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68:侯爵邸へようこそ(7)

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 白い上等な布地に針を刺し、糸を縫い付け、針を引っ張り出す。
 また一針縫っては針を刺し、抜いて、また針を刺す……
「……飽きた」
 新菜はオレンジ色のドレスに身を包み、私室の椅子に座って刺繍をしていた。
 製作途中の刺繍を傍らの小卓に置いて眉間を揉む。
 細かい作業をしていて目が疲れた。
 肩を叩きながら視線を横にスライドさせれば、豪華な天蓋付きのベッドが目に映る。

 天蓋のレースカーテンは金と銀の糸で星の刺繍がなされている。
 初めてこのベッドで眠るときは、魔法のランプの灯を受けて煌く星をうっとりと眺めたものだ。

 魔法のランプ、というのは魔導具だ。
 魔導具は定期的に内蔵された光石を交換しなければならないため維持費用がかかる。
 魔導具本体が破損したり、不具合が起きた場合は重ねて修理費用も必要だ。
 総じて庶民がおいそれと手出しできる代物ではないのだが、侯爵邸は魔導具の宝庫で、多種多様なそれがフル活用されていた。
 単純な光を生むもの、光に熱を伴うもの、水を生み出すもの、風を起こすもの。その他にもたくさん。

 侯爵邸の周囲には魔物の侵入を防ぐ結界維持装置が等間隔で置かれているし、要所要所には防犯用の映像記録装置まで設置されている。

 この部屋の照明も建物の内部に組み込まれた魔導具が担っていた。
 部屋の入り口と、枕もとの二カ所にある紋様に触れれば天井の紋様が光り輝く。消したい場合も同様にすればいい。

「ニナ様。肩をお揉み致しますわ」
 壁際に控えていたメイドたちが寄って来た。
 黒と白のツートンカラーのお仕着せを着たこの二人は、新菜付きのメイドである。

「ああ、いえいえ、大丈夫ですよ! お気遣いなく!」
 新菜は肩から手を離して手を振った。
 この屋敷で暮らし始めて一週間が経つが、いまだにこの待遇には慣れない。
 何せこれまではお仕着せを着て奉仕するのは自分の役割だったからだ。

「そうですか……刺繍に飽きられたのでしたら気分転換に庭を散歩されてはいかがでしょう? ちょうど八重咲の薔薇が見頃ですわ。その刺繍の提出期限は三日後ですし、そんなに頑張らずとも、まだ余裕がありますよ」
 メイドはにこっと笑った。

 彼女たちは新菜に出された課題や日々のスケジュール、飲食物の好みまで完全に把握している。
 マネージャー業もこなせばドレスの着付けや採寸だって行う。
 夜は戦闘訓練で疲れ切った身体に精油を塗り込んでマッサージしてくれるし、朝は目覚めのチョコレートと洗顔用の水を張った盥《たらい》を用意してくれる。

 メイドだけではなく、男性の使用人、馬丁、庭師、料理人、その他諸々――この広大な屋敷で働く者は全員、素晴らしい仕事ぶりだった。
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