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27:恥知らずな元・婚約者
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「大体の話は聞きました」
魔法でここまで連れてきてくれた魔女の名前は出さない。
こちらの事情を教えてやる義理もない。
偶然立ち聞きしていた、相手の認識としてはそれで十分。
「恋人に逃げられて困っている。それはわかりましたが、何故ユリウス様に縋るのですか? 自分からユリウス様を捨てたくせに、どの面下げてここにいるのですか? 貴女いま自分がどれほど恥知らずな真似をしているのかわかってますの?」
「……そ、それは……」
早口でまくし立てるエマの猛攻に、エリシアはたじたじだ。
「さっき貴女は言いましたね。『このままでは母子共々飢え死にしてしまうと知りながら、無情にも見捨てるおつもりなのですか』――ええ、見捨てますわよ? 赤の他人を見捨てて何が悪いのですか?」
心底わからない、という顔を作って小首を傾げる。
「貴女がどんな目に遭おうが飢え死にしようがユリウス様には全く何の関係もないことです。子どもがいるから何ですか? 妊娠したのは貴女が望んでそういう行為をしたから、貴女の勝手ですよね? 全く、くだらない――同情の余地もない」
子どもを盾にすればユリウスの同情を引けるとでも思ったのか。
本当にくだらない女だ。
情けない。同じ女として恥ずかしすぎて涙が出そうだ。
こんな女にユリウスは一生ものの傷を負わされた。
それがエマには許せない。どうしても。
「消えなさい、エリシア」
敵意を超えた殺意を叩きつける。
「ど……っ、どうしてラザフォード嬢が口を挟むのです!?」
蛇に睨まれた蛙のように怯えながらも、瞳に涙を浮かべてエリシアは抗議してきた。
「ユリウス様を愛しているからに決まっているでしょう」
きっぱり告げる。
「あ、愛し……?」
「ええ、愛していますわ」
何ら恥ずかしいことではないため、エマはもう一度断言した。
「ああ、そうだわ。もしも貴女に会うことがあれば、これだけは言っておきたいと思っていましたの。ユリウス様を捨ててくださってありがとう。貴女の目が節穴で本っ当に良かった!」
最高の笑顔でエマはユリウスの腕に両腕を絡め、彼の肩に頭を乗せた。
(振り払われませんように……)
背筋に汗が伝うが、ユリウスは抵抗せずにいてくれた。
「ユリウス様は私が全力で幸せにしますわ。どうかユリウス様のことはお気になさらず、貴女も運命の恋人とやらを全力で幸せにして差し上げてくださいませ。一度逃亡されたくらいで諦めてはいけません。お腹に子どももいるんですから、是非とも頑張って追いかけてくださいな。再び逃げられようと、嫌がられようと大丈夫です。お二人ならばどんな試練も乗り越えられますわ。だって貴女方は運命の恋人なんですものね――」
「う、うう――」
エリシアは唸りながら泣いている。
正直に言って胸がスッとしたのだが、ユリウスはそうは思わなかったらしい。
「ラザフォード嬢。もういい。どうかそれくらいで許してやってくれ。仮にも彼女は私の婚約者だった人なのだから」
ユリウスはやんわりとエマの腕を振りほどいた。
「……ユリウス様がそう仰るのなら」
傷つけられたユリウス本人に止められては何も言えない。
おとなしく引き下がると、ユリウスは懐から小さな袋を取り出してエリシアに差し出した。
「当面の生活費にはなるだろう」
(えっ!? ユリウス様ったら、お金なんてあげなくていいのに!!)
信じられない思いでエマはユリウスを見つめた。
彼と同じことができるだろうか――考えて、首を振る。
自分を裏切り、手酷く傷つけた相手に情けをかけるなど、とても無理だ。
「受け取って良いのですか……?」
上目遣いに、潤んだ目でエリシアがユリウスを見る。
「ああ。これは最後の慈悲だ。もう二度と私の前に現れないでほしい」
「……お約束します。ありがとうございます」
袋を受け取って、エリシアは深々と頭を下げた。
エマの痛烈な皮肉と説教を受けて少しは改心したらしい。
「ご迷惑をおかけしました、ユリウス様。私は……」
エリシアは何か言いかけて唇を結んだ。
婚約していた頃の懐かしい昔話でもしようとして止めたのだろうか。
(もう何も喋らなくていいから、一秒でも早くユリウス様の視界から消えて)
これ以上彼の心を乱すな。お前の存在自体が不快だ。
その意思を込めて睨んでいると、エリシアは微苦笑した。
「……何でもありません。この御恩は忘れませんわ。今日中にはラスファルを出ます。この地を訪れることはもうないでしょう。失礼致します」
最後にもう一度頭を下げてエリシアは歩き去った。
魔法でここまで連れてきてくれた魔女の名前は出さない。
こちらの事情を教えてやる義理もない。
偶然立ち聞きしていた、相手の認識としてはそれで十分。
「恋人に逃げられて困っている。それはわかりましたが、何故ユリウス様に縋るのですか? 自分からユリウス様を捨てたくせに、どの面下げてここにいるのですか? 貴女いま自分がどれほど恥知らずな真似をしているのかわかってますの?」
「……そ、それは……」
早口でまくし立てるエマの猛攻に、エリシアはたじたじだ。
「さっき貴女は言いましたね。『このままでは母子共々飢え死にしてしまうと知りながら、無情にも見捨てるおつもりなのですか』――ええ、見捨てますわよ? 赤の他人を見捨てて何が悪いのですか?」
心底わからない、という顔を作って小首を傾げる。
「貴女がどんな目に遭おうが飢え死にしようがユリウス様には全く何の関係もないことです。子どもがいるから何ですか? 妊娠したのは貴女が望んでそういう行為をしたから、貴女の勝手ですよね? 全く、くだらない――同情の余地もない」
子どもを盾にすればユリウスの同情を引けるとでも思ったのか。
本当にくだらない女だ。
情けない。同じ女として恥ずかしすぎて涙が出そうだ。
こんな女にユリウスは一生ものの傷を負わされた。
それがエマには許せない。どうしても。
「消えなさい、エリシア」
敵意を超えた殺意を叩きつける。
「ど……っ、どうしてラザフォード嬢が口を挟むのです!?」
蛇に睨まれた蛙のように怯えながらも、瞳に涙を浮かべてエリシアは抗議してきた。
「ユリウス様を愛しているからに決まっているでしょう」
きっぱり告げる。
「あ、愛し……?」
「ええ、愛していますわ」
何ら恥ずかしいことではないため、エマはもう一度断言した。
「ああ、そうだわ。もしも貴女に会うことがあれば、これだけは言っておきたいと思っていましたの。ユリウス様を捨ててくださってありがとう。貴女の目が節穴で本っ当に良かった!」
最高の笑顔でエマはユリウスの腕に両腕を絡め、彼の肩に頭を乗せた。
(振り払われませんように……)
背筋に汗が伝うが、ユリウスは抵抗せずにいてくれた。
「ユリウス様は私が全力で幸せにしますわ。どうかユリウス様のことはお気になさらず、貴女も運命の恋人とやらを全力で幸せにして差し上げてくださいませ。一度逃亡されたくらいで諦めてはいけません。お腹に子どももいるんですから、是非とも頑張って追いかけてくださいな。再び逃げられようと、嫌がられようと大丈夫です。お二人ならばどんな試練も乗り越えられますわ。だって貴女方は運命の恋人なんですものね――」
「う、うう――」
エリシアは唸りながら泣いている。
正直に言って胸がスッとしたのだが、ユリウスはそうは思わなかったらしい。
「ラザフォード嬢。もういい。どうかそれくらいで許してやってくれ。仮にも彼女は私の婚約者だった人なのだから」
ユリウスはやんわりとエマの腕を振りほどいた。
「……ユリウス様がそう仰るのなら」
傷つけられたユリウス本人に止められては何も言えない。
おとなしく引き下がると、ユリウスは懐から小さな袋を取り出してエリシアに差し出した。
「当面の生活費にはなるだろう」
(えっ!? ユリウス様ったら、お金なんてあげなくていいのに!!)
信じられない思いでエマはユリウスを見つめた。
彼と同じことができるだろうか――考えて、首を振る。
自分を裏切り、手酷く傷つけた相手に情けをかけるなど、とても無理だ。
「受け取って良いのですか……?」
上目遣いに、潤んだ目でエリシアがユリウスを見る。
「ああ。これは最後の慈悲だ。もう二度と私の前に現れないでほしい」
「……お約束します。ありがとうございます」
袋を受け取って、エリシアは深々と頭を下げた。
エマの痛烈な皮肉と説教を受けて少しは改心したらしい。
「ご迷惑をおかけしました、ユリウス様。私は……」
エリシアは何か言いかけて唇を結んだ。
婚約していた頃の懐かしい昔話でもしようとして止めたのだろうか。
(もう何も喋らなくていいから、一秒でも早くユリウス様の視界から消えて)
これ以上彼の心を乱すな。お前の存在自体が不快だ。
その意思を込めて睨んでいると、エリシアは微苦笑した。
「……何でもありません。この御恩は忘れませんわ。今日中にはラスファルを出ます。この地を訪れることはもうないでしょう。失礼致します」
最後にもう一度頭を下げてエリシアは歩き去った。
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