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47:青空の下で歌を
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六日後の午前十時過ぎ。
王都の城前広場は人々で埋め尽くされていた。
今日はバーベイン様の即位二十七年を祝う記念式典が行われる日だ。
私はこの広場で女神クラウディアを讃え、永劫の平和を祈る古代語の歌を一曲歌うことになっている。
式典で歌うのは老若男女問わず、この国で最も強い神力を持つ者。そういうしきたりがある。
二つの村と北の街を浄化した私は国内で最も強い神力を持つ大聖女と認められ、名誉ある歌い手に抜擢された。
式典は順調に進み、いまはバーベイン様が『演説塔』に立ち、声を大きくする球形の魔導具――『拡声器』の前で国の発展と繁栄を願う言葉を口にしている。
『演説塔』は広場の端に建てられた塔。
円柱に階段をくっつけたような作りをした塔の上ではかつて初代国王が建国を宣言し、王と共に旅をした聖女エレンティーナが祝いの歌を歌ったという。
いつも通り授業を受けつつ、その陰で猛練習してきたけれど、果たしてうまく歌えるだろうか。
広場に押し寄せた人の数が、期待に輝く無数の目が、塔の階段の下で出番を待つ私に並々ならぬ重圧を与える。
「緊張してる?」
両手で杖を握り締め、黙りこくっている私にノクス様が話しかけてきた。
ノクス様は上等な青の上着に白の胴衣、首に金のクラヴァットを締めている。
金髪を軽く掻き上げた形で固め、いつも以上に美しく着飾ったノクス様の魅力ときたら尋常ではない。
楽器を手に持った宮廷楽団の女性は陶酔したような顔でノクス様を見ている。
彼女だけではなく、四方八方から熱い視線が注がれていた。
「……口から心臓が飛び出そうです」
私は蚊の鳴くような声で答えた。
風に吹かれて、宝石を散りばめた帽子から垂れ下がるいくつもの装飾がしゃらしゃらと音を立てて揺れる。
今日はおあつらえ向きの晴天だけれど風が強い。
「口から心臓。それは大事件だね」
想像したのか、ノクス様がふふっと笑う。
「笑い事ではありません……本当に倒れそうなのです……何故私が歌うことになってしまったのでしょう……王族の守護聖女が式典で歌うのは史上初なんですよね?」
「神殿に所属する聖女より強い神力を持つ守護聖女など初めてだからね。ルカ。こちらに来なさい。ステラが緊張で倒れてしまいそうだ」
ノクス様に呼ばれて、宰相の近くに立っていたルカ様が歩いてきた。
金の刺繍が入った黒の正装に身を包んだルカ様はこの世の誰よりも格好良かった。
降り注ぐ陽光を浴びて煌めく黒髪、稀有なルビーの瞳、すっと通った鼻梁、一見細身だけれど逞しい身体つき、凛とした雰囲気――全てが魅力的すぎてくらくらしてしまう。
「大丈夫か? 具合が悪いなら無理に歌わなくていい。王宮に戻って休め」
私が無言で頭を押さえた理由を勘違いしたらしく、ルカ様は心配そうな顔をしている。
「いえ、体調が悪いわけではありません。ルカ様が格好良すぎて眩暈がしました」
「……冗談を言う余裕はあるようだな。本当に緊張しているのか?」
真顔で言う私を見て、ルカ様は苦笑した。
「実は、この通りです」
震える手を見せると、ルカ様はその手を優しく包んでくれた。
「大丈夫だ、自信を持て。お前はこれまでずっと練習してきただろう。もし失敗したとしても誰も責めたりはしない。責める人間は俺が許さない。安心して歌えばいい。きっと皆、お前の歌に魅了される。夜の庭園で歌うお前に魅了された俺のように」
返事をしようとしたそのとき、強風を受けた帽子の装飾が激しく揺れ、私は慌てて頭を押さえた。
帽子の装飾や髪が乱れているのではないかと心配になったけれど、ここには鏡がないため確認しようがない。
ルカ様が手を伸ばして頭の装飾を整えてくれた。
ついでのように私の銀髪を撫で、微笑んで言う。
「いつもお前は綺麗だが、今日は一段と綺麗だ。塔の上に立てば、きっと皆が釘付けになる」
「……そうだといいんですが。守護聖女の名に恥じないよう、頑張ります」
甘い台詞に照れながら、私は改めて自分の格好を見下ろした。
古風な金の刺繍がほどこされた青と白の法衣。
左手に持っているのは国宝である『聖女エレンティーナの杖』。
呪術媒体のうちの一つだったこの杖はシエナがへし折ってしまったけれど、ドラセナ王妃の肖像画のように修復されていた。
その代わりに、杖の持ち手が以前より太くなっているのは気のせいではなさそうだ。
虹色に輝く丸い球体――大きな魔石が備え付けられた杖はずっしりと重く、聖女としての責任を感じさせる。
人々のひときわ大きな声が聞こえて、私は顔を上げた。
耳を澄ましてみれば『拡声器』の前に立つ司会者が「この度の式典の歌い手は、かの有名な『戦場の天使』だ」と私の紹介をしている。
二つの村と北の街を浄化し、加えて王太子の命を救った素晴らしい女性だと、とにかく私を褒めちぎっている!!
ちょっと待って、持ち上げすぎです!!
そんなに期待値を上げられたら、いざ私が登場したときにガッカリされかねないんですけど!!
「行こう。塔の上まで送る」
紹介が終わる頃になっても動けずにいる私の手から杖を取り上げてルカ様が歩き出した。
彼の背中を追いかけて隣に並ぶ。
敷かれた赤い絨毯を踏みしめ、スカートを摘まんで一歩一歩、法衣の長い裾を踏まないように気を付けながら階段を登っていく。
ルカ様は私が転ばないよう注意深く見守ってくれているけれど、一ヶ月に及ぶ淑女教育により、長い裾と付き合うコツは習得していた。
「頑張れ」
無事塔の頂上に到達すると、一段低いところで足を止めているルカ様が私に杖を差し出した。
風に黒髪を靡かせながらルカ様は微笑んでいる。
私なら大丈夫だと信じてくれているのだ。
「はい」
私は微笑み返して杖を受け取った。
不安や恐れを勇気で塗りつぶし、階段を降りていくルカ様に背を向けて先へと進み、民衆の前に立つ。
途端、全身を揺さぶられるほどの歓呼の叫びに包まれた。
「聖女様ー!!」
「あなたが戦場の天使だったんですね!! 一年前、主人の命を助けてくれてありがとう!!」
「私の息子もあなたに助けられましたー!! 本当にありがとうー!!」
「きゃー聖女様、きれーい!!」
「ステラ様ー!!」
一生懸命に両手を振る人、口笛を吹く人、口に両手を添えて叫ぶ人、拍手する人、興奮に飛び跳ねる子ども。
眼下に群がる人の多さに目が眩みそうになる。
どこを見ても、人、人、人。
まるで世界中の人々がここに集まり、自分を見ているかのようだ。
群衆の最前列でシエナが大きく手を振っている。
シエナは「知った顔が近くにいたほうが緊張しないでしょう」と言って、ルカ様の護衛を自分よりも腕の立つラークに任せてあそこにいてくれている。
――大丈夫。私はやれる。
杖を握る手はもう震えていない。
失敗しても自分が許すとルカ様が言ってくれた。
私は群衆に向かって微笑み、小さく手を振った。
ますます歓呼の叫びが大きくなる。
宮廷楽団の準備が整ったのを見て、大きく息を吸う。
――どうか聞いていてください、ルカ様。
平和を祈るこの歌は、誰よりもあなたに捧げます。
そして、蒼穹の下、私は鈴のような声で歌い始めた。
王都の城前広場は人々で埋め尽くされていた。
今日はバーベイン様の即位二十七年を祝う記念式典が行われる日だ。
私はこの広場で女神クラウディアを讃え、永劫の平和を祈る古代語の歌を一曲歌うことになっている。
式典で歌うのは老若男女問わず、この国で最も強い神力を持つ者。そういうしきたりがある。
二つの村と北の街を浄化した私は国内で最も強い神力を持つ大聖女と認められ、名誉ある歌い手に抜擢された。
式典は順調に進み、いまはバーベイン様が『演説塔』に立ち、声を大きくする球形の魔導具――『拡声器』の前で国の発展と繁栄を願う言葉を口にしている。
『演説塔』は広場の端に建てられた塔。
円柱に階段をくっつけたような作りをした塔の上ではかつて初代国王が建国を宣言し、王と共に旅をした聖女エレンティーナが祝いの歌を歌ったという。
いつも通り授業を受けつつ、その陰で猛練習してきたけれど、果たしてうまく歌えるだろうか。
広場に押し寄せた人の数が、期待に輝く無数の目が、塔の階段の下で出番を待つ私に並々ならぬ重圧を与える。
「緊張してる?」
両手で杖を握り締め、黙りこくっている私にノクス様が話しかけてきた。
ノクス様は上等な青の上着に白の胴衣、首に金のクラヴァットを締めている。
金髪を軽く掻き上げた形で固め、いつも以上に美しく着飾ったノクス様の魅力ときたら尋常ではない。
楽器を手に持った宮廷楽団の女性は陶酔したような顔でノクス様を見ている。
彼女だけではなく、四方八方から熱い視線が注がれていた。
「……口から心臓が飛び出そうです」
私は蚊の鳴くような声で答えた。
風に吹かれて、宝石を散りばめた帽子から垂れ下がるいくつもの装飾がしゃらしゃらと音を立てて揺れる。
今日はおあつらえ向きの晴天だけれど風が強い。
「口から心臓。それは大事件だね」
想像したのか、ノクス様がふふっと笑う。
「笑い事ではありません……本当に倒れそうなのです……何故私が歌うことになってしまったのでしょう……王族の守護聖女が式典で歌うのは史上初なんですよね?」
「神殿に所属する聖女より強い神力を持つ守護聖女など初めてだからね。ルカ。こちらに来なさい。ステラが緊張で倒れてしまいそうだ」
ノクス様に呼ばれて、宰相の近くに立っていたルカ様が歩いてきた。
金の刺繍が入った黒の正装に身を包んだルカ様はこの世の誰よりも格好良かった。
降り注ぐ陽光を浴びて煌めく黒髪、稀有なルビーの瞳、すっと通った鼻梁、一見細身だけれど逞しい身体つき、凛とした雰囲気――全てが魅力的すぎてくらくらしてしまう。
「大丈夫か? 具合が悪いなら無理に歌わなくていい。王宮に戻って休め」
私が無言で頭を押さえた理由を勘違いしたらしく、ルカ様は心配そうな顔をしている。
「いえ、体調が悪いわけではありません。ルカ様が格好良すぎて眩暈がしました」
「……冗談を言う余裕はあるようだな。本当に緊張しているのか?」
真顔で言う私を見て、ルカ様は苦笑した。
「実は、この通りです」
震える手を見せると、ルカ様はその手を優しく包んでくれた。
「大丈夫だ、自信を持て。お前はこれまでずっと練習してきただろう。もし失敗したとしても誰も責めたりはしない。責める人間は俺が許さない。安心して歌えばいい。きっと皆、お前の歌に魅了される。夜の庭園で歌うお前に魅了された俺のように」
返事をしようとしたそのとき、強風を受けた帽子の装飾が激しく揺れ、私は慌てて頭を押さえた。
帽子の装飾や髪が乱れているのではないかと心配になったけれど、ここには鏡がないため確認しようがない。
ルカ様が手を伸ばして頭の装飾を整えてくれた。
ついでのように私の銀髪を撫で、微笑んで言う。
「いつもお前は綺麗だが、今日は一段と綺麗だ。塔の上に立てば、きっと皆が釘付けになる」
「……そうだといいんですが。守護聖女の名に恥じないよう、頑張ります」
甘い台詞に照れながら、私は改めて自分の格好を見下ろした。
古風な金の刺繍がほどこされた青と白の法衣。
左手に持っているのは国宝である『聖女エレンティーナの杖』。
呪術媒体のうちの一つだったこの杖はシエナがへし折ってしまったけれど、ドラセナ王妃の肖像画のように修復されていた。
その代わりに、杖の持ち手が以前より太くなっているのは気のせいではなさそうだ。
虹色に輝く丸い球体――大きな魔石が備え付けられた杖はずっしりと重く、聖女としての責任を感じさせる。
人々のひときわ大きな声が聞こえて、私は顔を上げた。
耳を澄ましてみれば『拡声器』の前に立つ司会者が「この度の式典の歌い手は、かの有名な『戦場の天使』だ」と私の紹介をしている。
二つの村と北の街を浄化し、加えて王太子の命を救った素晴らしい女性だと、とにかく私を褒めちぎっている!!
ちょっと待って、持ち上げすぎです!!
そんなに期待値を上げられたら、いざ私が登場したときにガッカリされかねないんですけど!!
「行こう。塔の上まで送る」
紹介が終わる頃になっても動けずにいる私の手から杖を取り上げてルカ様が歩き出した。
彼の背中を追いかけて隣に並ぶ。
敷かれた赤い絨毯を踏みしめ、スカートを摘まんで一歩一歩、法衣の長い裾を踏まないように気を付けながら階段を登っていく。
ルカ様は私が転ばないよう注意深く見守ってくれているけれど、一ヶ月に及ぶ淑女教育により、長い裾と付き合うコツは習得していた。
「頑張れ」
無事塔の頂上に到達すると、一段低いところで足を止めているルカ様が私に杖を差し出した。
風に黒髪を靡かせながらルカ様は微笑んでいる。
私なら大丈夫だと信じてくれているのだ。
「はい」
私は微笑み返して杖を受け取った。
不安や恐れを勇気で塗りつぶし、階段を降りていくルカ様に背を向けて先へと進み、民衆の前に立つ。
途端、全身を揺さぶられるほどの歓呼の叫びに包まれた。
「聖女様ー!!」
「あなたが戦場の天使だったんですね!! 一年前、主人の命を助けてくれてありがとう!!」
「私の息子もあなたに助けられましたー!! 本当にありがとうー!!」
「きゃー聖女様、きれーい!!」
「ステラ様ー!!」
一生懸命に両手を振る人、口笛を吹く人、口に両手を添えて叫ぶ人、拍手する人、興奮に飛び跳ねる子ども。
眼下に群がる人の多さに目が眩みそうになる。
どこを見ても、人、人、人。
まるで世界中の人々がここに集まり、自分を見ているかのようだ。
群衆の最前列でシエナが大きく手を振っている。
シエナは「知った顔が近くにいたほうが緊張しないでしょう」と言って、ルカ様の護衛を自分よりも腕の立つラークに任せてあそこにいてくれている。
――大丈夫。私はやれる。
杖を握る手はもう震えていない。
失敗しても自分が許すとルカ様が言ってくれた。
私は群衆に向かって微笑み、小さく手を振った。
ますます歓呼の叫びが大きくなる。
宮廷楽団の準備が整ったのを見て、大きく息を吸う。
――どうか聞いていてください、ルカ様。
平和を祈るこの歌は、誰よりもあなたに捧げます。
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