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22:突然の危機
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セントセレナまで私たちを迎えに来てくれたのはディエン村の自警団の青年だった。
明るい栗色の髪と同じ色の目をした青年は村長の息子で、名前はアルバートさん。
穏やかな物腰の彼から詳しい説明を受けながら、ルカ様と大きなグリフォンに乗って空を飛ぶこと約一時間。
ようやく着いたディエン村は赤黒い霧に覆われていた。
俯瞰したからわかるのだが、薄気味悪い瘴気に覆われているのはこの村だけではなく、隣のローカス村もだ。
二つの村の周囲に広がる草原も赤黒い霧に飲み込まれ、酷いところは草木が枯れ果てて何もない荒野と化してしまっていた。
派遣された西と南の聖女二人の働きによるものだろう、幸い村の中での霧の密度はそう濃くはない。
これなら護符がなくとも生身で数時間は持ちそうだ――とはいえ、数時間後には頭痛、眩暈といった『瘴気病』の初期症状が出るだろうから油断は禁物である。
『瘴気病』はその名の通り瘴気に侵された人間に生じる症状だ。
最初は軽い眩暈や頭痛から始まり、徐々に嘔吐、昏睡といった重い症状に変わる。
さらに重度になると衰弱死、あるいは正気を失っての暴走――いわゆる『魔人化』という最悪の末路が待ち受けている。
いかに聖女といえど死んだ人間を蘇らせることはできないし、魔人化した人間を元に戻すのは至難の業だ。
魔人化を解除できるのはエメルナ皇国の巫女姫くらいなものじゃないだろうか。
「これは酷いですね……ディエンは国の重要な穀倉地帯なのに」
ルカ様と並んで村を歩きながら、私は顔をしかめた。
村の面積のほとんどを占める畑の作物は枯れるか、腐っているらしく異臭がする。
村に流れている川も澱んで濁り、動いていない水車がもの悲しさを助長させた。
住民たちは家屋の中で息を潜めているようだ。
固く閉ざされた窓の奥に人の気配を感じる。
「ええ。普段はのどかで平和な田園風景が広がっているんですが……ある日突然大地から噴き出た瘴気のせいでこの有様です。皆で懸命に育てた作物は全滅ですよ。来年撒く予定だった種もみすら失って、絶望のあまり首を括ろうした者すらいました」
私たちの前を行くアルバートさんは悲しそうな声で言った。
「そんな……」
なんと言えば良いのかわからず押し黙る。
赤黒い霧に覆われた村の中にはあちこちに戦闘の痕が残っている。
半壊した民家。潰れた家畜小屋。
落とされた橋。
燃えた形跡のある小屋。石畳の隙間にこびりついた赤い液体……その全てがこの村で起きた惨事を物語っていた。
気鬱に沈んでいると、右手の小屋の陰から黒い何かが飛び出してきた。
全身を縮めてバネのように跳躍し、私の首元めがけて襲い掛かってくる!
「ひっ――」
陽の光の下で見ると、それは全長五十センチはありそうな、真っ黒なムカデのような魔物だった。
無数の足をウゾウゾと動かしているのが気持ち悪い。
額の部分には瞼のない赤い眼球のような奇妙な器官がついている。
ムカデが苦手な私は凍り付くことしかできなかったけれど、私の左隣にいるルカ様の反応は恐ろしく早かった。
一瞬で私を庇うような位置に移動して腰の剣を抜き放ち、その一振りの動作だけで頭部についた眼球ごと魔物を両断する。
……凄い。
斬撃を飛ばせる魔剣とは聞いていたが、本当に触れもせずに魔物を倒してしまった。
私はルカ様が握る剣をまじまじと見つめた。
柄に青い魔石が象嵌された美しい意匠の剣だ。
魔力を帯びている証拠に、抜き身の刃は仄かに青く発光していた。
「大丈夫か?」
油断なく剣を握り、魔物を見つめたまま、ルカ様が私に声をかけた。
切断面から緑の体液を垂れ流しながらも、魔物は多数の足を動かし続けている。
恐ろしい生命力だ。
明るい栗色の髪と同じ色の目をした青年は村長の息子で、名前はアルバートさん。
穏やかな物腰の彼から詳しい説明を受けながら、ルカ様と大きなグリフォンに乗って空を飛ぶこと約一時間。
ようやく着いたディエン村は赤黒い霧に覆われていた。
俯瞰したからわかるのだが、薄気味悪い瘴気に覆われているのはこの村だけではなく、隣のローカス村もだ。
二つの村の周囲に広がる草原も赤黒い霧に飲み込まれ、酷いところは草木が枯れ果てて何もない荒野と化してしまっていた。
派遣された西と南の聖女二人の働きによるものだろう、幸い村の中での霧の密度はそう濃くはない。
これなら護符がなくとも生身で数時間は持ちそうだ――とはいえ、数時間後には頭痛、眩暈といった『瘴気病』の初期症状が出るだろうから油断は禁物である。
『瘴気病』はその名の通り瘴気に侵された人間に生じる症状だ。
最初は軽い眩暈や頭痛から始まり、徐々に嘔吐、昏睡といった重い症状に変わる。
さらに重度になると衰弱死、あるいは正気を失っての暴走――いわゆる『魔人化』という最悪の末路が待ち受けている。
いかに聖女といえど死んだ人間を蘇らせることはできないし、魔人化した人間を元に戻すのは至難の業だ。
魔人化を解除できるのはエメルナ皇国の巫女姫くらいなものじゃないだろうか。
「これは酷いですね……ディエンは国の重要な穀倉地帯なのに」
ルカ様と並んで村を歩きながら、私は顔をしかめた。
村の面積のほとんどを占める畑の作物は枯れるか、腐っているらしく異臭がする。
村に流れている川も澱んで濁り、動いていない水車がもの悲しさを助長させた。
住民たちは家屋の中で息を潜めているようだ。
固く閉ざされた窓の奥に人の気配を感じる。
「ええ。普段はのどかで平和な田園風景が広がっているんですが……ある日突然大地から噴き出た瘴気のせいでこの有様です。皆で懸命に育てた作物は全滅ですよ。来年撒く予定だった種もみすら失って、絶望のあまり首を括ろうした者すらいました」
私たちの前を行くアルバートさんは悲しそうな声で言った。
「そんな……」
なんと言えば良いのかわからず押し黙る。
赤黒い霧に覆われた村の中にはあちこちに戦闘の痕が残っている。
半壊した民家。潰れた家畜小屋。
落とされた橋。
燃えた形跡のある小屋。石畳の隙間にこびりついた赤い液体……その全てがこの村で起きた惨事を物語っていた。
気鬱に沈んでいると、右手の小屋の陰から黒い何かが飛び出してきた。
全身を縮めてバネのように跳躍し、私の首元めがけて襲い掛かってくる!
「ひっ――」
陽の光の下で見ると、それは全長五十センチはありそうな、真っ黒なムカデのような魔物だった。
無数の足をウゾウゾと動かしているのが気持ち悪い。
額の部分には瞼のない赤い眼球のような奇妙な器官がついている。
ムカデが苦手な私は凍り付くことしかできなかったけれど、私の左隣にいるルカ様の反応は恐ろしく早かった。
一瞬で私を庇うような位置に移動して腰の剣を抜き放ち、その一振りの動作だけで頭部についた眼球ごと魔物を両断する。
……凄い。
斬撃を飛ばせる魔剣とは聞いていたが、本当に触れもせずに魔物を倒してしまった。
私はルカ様が握る剣をまじまじと見つめた。
柄に青い魔石が象嵌された美しい意匠の剣だ。
魔力を帯びている証拠に、抜き身の刃は仄かに青く発光していた。
「大丈夫か?」
油断なく剣を握り、魔物を見つめたまま、ルカ様が私に声をかけた。
切断面から緑の体液を垂れ流しながらも、魔物は多数の足を動かし続けている。
恐ろしい生命力だ。
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