訳あり王子の守護聖女

星名柚花

文字の大きさ
上 下
26 / 48

26:夜の果樹園にて

しおりを挟む
 一週間後、皆が寝静まった夜。
 私はルカ様を伴ってディエン村の北西に広がる果樹園にいた。

 地面に置いた角灯《ランタン》が果樹園の悲惨な現状を照らし出している。

 果樹園の樹木は瘴気のせいで元の色を失い、不気味な黒に染まっていた。
 全ての木々が異常なまでにやせ細り、朽ち果てている。

 地面に落ちた果実は潰れて腐り、強烈な異臭を放っていた。

 鼻がもげそうになるけれど、それは私の隣に立っているルカ様も同じだ。

 ルカ様が顔色一つ変えず、嘔吐しそうな異臭に耐えているのに私が逃げ出すわけにはいかない。
 だから、ぐっと我慢して目を閉じ、胸の前で両手を組んで祈る。

 ――女神様、どうか私に傷ついた大地を癒す力をお与えください。

 目を閉じていても、瞼の裏の明るさで辺りに光が満ちたのがわかる。

 ルカ様の目には私の身体を起点として球状に神力――透明感を持った神秘的な金色の光が広がっていくように見えているだろう。

 金色の光はクラウディアが人間にもたらした奇跡の光。
 万物を浄化し、癒し、悪しき魔物を遠ざける結界の役割すらも持っている。

 ただひたすら祈り、全力で神力を放出し……数十秒後。

 脱力感や疲労感に苛まれつつ目を開くと、果樹園は一変していた。

 私の目の前では瑞々しい紅白リンゴが鈴なりに垂れ下がっている。

 他の枝にも丸々と太った二色のリンゴがなり、その重みで太い枝が弧を描く程だった。

 どこを見ても、リンゴ、リンゴ、リンゴ。

 鼻がもげるような異臭はすっかり消え去り、代わりに甘酸っぱいリンゴの香りが私の鼻孔を満たしていた。

「美味しそう……」
 角灯《ランタン》の光を浴びて煌めくリンゴを見て、つい正直な感想が口から洩れる。
 しかし食べるわけにはいかない。
 このリンゴは村の大事な生産物で、収入源だ。

 でも、この村のリンゴは国一番の美味しさって聞いたなあ……朝になったらリンゴパイを作ってもらえないか、宿の主人に頼んでみよう。

「いつ見てもお前の力は凄いな。この世の地獄のような光景が、天上の楽園に変わったぞ」
 自分の視界を遮るようにしなる枝を掴み、その先になった立派なリンゴを見つめてルカ様は赤い目を細めた。

「朝起きて村人が大騒ぎする姿が目に浮かぶ。もはや聖女を越えて女神だな。二つの村を覆う瘴気を祓ったばかりか、腐り果てた大地まで癒しているのだから。お前の手によって癒された大地は瘴気に侵される以前よりも実り豊かだと、村人たちが感激していたぞ」

「ふふ。感激と言えば、聞いてくださいルカ様。カーラおばあちゃんが昨日、ご近所さんと一緒に自分の畑を耕してたんですよ!」

 カーラおばあちゃんはアルバートさんの話に出てきた『絶望のあまり首を括ろうした者』だ。

 カーラおばあちゃんは魔物に最愛の旦那様を殺され、瘴気によって種もみや畑まで失い、生きる気力すらも失っていた。

 でも、私が再生させた旦那様との思い出が詰まった畑を見て、再び生きる意欲を取り戻してくれた。

 私が誰かの力になれた――その事実がとても嬉しい。

「良かったな」
 夜風を受けた枝葉が擦れ合ってささやかな音楽を奏でる中、ルカ様は微笑んだ。

「はい。今回の一件で残念ながら十二人の尊い命が犠牲となってしまいましたが、ルカ様が『伝言珠』を通して王宮に救援要請をしてくださったおかげで、ちょうど近くまで遠征に出ていた第三騎士団も応援に来てくださいました。第三騎士団と神殿騎士と自警団の皆さん。全員の奮戦によって魔物の掃討が完了したいまこそ私の出番です。魔物に襲われる心配がないなら浄化し放題ですからね。ディエン村の畑を浄化するにはあと数日、ローカス村も含めるとあと七日、というところでしょうか。大変ですが、私は気合十分です! まだまだ頑張りますよ!」

 両手をぐっと握ってみせる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

婚約破棄された《人形姫》は自由に生きると決めました

星名柚花
恋愛
孤児のルーシェは《国守りの魔女》に選ばれ、公爵家の養女となった。 第二王子と婚約させられたものの、《人形姫》と揶揄されるほど大人しいルーシェを放って王子は男爵令嬢に夢中。 虐げられ続けたルーシェは濡れ衣を着せられ、婚約破棄されてしまう。 失意のどん底にいたルーシェは同じ孤児院で育ったジオから国を出ることを提案される。 ルーシェはその提案に乗り、隣国ロドリーへ向かう。 そこで出会ったのは個性強めの魔女ばかりで…? 《人形姫》の仮面は捨てて、新しい人生始めます! ※「妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/271485076/35882148 のスピンオフ作品になります。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!

吉野屋
恋愛
 母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、  潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。  美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。  母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。  (完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)  

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ※他サイト様でも連載中です。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 本当にありがとうございます!

処理中です...