33 / 52
33:曇り、のち、晴れ(1)
しおりを挟む
リュオンの額をぽんぽんと叩く。
リュオンの腕をつねる。つねった個所を人差し指でぐりぐりしてみる。
「……起きないわね……」
何をしようと反応しないリュオンを見つめて、ルーシェは渋面になった。
(ただ眠っているだけのように見えるけど、痛みに顔を歪めもしないなんて明らかに異常だわ。痛覚が働いてないのかな……もしかして五感も?)
背筋を汗が流れたが、セラの前で怖気づいてはいけない。
努めて明るく振る舞わなくては。
ルーシェはジオとノエルからセラのことを頼まれたのだから。
二人は一時間ほど前にそれぞれ荷物を背負って出発した。
超長距離転移魔法を使って《魔女の墓場》へと二人を送り届けたメグは、五分と経たないうちに伯爵邸へ戻ってきた。
現在は魔法でリュオンを延命しつつ、同時に超長距離遠視魔法『千里眼』を使っている。
二人が《魔女の墓場》の外――魔法の《目》の届く範囲に出てきたら迎えに行く予定だ。
寝台を挟んで向かいの椅子に座るメグはリュオンの左手を握り、さっきから一言も話さない。
リュオンの手を包む彼女の両手は黄金の光を放ち続けている。
リュオンを見つめるその表情は真剣で、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
「…………」
右隣を見れば、セラは暗い顔で押し黙っている。
部屋の空気は果てしなく重い。
(私の恋人に触らないでーって怒ったり、いつもみたいに『止めなさい』ってわたしを制する気力もないのか……)
リュオンに触ったのはセラの反応を引き出すためでもあったのだが、作戦はあえなく失敗した。
「そんな顔しなくても大丈夫よセラ。手合わせしたときの二人の強さを見たでしょ? たとえ《天災級》の魔獣がいようとあの二人なら無事に帰ってくる。《オールリーフ》だってあるに決まってるわ」
自分でも希望的観測だと思いつつ、ルーシェはセラの肩を叩いた。
「……そうね。きっとあるわよね」
セラの表情がわずかに和らぐ。
ルーシェにできたのはそれだけだった。
その後ルーシェがどんなに言葉を尽くしても、セラを笑わせることはできなかった。
三十分後。
長丁場になりそうだし、ネクターに何か軽く摘まめるものでも頼んでくる、と言ってルーシェはリュオンの部屋を後にした。
後ろ手に扉を閉めて長々と息を吐き、気を取り直して歩き出す。
(《魔女の墓場》に《オールリーフ》がなかったら相当にまずいわよね……《オールリーフ》っていう薬草自体、わたしはいまのいままで知らなかった)
遠く離れたレアノールから来たセラも、あらゆる情報が集まる王都で暮らしていたノエルも聞いたことのない薬草だと言っていた。
《オールリーフ》はそこらで自然に生えているような薬草ではない。
(メグの話によれば、《魔女の墓場》には無数の魔獣がいる。せっかくの《オールリーフ》は魔獣に全部食われてる可能性もあるよね……もしも《魔女の墓場》になかったら、きっとセラは《オールリーフ》を探す旅に出るだろうな。でも、考えたくないけど……すごく考えたくないけど……希少な薬草を見つけ出すよりもリュオンの命が尽きるほうが早いと思う……)
嫌な想像ばかりしてしまい、思考がぐるぐる回る。
思い悩んでいる間に厨房に着き、ルーシェはネクターに三人分の軽食を頼んだ。
「……あまり思いつめてはいけませんよ?」
自覚はなかったが、よほど酷い顔をしていたらしく気遣われてしまった。
「はい。心配してくださってありがとうございます」
笑顔を作る。
食事の準備が整うまでは時間があるため、ルーシェは客間へ向かった。
開きっぱなしだった扉から中へ入り、描きかけのジオの絵を眺める。
――絶対に帰ってきてね。
出立の直前、ルーシェはジオの手を握ってそう言った。
――いや、そんな真顔で言われるとマジで死にそうだから止めてくれねー?
ノエルと共に荷物袋を背負い、すっかり身支度を整えたジオは茶化したが、ルーシェの表情を見て何か感じるものがあったらしい。
彼は仕方ないなあとでもいうように苦笑して、ルーシェの頭を撫でた。いつもと違って、戸惑うくらいに優しい手つきで。
――馬鹿だな、死ぬわけねーだろ。ちゃんと帰ってくるって。ノエルと一緒に、《オールリーフ》を持ってな。
なされるがままに頭を撫でられながら、ルーシェは彼の胸に額を押し当てて「うん」と頷いた。
――うん、信じてるから。待ってるから――
リュオンの腕をつねる。つねった個所を人差し指でぐりぐりしてみる。
「……起きないわね……」
何をしようと反応しないリュオンを見つめて、ルーシェは渋面になった。
(ただ眠っているだけのように見えるけど、痛みに顔を歪めもしないなんて明らかに異常だわ。痛覚が働いてないのかな……もしかして五感も?)
背筋を汗が流れたが、セラの前で怖気づいてはいけない。
努めて明るく振る舞わなくては。
ルーシェはジオとノエルからセラのことを頼まれたのだから。
二人は一時間ほど前にそれぞれ荷物を背負って出発した。
超長距離転移魔法を使って《魔女の墓場》へと二人を送り届けたメグは、五分と経たないうちに伯爵邸へ戻ってきた。
現在は魔法でリュオンを延命しつつ、同時に超長距離遠視魔法『千里眼』を使っている。
二人が《魔女の墓場》の外――魔法の《目》の届く範囲に出てきたら迎えに行く予定だ。
寝台を挟んで向かいの椅子に座るメグはリュオンの左手を握り、さっきから一言も話さない。
リュオンの手を包む彼女の両手は黄金の光を放ち続けている。
リュオンを見つめるその表情は真剣で、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
「…………」
右隣を見れば、セラは暗い顔で押し黙っている。
部屋の空気は果てしなく重い。
(私の恋人に触らないでーって怒ったり、いつもみたいに『止めなさい』ってわたしを制する気力もないのか……)
リュオンに触ったのはセラの反応を引き出すためでもあったのだが、作戦はあえなく失敗した。
「そんな顔しなくても大丈夫よセラ。手合わせしたときの二人の強さを見たでしょ? たとえ《天災級》の魔獣がいようとあの二人なら無事に帰ってくる。《オールリーフ》だってあるに決まってるわ」
自分でも希望的観測だと思いつつ、ルーシェはセラの肩を叩いた。
「……そうね。きっとあるわよね」
セラの表情がわずかに和らぐ。
ルーシェにできたのはそれだけだった。
その後ルーシェがどんなに言葉を尽くしても、セラを笑わせることはできなかった。
三十分後。
長丁場になりそうだし、ネクターに何か軽く摘まめるものでも頼んでくる、と言ってルーシェはリュオンの部屋を後にした。
後ろ手に扉を閉めて長々と息を吐き、気を取り直して歩き出す。
(《魔女の墓場》に《オールリーフ》がなかったら相当にまずいわよね……《オールリーフ》っていう薬草自体、わたしはいまのいままで知らなかった)
遠く離れたレアノールから来たセラも、あらゆる情報が集まる王都で暮らしていたノエルも聞いたことのない薬草だと言っていた。
《オールリーフ》はそこらで自然に生えているような薬草ではない。
(メグの話によれば、《魔女の墓場》には無数の魔獣がいる。せっかくの《オールリーフ》は魔獣に全部食われてる可能性もあるよね……もしも《魔女の墓場》になかったら、きっとセラは《オールリーフ》を探す旅に出るだろうな。でも、考えたくないけど……すごく考えたくないけど……希少な薬草を見つけ出すよりもリュオンの命が尽きるほうが早いと思う……)
嫌な想像ばかりしてしまい、思考がぐるぐる回る。
思い悩んでいる間に厨房に着き、ルーシェはネクターに三人分の軽食を頼んだ。
「……あまり思いつめてはいけませんよ?」
自覚はなかったが、よほど酷い顔をしていたらしく気遣われてしまった。
「はい。心配してくださってありがとうございます」
笑顔を作る。
食事の準備が整うまでは時間があるため、ルーシェは客間へ向かった。
開きっぱなしだった扉から中へ入り、描きかけのジオの絵を眺める。
――絶対に帰ってきてね。
出立の直前、ルーシェはジオの手を握ってそう言った。
――いや、そんな真顔で言われるとマジで死にそうだから止めてくれねー?
ノエルと共に荷物袋を背負い、すっかり身支度を整えたジオは茶化したが、ルーシェの表情を見て何か感じるものがあったらしい。
彼は仕方ないなあとでもいうように苦笑して、ルーシェの頭を撫でた。いつもと違って、戸惑うくらいに優しい手つきで。
――馬鹿だな、死ぬわけねーだろ。ちゃんと帰ってくるって。ノエルと一緒に、《オールリーフ》を持ってな。
なされるがままに頭を撫でられながら、ルーシェは彼の胸に額を押し当てて「うん」と頷いた。
――うん、信じてるから。待ってるから――
285
お気に入りに追加
1,082
あなたにおすすめの小説
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
※完結まで毎日更新です。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
婚約して三日で白紙撤回されました。
Mayoi
恋愛
貴族家の子女は親が決めた相手と婚約するのが当然だった。
それが貴族社会の風習なのだから。
そして望まない婚約から三日目。
先方から婚約を白紙撤回すると連絡があったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる