女ができるかもしれない。そしてそれはきっと、千影の身近にいる女だ」
総司は敵意も好意もなく、観察するような目で菜乃花を見つめている。
「え? それはどういう……」
意外なほど真剣な瞳で見つめられて、菜乃花は困惑した。
「言っとくけど」
「は、はい」
しゃきっと背筋を伸ばす。
「おれは園田さん、全然タイプじゃないから」
「は?」
菜乃花の目は点になった。
「天地がひっくり返っても、園田さんと付き合うとかありえない。罰ゲームでも無理」
「……!! 私だってお断りです!! お忘れかもしれませんけど、私にだって選択する権利はあるんですから!!」
腹が立って叫ぶ。
「その意気その意気」
何故か総司は満足そうに二回頷いて、親指で部屋の扉を指した。
「言いたいことは言ったし、帰っていいよ。あのポンコツの家庭教師、頑張ってね」
「ポンコツって、千影くんのこと大好きなくせに、さっきからよくそんな酷い言い方できますね……」
半眼になって言う。
「愛だよ愛。千影の魅力はおれだけが知ってればいいんだ」
全く気にした様子もなく、総司はひらひらと右手を振った。
その態度が癇に障り、菜乃花は総司の右手首を掴んで強制的に動きを止めさせた。
驚いたように総司が目を丸くする。
「私だって先輩に負けないくらい、千影くんの魅力を知ってます。間違っても本人の前でポンコツなんて言わないでください。聞いてて傷つく言葉は冗談じゃ済まないんですよ。千影くんがどれだけ先輩にコンプレックスを抱いてるか知らないでしょう。たとえお兄さんだろうと、千影くんを傷つける人は許しません」
「………………」
総司は手を掴まれたまま、無言で菜乃花を見つめている。
はっと我に返り、菜乃花は青くなって総司の手首から手を放した。
(しまった。怒鳴っちゃったよ! 偉そうなことを言える立場でもないくせに! 誰に高額な寮費を払ってもらっていると思ってるのよ! 私のバカバカ!!)
彼の機嫌を損ねたかもしれないと思うと、冷汗が頬を流れた。
でも、言葉を撤回する気にはなれない。
たとえ兄だろうと、冗談であろうと、千影を馬鹿にしてほしくはないのだ。
(――逃げよう!)
「失礼します」
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