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06:流星群を見ませんか

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(確かにこれは凄い寝癖だわ)
 川面を見つめて絡まった髪を櫛で梳きながら、ルーシェは微苦笑した。

 仮にここが公爵邸だったなら「見苦しい!」と叱責され、ピシャリと鞭で打たれていたことだろう。

 水面に映るのはまっすぐな銀髪を腰まで伸ばした自分自身の姿。

 こちらを見返す銀色の《魔力環》が浮かぶ瞳は紫。なかなか珍しい色だ。
 エルダークでは紫は高貴な色とされている。

 いつからか囁かれた《人形姫》という呼び名はルーシェの美しい立ち居振る舞いに加えて、目が紫であることも関係したのかもしれない。

(よし。完璧)
 全ての寝癖を退治したルーシェは川に両手を入れ、朝の水の冷たさに身震いした。
 暦の上では季節は夏だが、もう夏も終わりだ。
 あと一週間と経たずに秋になる。

(ジオはこんなに冷たい水の中にいて辛くなかったのかなぁ。魚を捕まえたいならわたしが起きるまで待ってくれたら良かったのに。わたしなら労せず魔法で捕まえられたのに)

《国守りの魔女》だったルーシェが使える魔法は防御魔法――結界魔法は防御魔法に含まれる――と魔獣を追い払うための電撃魔法の二種類しかないが、電撃魔法を川に叩き込めば一発でたくさんの魚を捕まえられただろう。

(でも、そんなこと言ったら失礼よね。ジオの苦労を台無しにしてしまうわ)
 布で顔を拭いてから立ち上がる。

 冷水で洗顔したことで気持ちも引き締まった。
 ルーシェは布や櫛を天幕に入れてからジオの元へ戻った。

「お帰り」
「ただいま」
 気楽な挨拶を交わし、即席の石竈の前で魚を焼いているジオの隣に腰を下ろす。
 辺りには魚の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。空っぽの胃を大いに刺激する香り。

「はい。多分焼けてるはず」
 ジオは地面に突き刺した川魚つきの枝を抜き、枝を摘まんで持ち手をルーシェに向けた。

「え、いいの? ジオが獲ったんだからジオが先に……」
「いいから食べろって」
「……ありがとう。いただきます」
 枝を受け取って煤を軽く指で払い、ふーふーと息を吐きかけてから、豪快に魚の背中からかぶりつく。

「……美味しい!」
 パリパリに焼いた皮目に、柔らかな魚肉から溢れる汁。
 余計な味付けは一切せず、シンプルに塩だけをまぶした獲れたての魚は驚くほど美味しかった。

「それは良かった」
 前かがみになり、焦げないように魚がついた枝を回転させながらジオはそう言った。

 こちらを一瞥もしない、いかにも適当な返事だったので、ルーシェはこの感激を伝えるべく早口でまくしたてた。

「いやこれ本当に美味しいのよ! 公爵邸で食べたどんな贅沢な料理よりも美味しいわ! 脂たっぷりで、噛むたびにぶわーっと口の中で旨味が広がって最高よ! 早朝の川はびっくりするほど冷たいのに、頑張って獲ってくれてありがとう!」

「ただの川魚だっつーのに、そんなに喜んでくれてありがとう。獲った甲斐があったわ」

 ルーシェが食べているものよりも小さな魚を食べながらジオが笑う。
 ルーシェは彼が笑ったことで満足し、以降は二人で他愛ないお喋りをしながら魚を頬張った。

 爽やかな朝の風が吹き抜けて、ルーシェの銀髪やジオの緋色の髪を揺らす。

(なんだか不思議な気分だわ。一週間前までわたしには婚約者がいて、公爵令嬢として振る舞ってたのに、いまはジオと川辺で魚を食べている)

 公爵令嬢でも《国守りの魔女》でもなく、ただのルーシェとして彼の傍にいる。

 こうしていると孤児院で暮らしていた頃に戻ったようだ。
 孤児院では行事の一環として、みんなで川遊びをしたこともあった。

 二匹目の魚を食べながら、ルーシェはそれとなくジオを観察した。

 癖のある緋色の髪。夜明けを告げる朝陽のような金色の瞳。
 その顔立ちは抜群に整っていて、多くの女性を虜にしそうだ――実際、ルーシェは彼と再会を果たしたときはうっかり見惚れた。

 彼の服は国軍の制服から普段着に変わった。
 頑丈そうなブーツ、動きやすさを重視した伸縮性のある紺のズボンに灰色の上着。

 剣帯ごと外された剣は彼のすぐ傍に置いてある。
 有事の際にはいつでも抜ける状態だ。

「何?」
 視線に気づいてジオがこちらを見た。
 魚を咥えたままこちらを見るその姿は、魚を咥えた猫みたいで可愛い。

「ううん、なんでも……あれ? ジオ、目の下にクマができてない? 昨日よく眠れなかったの?」
 ルーシェはほとんど骨だけになった魚を捨てて、上体を彼に寄せた。

「……理性の耐久限界に挑戦させられて寝れるかよ……」
 ぼそっと、小さな声でジオが何か言った。

「え? いまなんて?」
「なんでもねー。夜通し見張りをしてただけだ」
 ジオは顔を背け、食べ終えた魚をぽいっと放った。

「えっ、わたしが結界を張るから見張りはしなくていいって言ったじゃない。これでも《国守りの魔女》だったのよ? 小さな天幕を守るくらい余裕だったのに。信じてくれなかったの?」

「いや、五年に渡って国を守り抜いたお前の実力は信じてるけどさ、問題はそこじゃなくて……」

「そこじゃなくて? 何よ? 他に一体どんな問題があったの?」

 さらにずいっと上体を近づける。
 接近されたジオは逃げるように身を引いた。

 ジオはちらっとルーシェを見た後、なんとも微妙な顔をして、緋色の髪をかき回すように頭を掻いた。

「~~あー、この話はもう終わり! 食べ終わったよな、オレは天幕を畳んでくるからルーシェは火の後始末をしろ! ロドリーでは入国審査があるんだ、早く行かないとまた野宿する羽目になるぞ!」

「あっ誤魔化した! 待ってジオ、どうせなら近くの山に登ってもう一泊しない?」
「え? なんで山登り?」
 ジオはきょとんとしている。

「おとつい宿屋で出会ったおじいちゃんが言ってたのよ、今日の夜から明日の明け方にかけて流星群が見られるって。せっかくだし、一緒に見ましょうよ。明かりのない山の上からならきっとすごく綺麗に見えるわ」
 にこにこしながら両手を合わせる。

「……。流星群ねえ……正直言って全然興味ねーな。流れる星を見て楽しいか?」
 ジオは気乗りしない様子。

「うん、ジオが風流より実利を重んじることは知ってる! 孤児院のみんなでお花畑に行ったときも一人早々に飽きて木登りとかし始めたもんね! でもお願い! ジオと一緒に見たいの! どーしてもっ!」
 ルーシェは手を合わせたまま頭を下げた。

「……まあ、保存食には余裕があるし、ルーシェが見たいなら付き合ってもいいけど……」
「やった! 決まりね! このまま雨が降らないといいなー! 神様にお祈りしないと!」
 はしゃぐルーシェを見て、ジオは苦笑していた。
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