訳あり王子の守護聖女

星名柚花

文字の大きさ
上 下
22 / 48

22:突然の危機

しおりを挟む
 セントセレナまで私たちを迎えに来てくれたのはディエン村の自警団の青年だった。

 明るい栗色の髪と同じ色の目をした青年は村長の息子で、名前はアルバートさん。

 穏やかな物腰の彼から詳しい説明を受けながら、ルカ様と大きなグリフォンに乗って空を飛ぶこと約一時間。

 ようやく着いたディエン村は赤黒い霧に覆われていた。

 俯瞰したからわかるのだが、薄気味悪い瘴気に覆われているのはこの村だけではなく、隣のローカス村もだ。

 二つの村の周囲に広がる草原も赤黒い霧に飲み込まれ、酷いところは草木が枯れ果てて何もない荒野と化してしまっていた。

 派遣された西と南の聖女二人の働きによるものだろう、幸い村の中での霧の密度はそう濃くはない。

 これなら護符がなくとも生身で数時間は持ちそうだ――とはいえ、数時間後には頭痛、眩暈といった『瘴気病』の初期症状が出るだろうから油断は禁物である。

『瘴気病』はその名の通り瘴気に侵された人間に生じる症状だ。

 最初は軽い眩暈や頭痛から始まり、徐々に嘔吐、昏睡といった重い症状に変わる。

 さらに重度になると衰弱死、あるいは正気を失っての暴走――いわゆる『魔人化』という最悪の末路が待ち受けている。

 いかに聖女といえど死んだ人間を蘇らせることはできないし、魔人化した人間を元に戻すのは至難の業だ。

 魔人化を解除できるのはエメルナ皇国の巫女姫くらいなものじゃないだろうか。

「これは酷いですね……ディエンは国の重要な穀倉地帯なのに」

 ルカ様と並んで村を歩きながら、私は顔をしかめた。

 村の面積のほとんどを占める畑の作物は枯れるか、腐っているらしく異臭がする。

 村に流れている川も澱んで濁り、動いていない水車がもの悲しさを助長させた。

 住民たちは家屋の中で息を潜めているようだ。
 固く閉ざされた窓の奥に人の気配を感じる。

「ええ。普段はのどかで平和な田園風景が広がっているんですが……ある日突然大地から噴き出た瘴気のせいでこの有様です。皆で懸命に育てた作物は全滅ですよ。来年撒く予定だった種もみすら失って、絶望のあまり首を括ろうした者すらいました」

 私たちの前を行くアルバートさんは悲しそうな声で言った。

「そんな……」
 なんと言えば良いのかわからず押し黙る。

 赤黒い霧に覆われた村の中にはあちこちに戦闘の痕が残っている。

 半壊した民家。潰れた家畜小屋。
 落とされた橋。

 燃えた形跡のある小屋。石畳の隙間にこびりついた赤い液体……その全てがこの村で起きた惨事を物語っていた。

 気鬱に沈んでいると、右手の小屋の陰から黒い何かが飛び出してきた。

 全身を縮めてバネのように跳躍し、私の首元めがけて襲い掛かってくる!

「ひっ――」
 陽の光の下で見ると、それは全長五十センチはありそうな、真っ黒なムカデのような魔物だった。

 無数の足をウゾウゾと動かしているのが気持ち悪い。
 額の部分には瞼のない赤い眼球のような奇妙な器官がついている。

 ムカデが苦手な私は凍り付くことしかできなかったけれど、私の左隣にいるルカ様の反応は恐ろしく早かった。

 一瞬で私を庇うような位置に移動して腰の剣を抜き放ち、その一振りの動作だけで頭部についた眼球ごと魔物を両断する。

 ……凄い。
 斬撃を飛ばせる魔剣とは聞いていたが、本当に触れもせずに魔物を倒してしまった。

 私はルカ様が握る剣をまじまじと見つめた。

 柄に青い魔石が象嵌された美しい意匠の剣だ。
 魔力を帯びている証拠に、抜き身の刃は仄かに青く発光していた。

「大丈夫か?」
 油断なく剣を握り、魔物を見つめたまま、ルカ様が私に声をかけた。

 切断面から緑の体液を垂れ流しながらも、魔物は多数の足を動かし続けている。
 恐ろしい生命力だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

婚約破棄された《人形姫》は自由に生きると決めました

星名柚花
恋愛
孤児のルーシェは《国守りの魔女》に選ばれ、公爵家の養女となった。 第二王子と婚約させられたものの、《人形姫》と揶揄されるほど大人しいルーシェを放って王子は男爵令嬢に夢中。 虐げられ続けたルーシェは濡れ衣を着せられ、婚約破棄されてしまう。 失意のどん底にいたルーシェは同じ孤児院で育ったジオから国を出ることを提案される。 ルーシェはその提案に乗り、隣国ロドリーへ向かう。 そこで出会ったのは個性強めの魔女ばかりで…? 《人形姫》の仮面は捨てて、新しい人生始めます! ※「妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/271485076/35882148 のスピンオフ作品になります。

やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。 これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい…… 王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。 また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ※他サイト様でも連載中です。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 本当にありがとうございます!

不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!

吉野屋
恋愛
 母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、  潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。  美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。  母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。  (完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)  

処理中です...