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16:自重を知らない少年

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「もー驚かせないでよ、人がせっかく気持ちよく熟睡してたのにさあ。敵襲かと思って飛び起きちゃったじゃないのよ」

 三十分後。
 別館の食堂で食卓を囲み、焼きたてのパンをちぎりながら、メグはしかめっ面をした。

「大変お騒がせしました……」
 一足先に食事を終え、現在は給仕役として壁際に立っているセラは頬を朱に染めて小さくなった。

「メグ、セラを責めないでくれ。トラウマを作ってしまったおれが悪いんだから――」

「いや、違ぇだろ。なんでリュオンがメグに謝ってんだ」

 リュオンの言葉を遮ったのはジオだ。
 ジオは焼かれたベーコンを嚥下して言葉を続けた。

「ドロシーがセラに余計なちょっかいを出さなきゃリュオンも禁止魔法を使わずに済んだんだろ? つまり、セラにトラウマを植え付けたのも、いまリュオンが魔法を使えねーのも、元を辿れば全部ドロシーのせいじゃねーか」

 ジオに集まっていた視線が、今度はメグに集中する。

「~~~っ。悪かったわよお……何を言っても言い訳になるけどさあ、あたしはリュオンが禁止魔法を知ってるとは思わなかったし、まさか自殺覚悟で使ってくるとは思わなかったのよ」

 ばつが悪そうに、メグは唇を尖らせた。

「リュオンの愛の重さを見誤ったのね」
 ジオの隣で半熟の卵を食べつつ苦笑する。

「そーよ。とんでもねーわよこの子」
 メグは軽く手を振って、ジオにオレンジの瞳を向けた。

「ところでさ。ルーシェはあたしと交代して、街に結界を張って現在進行形で働いてるわけだけど。あんたはいつまでタダ飯食らいの無職でいるつもりなの? あんたが来てからもう五日が経つわよね?」

「うっわ。オレはただ事実を指摘しただけなのに、お返しとばかりに八つ当たりしてきたぜこの魔女。性格悪ー」

「うん。あたしが世界最強の魔女と知りながら堂々と喧嘩を売るその度胸は褒めてあげるわ。その気になればあたしはあんたを虫に変えられる。一方的に命を奪うことだってできるのよ?」
 メグは右手に持っていたナイフの先端をジオに向けた。

「ちょっと。止めて、メグ」

 たとえフリでも見ていて気分の良いものではない。
 食堂を満たす不穏な空気に、セラが不安そうな顔をしている。

「だろーな。でもメグはやらねーだろ」
 怯えた様子もなく、ジオは野菜の浮かぶスープをスプーンですくった。

「あら、どうしてそんなことが言えるの?」

 メグの目が細くなる。苛立った獣のように彼女の気配が尖る。
 見ていて背筋が寒くなったが、誰よりも恐ろしい魔女の敵意を浴びてなお、ジオは平然とした態度で言った。

「簡単な話だ。お前が気分次第で周囲の人間や世界を改変するような自分勝手な魔女だったら、お前はいまごろ世界の頂点に君臨してるだろーよ。何せお前に敵う奴は誰もいねーんだ。誰にも邪魔されることなく思い通りの楽園を築くことができる。世界中の王を奴隷として傅かせることも、金銀財宝を独占することも、あとはー、そうだな、好みの美形を侍らせて逆ハーレムを作るとか?」
 スープを飲みながら、ジオは軽く首を傾げた。

「とにかく、お前は『何でもあり』なんだよ。オレみたいなただの人間にとっては、呪文一つで物理法則を無視した超常現象を起こせる魔女は誰もが摩訶不思議な存在だが、お前はもう――なんつーか、悪夢ってか、とびきり質の悪い冗談みたいだ。存在自体がふざけてる」

 メグがジオを見返す表情には何もない。笑いも、怒りも、何も。

 彼女がいま何を考えているのか判断できる材料がなく、ルーシェは他の人たち同様、固唾を飲んでやり取りを見守っていた。

「でもさ。全てを意のままに操る力がありながら、お前は世界を掌握することなく、ここでオレと一緒に食卓を囲んでる。これが何よりの答えだろ。お前には自制心がある。誰より大きな力を持っているからこそ、感情のままにその力を振るえば後悔すると知ってる。お前は最後の最後でこの世界に執着してる。要するに、愛してるってことだよ」

「――――」
 メグの瞳がわずかに大きくなった。

「当たりだろ」
 愉快そうにジオが笑む。
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