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20:それはとても根が深く

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「ねえ兄さん、ラザフォード嬢のことをどう思ってるの?」

 夕食の途中でノエルが切り出した。
 自然と全員の視線がユリウスに集中する。

「どうって……聡明で可愛らしい女性だと思うぞ」
「なら、恋人になれそう?」
「……ノエル」
 豚肉をフォークで切り分けながら、ふっ、と、ユリウスは妙に達観した笑顔を浮かべた。

「何か妙な期待をしているようだが、俺は彼女と友人以上の関係になるつもりはないと言ったはずだ。よく考えてみろ。ラザフォード嬢は十五歳とまだ若い。きっとこれから彼女は俺より素晴らしい男性と何度も巡り会うだろう。彼女の家柄と美貌があれば公爵子息――ともすれば王子との縁があってもおかしくはない。そうすれば彼女は俺のことを忘却の竈の中へ投げ入れる。俺はしょせん、一度窮地を救っただけの男だからな。たとえいま一時的に彼女が俺に執着しているように見えても、忘れられるのはそれこそ一瞬だぞ」

「そ、そんなことないと思うけどな。ぼくはラザフォード嬢と一度会っただけだけど、彼女は本気で兄さんのことが好きだと思――」

「はは」
 ユリウスの笑顔はひたすら優しかった。

「ノエル。恋は熱病のようなものなんだよ。たとえ大勢の前で神に誓ったところで、永遠に続く愛などあるわけがない。でなければ『離婚』などという単語はこの世に存在しないだろう? 確かに愛し合っていたはずなのに、最終的には憎み合って離婚する男女のなんと多いことか――」

 ユリウスは離婚後に刃傷沙汰になった夫婦の例を出して、滔々と説いた。
 重苦しい沈黙が食堂に落ちる。

(ど、どうしよう。わかってはいたことだけど、これは相当……いやめちゃくちゃ根が深い……!!)

 何を言えばいいのかわからず、ルーシェは味のしない料理を胃に詰め込んだ。

「恋愛に夢を見るのは止めた。俺は女性にはもう何の期待もしてない」

 蝋燭の火を消すように、ふっ――と、ユリウスの紫の目から温度が消えた。
 彼がいま見ている幻影はエリシアの顔だろうか。
 結婚式当日に自分を捨てて恋人と駆け落ちした、生まれつきの婚約者。

「………………」
 皆の表情に気づいたらしく、ユリウスは軽く失敗したかのような笑みをその端正な顔に貼り付けた。

「ああ、別に他人の恋愛を否定するつもりはないんだ。セラとリュオンの仲睦まじい様子を見ているのは微笑ましいよ。ああ、俺にもあんな時代があったなあ――と、懐かしく思ったりするしな」

「時代って……」
 ノエルの頬を一筋の汗が滑り落ちる。

「セラなら結婚式当日に逃げるようなことはしないだろう。リュオンの友人として、セラの兄として、俺は二人を心から祝福する。幸せを願ってるよ」

「いえ、あの、ユーリ様? 私はユーリ様にも幸せになって頂きたいのですが……」
 慈愛に満ちた微笑みを向けられたセラの頬にも汗が伝っている。

「ありがとう。でも、もう俺は恋だの愛だのは懲り懲りなんだ。生涯独身を貫いても良いと思ってる。そうなったらノエル、お前が適当な女性と結婚してこの家を継いでくれ」

「そんなこと言わないでよ兄さん……まさか本気で言ってるわけじゃないよね?」
 ノエルはもはや泣きそうだ。

「……止めよう、この話は。せっかくネクターが作ってくれた夕食が不味くなるだけだ。それよりノエル、俺たちがいない間に何か変わったことはなかったか?」

「え。うん。至って平和だったけど――」
「そうか。それが一番だな」
 やはり達観したように言ってユリウスは目を伏せ、食事を再開した。

 カーテンが敷かれた窓の外から雨の音がする。

「………………」
 ルーシェたちは互いに視線を交差させ合い、食堂はなんとも言えない沈黙に包まれたのだった。
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