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35:クールビューティー(1)

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 0号館の寮生は送迎用の高級車に乗って登下校する。
 学校から寮までは車で十五分ほど。

 他の寮生と帰る時間帯が合わなくても、同じクラスかつ同じ帰宅部である有紗と菜乃花の同乗率は高い。

 100%でないのは、有紗にはモデルの仕事があるからだ。
 昨日、彼女は撮影のため夜遅く寮に帰ってきた。

(……よし。今日こそは江波さんの笑顔を見てみせるぞ)
 高級車に乗り込んで数分。
 その数分で意を決し、菜乃花は隣の席に座る有紗に話しかけた。

「佐藤先生、今日なんだか機嫌悪くなかった?」
 腰まで届く濡れ羽色の髪はそのままシャンプーのCMに出られそうなほど艶々で、肌は抜けるように白く、はっと息を呑むような美人。それが有紗だ。

「いきなり当てられて焦ったよ。いままでは日付と関係ある出席番号の人が当てられてたから、油断してた。予習してなかったらアウトだったよー」
「そう」
 有紗の返答はそっけない。
 それでも、これはいつものことだ。

「江波さんは佐藤先生、好き? 私はちょっと苦手」
「特に好悪の感情はないわね」
「そうなんだ。日高先生は好きなんだけどな。教え方も上手だし、優しいから。松尾先生の授業もわかりやすくて好き」
 有紗は視線すら寄越さない。
 態度で菜乃花を拒絶していたが、ここで引き下がってしまえば永遠に溝は埋まらない。

「体育の斎藤先生は苦手。運動できない生徒に厳しいじゃない。私、運動神経ないからダンスの授業のときも、『まるで壊れたロボットみたいな動きね』って痛烈に皮肉られたし。皆の前で言うなんて酷くない? あれは結構ショックだったな」
「練習したらどうかしら」
 ぐうの音も出ない正論で頭を殴られた。
 車の振動に合わせて軽く揺れながら、痩身の美少女は言う。

「悔しいなら練習すればいい。それだけの話じゃないの?」
「…………うん。そうだね。そうなんだけど……」
 聞きたいのは正論ではなく、共感や慰めといった優しい言葉だったのだが、有紗に期待するほうが間違いだったらしい。

「本の続きを読みたいから、黙っててもらえる?」
 有紗はフェイクスイーツのキーホルダーが下がった鞄から一冊の本を取り出した。
 本にはカバーがかかっていて、タイトルは不明だが、大きさからして漫画でもライトノベルでもなさそうだ。

「はい……」
 菜乃花は項垂れて負けを認めた。
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