訳あり王子の守護聖女

星名柚花

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38:可愛いあなたに口づけを

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 ラークとシエナを食堂に残して『蒼玉の宮』へ向かうと、正面玄関の扉の前にモニカさんが立っていた。

「ルカ様。ステラ様。お待ちしておりました」
 扉の近くの壁に備え付けられた照明器具――魔法の光がモニカさんの姿を照らしている。

 晴れやかなその表情を見て、ノクス様の無事を確信した私は宮中に入ることはせず、庭でルカ様の帰りを待つことにした。

 ルカ様が一日千秋の思いで待ちわびた再会だ。
 兄弟水入らずで、心ゆくまで語り合ってもらいたかった。

「わあ、綺麗……」
 思わず感嘆の声が漏れる。
『蒼玉の宮』の庭園はかぐわしい花の香りに満ちていた。

 要所要所に魔法の光を灯した外灯や照明器具が設置されていて、夜の庭園を美しく演出している。

 花壇の傍には手すりが洒落た形の白いベンチがあった。
 晴れた日にはノクス様がここで本を広げたりするのかもしれない。

 もしかしたら、過去にルカ様とノクス様が並んでお喋りに興じることもあったかも。

 想像して微笑み、月と星がよく似合う庭園をゆっくり散策していた私は、吹きつけた風を受けて足を止めた。

 大輪の白い花が咲き誇る花壇の前に一人佇み、ふと歌を口ずさむ。

 ――眠れない夜にはその手を取って
 空に星を飾りましょう

 雨の日には傘を差して
 あなたの隣で歌いましょう

 いつも、いつでも
 あなたが幸せであるように

 あなたが笑って、此処にいる
 それだけでこんなにも世界は美しく、愛おしい

 私は祈る、あなたを想い
 私は歌う、あなたを想い

 私にとってあなたは光
 ただ、ただ、全てなのです――

 伸びやかな声で歌い切った直後、拍手の音が聞こえた。

 ――えっ。

 まさか誰かに聞かれるとは思っていなかったため、慌てて振り返ると、外灯の下にルカ様が立っていた。

「良い歌だな。エメルナの歌か?」
「はい。エメルナで流行っていた恋の歌で……いえ、そんなことよりも、ノクス様とのお話は終わったんですか?」

 まさかあなたを想って歌っていましたとは言えず、私は足早に歩み寄った。

「ああ。兄上は食事中だったし、目覚めたばかりで長居するのも悪いからな。明日また改めて訪れることにした。今度はお前と、ラークやシエナも連れて来いと言われたよ。俺の話で興味を持ったようだ。父上が息子と認めてくれたと言うと、兄上はとても喜んでくださった。王太子になられたことを伝えたら唖然としていた。当然と言えば当然だな。寝て起きたら王太子になっていたのだから」

 ルカ様は笑っていて、私は久しぶりに彼の明るい顔を見た。

「兄上にかけられた呪術を解くためにお前たちが重要文化財を破壊して回ったと伝えたら、絶句した後で苦笑していた。いくら他人の命がかかっているとはいえ、何の躊躇もなく国宝に回し蹴りできる女性はステラだけだろうね、とも言っていたな」

「し、シエナだって躊躇なく聖女の杖をへし折ってましたもの……それに、ノクス様は他人ではありません。ルカ様の大切なお兄様です。私にとっても大切なお方です」

 私は一歩足を踏み出して、そっとルカ様の頬に右手を沿わせた。
 驚いたように目を大きくするルカ様を見て、私は微笑んだ。

「良かった。ずっと思いつめたように暗い顔をしていたルカ様がいま、頬を緩めて笑っています。ノクス様が無事に目を覚まして、ルカ様に笑顔が戻って――本当に良かった」

 巫女姫様には感謝しなければいけませんね、と続けようとした矢先。

 ルカ様の顔が近づいてきて唇を塞がれたため、続きは言えなくなってしまった。

「――!?」
 驚愕したのもつかの間、私は自然と目を閉じ、柔らかな唇の感触を受け止めた。

 気まぐれな夜風が髪を揺らし、鼻先に花の香りを届けてくる。
 キスを交わしていたのは数秒のことで、ルカ様が先に身を引いた。

「……すまない。気持ちを抑えられなくなった」
 ルカ様は気まずそうに目を逸らした。

 まるで、失敗した、みたいに言われてちょっとムッとした。

「何故謝るんですか。いまのキスはどういうことなんですか。説明を求めます」

 衝動的なキスよりも確かな言葉のほうが欲しくて、私は大胆にも切り込んだ。

「……好きだからだ。俺は多分、出会ったときからずっとお前のことが好きだった」
「『多分』?」
 すかさず不満点を指摘する。

「いや、その、人を好きになることなどいままでなかったから。よくわからなかったんだ」
 頬を赤く染め、しどろもどろで言い訳する姿に胸がきゅんとした。

 何この人可愛い。
 これが母性本能というやつだろうか、『守ってあげたい』という衝動が胸に湧き上がる。

「前に言っただろう。俺はずっとお前のことが欲しかったと。あの言葉に噓偽りはない。お前は今回、兄上のために死力を尽くしてくれた。怒りに我を忘れた不甲斐ない俺の代わりにラークとシエナを巻き込んで、全ての呪術媒体を破壊して、プリムが無理だと断言した兄上の蘇生を成し遂げ、もう一度俺と会わせてくれた。本当にありがとう。感謝している……どんな言葉でも言い表せないほどに」
 夜風に髪を踊らせながら、ルカ様は微笑んだ。

「俺のために心から怒って、俺のために心から笑ってくれる女性などお前しかいない。いや、もし他にいたとしても関係ない。俺はお前しか要らないんだ。お前さえ良かったら……俺の恋人になってくれないか。お前が俺を愛してくれるのなら、俺は一生お前だけを愛すると誓う」

 私の頬に添えられたルカ様の手に、私も自分の手を重ねた。

「はい。私も、あなただけを一生愛することを誓います」

 そうすることが当然のように、私たちは身体を寄せ合い、二度目のキスを交わした。

 キスが終わって照れていると、ルカ様は私を抱きしめて小さな笑い声を上げた。

「どうしたんですか?」
「いや。白状すると、ほんの少しだけ勝算はあったんだ。ディエン村の宴では凄いことを言われたからな」
「ああああ!! あれはお酒に酔っていて、自分でも何を口走っているのかよくわかっていない状態だったんです!!」
 忘れようと出来る限り頭の隅に追いやっていた記憶を引きずり出されて、私の顔は真っ赤になった。

 やっぱりルカ様も覚えていたのか!!
 いやルカ様はお酒を飲んでなかったんだから覚えてますよねそうですよね!!

 でも忘れててほしかったんです!!
 何故って、思い出すたびに羞恥の念に駆られて転げ回っていたから!!

「ならあれは口から出まかせだったのか? 俺の傍から離れてもいいのか?」

 私を抱きしめ、私の銀髪を愛おしげにその指で梳きながら、ルカ様は意地悪なことを言う。

「……嫌です。離さないでください」
 私は負けを認めて、ルカ様の身体を抱き返した。

「あ――」
「私はルカ様のことが好きで好きで堪らないんです。もしルカ様が私を置いてどこかに行こうとしても、地獄の果てまで追いかけますからね。絶対お傍から離れません。もうとっくに上限いっぱいまで愛していますから。あなたがいないと生きていけないんです」

「………」
「ところでルカ様? さっき何か言いかけませんでしたか?」
 身体を離して首を傾げる。

「……もうわかったから許してくれ……」

 不遇な身の上故か、恋愛にまるで耐性がないらしいルカ様は顔を覆って悶絶していて、やはり私は何度でも彼を可愛いと思ってしまうのだった。
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