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56:彼は弟を愛しすぎている(1)

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「さて。真面目な話をしようか」
 総司は足を組み替え、目の前に立つ菜乃花を見据えた。

「あんな痴態を晒しておいていまさら格好つけても……」
「うるせえ黙ってろ」
 小さな呟きを地獄耳で聞きつけた総司は要を睨み、再び菜乃花に焦点を合わせた。

「千影がおれに頼みごとをするなんて何年ぶりか。しかもお兄ちゃんなんて、普段なら絶対に使わない呼び方をしてまで、だ。なりふり構わず、おれに懇願してでも留めたいと思わせるほどの魅力が園田さんにはあるってことだ」
 総司は菜乃花の頭のてっぺんから足のつま先までをざっと眺め、ひとつ頷いた。

「容姿じゃなく、性格に惹かれたんだな」
(遠回しにブスって言われた!?)

「この前だって千影のために単身おれの部屋に乗り込んできたしな。その友情と度胸は認めてやるよ。天坂の優秀な教師陣が揃ってさじを投げたポンコツに20点取らせたことも褒めてやろう」

「……ありがとうございます」
 上から目線過ぎていまいち褒められている気にはならないが、菜乃花は一応愛想としてそう言った。

「あの、話っていうのは……?」
 まさかこれが言いたかったわけじゃないよね、という思いを込めて質問すると、総司は沈黙した。

 雨の音だけが流れる。
 部屋に入ったときより雨の勢いは収まり、耳を澄まさないと聞こえないほどだった。

「単刀直入に聞く。千影が中等部の頃、女子と付き合ってたことがあるのは知ってるか」
「……琴原さんのことでしたら、知ってます」
 あまり話題にしたくない名前だ。
 それは総司も一緒らしく、彼は苦い薬でも飲んだように顔をしかめた。

「なら話は早い。あの女は容姿はそこそこだったが、中身はクソだった。普通、付き合ってる男の兄を好きになるか? 仮に一億歩譲って好きになったのは仕方ないとしてもだ。千影をフッて三日と経たずにおれに告白してきたのはどういう了見だ?」
 総司は眉間に縦皺を刻み、射殺せんばかりの目で虚空を睨んだ。
 椅子の肘掛けに乗せた彼の左手は硬く握り締められ、血管が浮き出ている。

「さあ……私には理解しかねますし、理解したくもありません」

(もし先輩が告白を受け入れて、付き合えたとしても。そうなったときの千影くんの気持ちを考えたことはないの?)

 好きな人が自分をフッて、兄と付き合い始めたとしたら――考えるだけで地獄である。

「琴原に告白されたとき、おれは引き攣る頬を無理やり持ち上げて断ったけど。許されるなら顔面が変形するまで膝蹴りしたぞ……あの女をボールに見立ててサッカーしたぞマジで……」
「気持ちはわかりますけど抑えて先輩! いろいろとアウトです!」
 二歩近づき、総司の左腕を掴んで手を開かせる。
 爪が手のひらの皮膚を傷つけ、血が滲んでいた。
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