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09:ラスファルの平和な一日

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     ◆     ◆     ◆

 ――呆れるくらいに平和だ。

 良く晴れた日の午後三時過ぎ。

 ラスファルの街の領主、エンドリーネ伯爵邸の屋根に座り、少女メグはぶらぶらと足を揺らしていた。

 ラスファルはロドリー王国の王都から馬車で三日ほどの距離にある大きな街だ。

 かつては名の知れた武人だった領主は民の声を良く聴く人格者であり、移住希望者は絶えることなく、街は活気に溢れていた。

(なんだかなあ。良いことなんだろうけどさあ。ここに居る人たちはあたしが何者か本当にわかってんのかしら。その気になれば、あたしはラスファルの街ごとこの屋敷を地上から消し去ることもできるんだけど。まあ、しないけどさ。攻撃しませんって宣言しちゃったし。そのつもりもないし)

 厨房から掻っ払ってきた瑞々しいリンゴを頬張りながら、空を見上げる。

 空は青く、雲は流れ、風は緩やか。
 季節は秋へと移行したが、メグにとって暦はあまり意味を持たない。

 暦など人間が勝手に決めたものだ。
 寒いと感じれば冬、暑いと感じれば夏。それで良いと思う。

 メグは巷《ちまた》にいるありきたりな魔女とは違う。

 世界そのものを作り、人間と魔女を作った創造神オルガによって作られた七人の《始まりの魔女オリジナル・ウィッチ》のうちの一人なのだ。

《始まりの魔女》はそれぞれが唯一無二の固有魔法を持ち、命を終えると再び固有魔法を持って生まれ変わる。

 しかし、メグが命を終えることはない。
 何故ならばメグの持つ固有魔法は『不老不死』という、極めて異常な――七人の魔女に与えられた魔法の中でも飛び抜けて化け物じみた魔法だから。

『魔力増幅』の固有魔法を持っていた魔女フリーディアは死ぬまでメグのことを案じていた。

 自分の意思とは関係なく、永久を生きる運命を強制されたメグに同情し、メグのために泣いてくれた。

 けれどもう、心優しい彼女はどこにもいない。

 彼女だけではなく、嫌いだった魔女も、好きだった魔女も、全員が死んでしまった。数千年前、とうの昔に。

 これまでメグは世界を回って色んなものを見てきた。

 耕作し、栽培し、収穫を祝う人間を見た。
 創造し、破壊し、建築する人間を見た。

 泣き、笑い、怒る人間を見た。
 愛し合い、憎み合い、殺し合う人間を見た。

 直視に堪えないほど醜いものを見た。
 けれどその一方で、信じられないほど綺麗なものを見ることもあったのだ。

(火あぶりにされたり、検体として切り刻まれたこともあったなあ。でも、痩せ細った人からなけなしの食料を分け与えてもらったことも、優しい老夫婦に娘として可愛がってもらったこともあるんだよなあ。みんながみんな、生きるに値しない極悪人だったらあたしも遠慮なく最大火力で世界を無に帰して、一人勝手気ままに暮らすのに。困ったことに、たまーに、とんでもない善人と巡り会っちゃったりするのよねえ)

 しゃくしゃくと音を立ててリンゴを頬張り、青い空を見上げる。
 五日前の夜、メグはこの屋敷で暮らす人々と共に流星群を見た。

 長い時を生きているメグは流星群など既に見飽きていて興味もなかったのだが、自分の歓迎会も兼ねていると言われては断れなかった。

(歓迎会って何よ。悪意ではなく、純粋な善意によるものとはいえ、あたしは変身魔法でこの屋敷の長男ユリウスを猫に変えたんだけど。歓迎されるどころか正直、一発ビンタされて叩き出されるくらいは覚悟してたんだけど。あたしがユリウスを猫に変えた犯人だと知っても、伯爵も伯爵夫人も、だーれもあたしを責めなかったわね。この屋敷にいる人たちのことを『おひとよし』って言うんでしょうね)

 苦笑したとき、遥か遠い青空を飛ぶ魔獣に気づいた。
 グリフォンかと思ったが、どうやら影の形からして石竜《ガーゴイル》のようだ。

 古代遺跡の守護者たるガーゴイルが出るなんて珍しいな、なんて思いながら、とりあえず火炎魔法で焼き払う。

 残骸が街に落ちると大変なので、メグは一欠けらの石片も残さず、数千度を越える魔法の炎で以て消滅させた。

 並の魔女が見ていたなら目を剥く離れ業。
 石竜《ガーゴイル》を単純に『砕く』のではなく『塵一つ残さず焼き払う』など、魔女の最高位である『大魔導師』ですら難しい。

 顔色一つ変えず――まるで何事もなかったかのように、メグはまたリンゴを齧る。
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