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33:戯言はそこまで
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「陛下。この妖精はさきほどから一体何を大声で喚いているのでしょう? 困りましたな。私にはさっぱりわかりません。私がノクス王子を呪殺しようとしたなどと、とんでもない妄言です。私がノクス王子を可愛がっていたことは陛下もよくご存じのはず」
バーベイン様と良く似た顔立ちのアドルフは眉根を下げ、いかにも悲しげな顔を作ってみせた。
当然ながら嘘だ。皆を騙すための演技だ。
私はプリムを信じている。
でも、陛下たちにとってプリムは初対面の妖精。
そう簡単に信じてくれるはずもなく、全員が疑惑の眼差しで妖精を見ていた。
「ネルバ大公爵の言う通りです。ノクスは病気で伏しているのですよ。それを呪術だの何だのと、わけのわからないことを。あまつさえ私が実の弟の呪殺に手を貸したと? 何故王太子たる私がこんな酷い侮辱を受けなければならないのか。可哀想に。どうやらあの妖精はルカの呪いに侵されてしまったようです」
ギムレットは沈痛な表情で小さく首を振り、艶やかな金髪を揺らした。
「ルカ様は呪われてなど――!!」
カッとして叫ぶけれど、私の声はギムレットには届かない。
「陛下。ルカの毒が同じく頭に回った守護聖女は王宮に魔物《グリフォン》を連れ込み、宝物庫に侵入し、いくつもの重要文化財を破壊するという大罪を犯しました。たとえ二つの村を浄化した功績があろうと許されることではありません。もはや申し開きの余地もない。この者たちには厳罰を与えるべきです。当然ルカも捕らえて牢に入れるべきでしょう」
「お待ちください、ルカ様に罪はありません!!」
「何を言う。ルカは守護聖女を洗脳し、神に仕える神殿騎士を誑かし、破壊活動を扇動した。これは立派な反逆罪だ。ルカには残酷な苦しみを与え、無残な死を遂げさせる他にない」
「お止めください!! 真実ルカ様は何もしていません!! 宝物庫の扉を壊し、保管されていた聖女の杖を折り、重要文化財を破壊して回ったのは私です!! 全ては私の独断です!! 本当に、一切ルカ様は関与して――」
「おお。なんということでしょう、陛下。私は恐ろしい可能性を思いつきましたぞ」
急にアドルフは身震いし、自分の身体を抱くように腕を回した。
「その可能性とは?」
ずっと黙っていたバーベイン様がアドルフを見る。
「はい。何故突然現れた妖精がノクス王子の病を呪術と結びつけるのかわからず、ずっと考えておりましたが、こう考えれば合点がいくのです。ルカ王子にはノクス王子の病状に思い当たる節がある。つまり、ルカ王子こそがノクス王子を呪殺しようとした張本人であり、私にその罪をなすりつけるために手懐けた妖精に妄言を言わせたのでは?」
「………………は?」
あまりのことに頭が真っ白になった。
こいつはいま何と言った?
ルカ様が? ノクス様を呪殺?
「マジか。こいつどんだけクソなんだよ……」
ラークもシエナも呆然としている。
「呪われた身故、ルカ王子は生まれてしばらく離宮に封じられ、他の王女や王子と比べて冷遇されていたことは周知の事実です。そのことに不満を抱き、負の感情を膨れ上がらせたルカ王子が呪術に手を出したとしても不思議ではありません。陛下や王太子ではなくノクス王子を最初に狙ったのは、いうなれば本番前の実験。効果のほどを試すつもりだったのでしょう」
「なんと。それでは、私と陛下はノクスに続いてルカに殺されるところであったのか」
「早く気づいて良かった。危ないところでしたな、王太子殿下」
いけしゃあしゃあとアドルフやギムレットは演技している。
割れた肖像画を抱く腕が震え、擦れ合った額縁が私の腕の中でカタカタ音を立てている。
激情に身体が弾け飛んでしまいそうだ。
いますぐ駆け寄って拳を二人の顔面に叩き込んでやりたい。
でも、相手は大公爵と王太子。
ルカ様の守護聖女である私が感情のままに暴力を振るったら、ますますルカ様の立場が悪くなる。
「私を犯人に仕立て上げようとしたのは最も都合が良いからでしょうな。口に出すのも憚れることですが、万が一陛下や王太子がいなくなれば序列に従い、私が玉座に座ることになります。私は陛下に忠誠を誓った身。女神の名にかけて陛下を呪ったことなど――」
「――戯言はそこまでよ嘘つき野郎」
頭上から声が降ってきた。
見上げれば、プリムはその小さな身体に異常をきたしていた。
青、赤、白、黄色、緑――まるで虹をかき混ぜたような瞳の色と同じように、全身が虹色の光を放っている。
神秘の光に包まれた妖精の姿に、私は思わず息を呑んで見入った。
最初はあれだけ威勢が良かったのに、それきりずっと黙り込んでいたのは、力を溜め込む準備をしていたからなのか。
バーベイン様と良く似た顔立ちのアドルフは眉根を下げ、いかにも悲しげな顔を作ってみせた。
当然ながら嘘だ。皆を騙すための演技だ。
私はプリムを信じている。
でも、陛下たちにとってプリムは初対面の妖精。
そう簡単に信じてくれるはずもなく、全員が疑惑の眼差しで妖精を見ていた。
「ネルバ大公爵の言う通りです。ノクスは病気で伏しているのですよ。それを呪術だの何だのと、わけのわからないことを。あまつさえ私が実の弟の呪殺に手を貸したと? 何故王太子たる私がこんな酷い侮辱を受けなければならないのか。可哀想に。どうやらあの妖精はルカの呪いに侵されてしまったようです」
ギムレットは沈痛な表情で小さく首を振り、艶やかな金髪を揺らした。
「ルカ様は呪われてなど――!!」
カッとして叫ぶけれど、私の声はギムレットには届かない。
「陛下。ルカの毒が同じく頭に回った守護聖女は王宮に魔物《グリフォン》を連れ込み、宝物庫に侵入し、いくつもの重要文化財を破壊するという大罪を犯しました。たとえ二つの村を浄化した功績があろうと許されることではありません。もはや申し開きの余地もない。この者たちには厳罰を与えるべきです。当然ルカも捕らえて牢に入れるべきでしょう」
「お待ちください、ルカ様に罪はありません!!」
「何を言う。ルカは守護聖女を洗脳し、神に仕える神殿騎士を誑かし、破壊活動を扇動した。これは立派な反逆罪だ。ルカには残酷な苦しみを与え、無残な死を遂げさせる他にない」
「お止めください!! 真実ルカ様は何もしていません!! 宝物庫の扉を壊し、保管されていた聖女の杖を折り、重要文化財を破壊して回ったのは私です!! 全ては私の独断です!! 本当に、一切ルカ様は関与して――」
「おお。なんということでしょう、陛下。私は恐ろしい可能性を思いつきましたぞ」
急にアドルフは身震いし、自分の身体を抱くように腕を回した。
「その可能性とは?」
ずっと黙っていたバーベイン様がアドルフを見る。
「はい。何故突然現れた妖精がノクス王子の病を呪術と結びつけるのかわからず、ずっと考えておりましたが、こう考えれば合点がいくのです。ルカ王子にはノクス王子の病状に思い当たる節がある。つまり、ルカ王子こそがノクス王子を呪殺しようとした張本人であり、私にその罪をなすりつけるために手懐けた妖精に妄言を言わせたのでは?」
「………………は?」
あまりのことに頭が真っ白になった。
こいつはいま何と言った?
ルカ様が? ノクス様を呪殺?
「マジか。こいつどんだけクソなんだよ……」
ラークもシエナも呆然としている。
「呪われた身故、ルカ王子は生まれてしばらく離宮に封じられ、他の王女や王子と比べて冷遇されていたことは周知の事実です。そのことに不満を抱き、負の感情を膨れ上がらせたルカ王子が呪術に手を出したとしても不思議ではありません。陛下や王太子ではなくノクス王子を最初に狙ったのは、いうなれば本番前の実験。効果のほどを試すつもりだったのでしょう」
「なんと。それでは、私と陛下はノクスに続いてルカに殺されるところであったのか」
「早く気づいて良かった。危ないところでしたな、王太子殿下」
いけしゃあしゃあとアドルフやギムレットは演技している。
割れた肖像画を抱く腕が震え、擦れ合った額縁が私の腕の中でカタカタ音を立てている。
激情に身体が弾け飛んでしまいそうだ。
いますぐ駆け寄って拳を二人の顔面に叩き込んでやりたい。
でも、相手は大公爵と王太子。
ルカ様の守護聖女である私が感情のままに暴力を振るったら、ますますルカ様の立場が悪くなる。
「私を犯人に仕立て上げようとしたのは最も都合が良いからでしょうな。口に出すのも憚れることですが、万が一陛下や王太子がいなくなれば序列に従い、私が玉座に座ることになります。私は陛下に忠誠を誓った身。女神の名にかけて陛下を呪ったことなど――」
「――戯言はそこまでよ嘘つき野郎」
頭上から声が降ってきた。
見上げれば、プリムはその小さな身体に異常をきたしていた。
青、赤、白、黄色、緑――まるで虹をかき混ぜたような瞳の色と同じように、全身が虹色の光を放っている。
神秘の光に包まれた妖精の姿に、私は思わず息を呑んで見入った。
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