訳あり王子の守護聖女

星名柚花

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29:暗転

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「完全に出来上がってるなー」
 と、声が聞こえた。

 ルカ様の肩に頭を預けたまま見れば、ラークが近づいてくる。
 ラークの隣にはシエナの姿もあった。

「あら、お二人ともこんばんはー! 楽しんでますかー? せっかくの宴です、楽しまきゃ損ですよー? ちなみに私はとっても楽しいです、このとーり、ルカ様の温もりを堪能しちゃったりしてー、えへへへへ」
 ルカ様に抱きつき、ぴとっと横顔を胸にくっつける。

「まあまあ大変。ステラ、立てますか? こちらへおいでなさい。私と一緒に宿に戻りましょう。でないと明日、羞恥にのたうち回ることになりますよ」

「やだー、ルカ様から離れたくなーい」

 駄々をこねる子どものように頭を振って、再びルカ様に抱きつく。
 密着しているせいで頭の上の花冠が潰れているけれど、いまさらなので気にしない。

「いやもう既に手遅れだろこれ」
「みたいですね。仕方ありません。可哀想ですが、正気に戻ったステラには存分に転げ回ってもらいましょう」
「ルカにはご褒美だろうからな。幸せな時間を邪魔しちゃ悪いし戻ろうぜ。今日くらいオレらも酒飲むか」
「駄目ですよ。いざという時に動けなかったらどうするんです」
「お前、ほんっと硬いよな。つまんねー」
「ラークが緩すぎるんです!」
 ラークとシエナが言い合いながら背中を向けて歩き出す。

 シエナにはルカ様のことを散々からかわれたけれど、あの二人もなーんか良い雰囲気だよねー、なんて思っていると。

《……様。ルカ様! 聞こえますか!!》

 突然、ルカ様の懐からモニカさんの悲鳴のような声が聞こえた。

 緊急事態であることを察し、一瞬で酔いが覚めた私はルカ様から頭を離して姿勢を正した。

「なんだ?」
 耳が良いらしく、ラークが身を反転させてこちらを見る。

 少し遅れて、シエナも何事かという顔で振り返った。

 ルカ様が懐から取り出したのは、手のひらに乗るくらいの小さな白い球。

『伝言珠』という魔導具で、遠く離れた場所にいる相手にも声を飛ばすことができる。

「モニカ? どうしたんだ?」

 これまで何度か王宮と通信する様子を聞いていたけれど、ルカ様の相手をしているのはいつも伝言役のおじさんだった。

 モニカさんが呼びかけてきたことなど一度もない。

 しかも、こんな夜に。

 ――嫌な予感がする。それも、特大の。

 それはルカ様も同じらしく、彼の横顔は緊張に強張っていた。

《お忙しいところ申し訳ございません! けれど、村の浄化が終わったと聞いて、いまならば支障はないかと思い、一刻も早くお伝えせねばと――》

「いいから用件を言え。何があった?」
 ルカ様はモニカさんの言葉をはねつけて促した。

《ノクス様が……》

 暗闇の中、白く輝く『伝言珠』を通して聞こえるモニカさんの声はほとんど涙声だった。

《ノクス様が倒れられたのです。丸二日経っても意識が戻りません》 
 ルカ様の顔から全ての感情が消失した。

「……ノクスって、ルカの兄貴だよな?」
 ラークが真顔で尋ねてきた。

「うん。ルカ様のお兄様……唯一、本当の家族と言える人」

 思い出すのは、必ず無事に帰って来なさいと言ったノクス様の優しい笑顔。

 なのにどうして、ノクス様が倒れたりするの? 

 他の皆は幸せそうに笑っているのに、まるで、私たちだけが世界から切り離されて絶望のどん底へと叩き落されたような気分だった。

 ふらりとルカ様が立ち上がる。

 その手から白い球が落ちて地面を転がっていくけれど、もはや視界に入っていないようだ。

 足に力が入らないらしく、よろけそうになったルカ様の身体をとっさにラークが足を踏み出して支えた。

 私よりよほど反応が早い。
 手を出す暇もなかった。

 私は『伝言珠』を拾い上げ、モニカさんに出来る限り早く帰ることを約束して通信を切った。

「……王宮に帰る。グリフォンはどこだ」
 暗い中でもそうとわかるほど真っ青なルカ様を見て、ラークは舌打ちした。

「しっかりしろ、この村にグリフォンなんていねーよ。いま魔物の話なんかするんじゃねえ、村の連中の感情を考えろ。十人も殺されてるんだぞ?」
 ルカ様の腕を掴み、ラークが低い声で言う。

「ああ――そうか、そうだったな、すまない。でも兄上が……早く帰らなければ。二日も意識が戻らないなど、何故だ? 病気なのか? いや大丈夫だ、仮に悪い病気であったとしてもステラがきっと治してくれる――」
「ルカ様。大丈夫です、仰る通り、どんな病気であっても私が治します」
 加速する混乱を止めるべく、私はルカ様の手を包むように握った。

「ノクス様は大丈夫です。私がいます」
 繰り返して、まっすぐに赤い目を見つめる。

「……そうだな。どうか、頼む」
 ルカ様の手は震えていて、その声はいまにも泣き出しそうなほどに弱々しかった。
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