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40:元気で
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「すみません……」
「いや、セラが謝ることじゃないから」
少しして、エミリオさんは丸太でも担ぐようにイノーラを肩に担いで戻ってきた。
イノーラが暴れたので気絶させたのだろう。無理もない処置である。
「『大変お騒がせしました』」
イノーラを担いだまま、エミリオさんはぺこっと頭を下げた。
「『いえ、お疲れ様です。本当に……お疲れ様です……』」
ノエル様の声には深い同情が籠っていた。
「『労いのお言葉ありがとうございます。皆様のご協力のおかげでようやく馬鹿二人を捕まえることができました。リュオン様からはロドリー国王陛下直筆の信書もいただけましたし、これでエンドリーネ嬢に余計な手出しをすることなく大手を振ってレアノールに帰れます。本当にありがとうございました。それでは失礼しますね』」
爽やかに微笑んで、エミリオさんはイノーラを担いで歩き去った。
――元気で。
意識のないイノーラを見つめ、私は心のうちで呟いた。
「『酷いよイノーラ。帰ったら父上と母上に言いつけてやるっ。ねえセレスティア、やっぱり僕は君と結婚するべきだったんだよ! 君こそが僕の運命の人だったのに、イノーラに騙されてしまったんだ、くそう!』」
別れの余韻に浸る暇もなく、いつの間にか復活していたクロード王子が話しかけてきた。
地面に突き飛ばされたせいで傷だらけだが、元気な証拠に彼は短い足で地団太を踏んだ。
「『あの悪女め! いやっ、いまからでも遅くない! セレスティア、僕の愛人になっ――』」
クロード王子の眼前に巨大な魔法陣が出現した。
こちらは激しい業火を生み出す魔法陣だ。この炎に焼かれれば骨も残るまい。
「『申し訳ありません王子、よく聞こえなかったもので。もう一度言っていただけますか?』」
見ると、リュオンは薄く笑っていた。
「『いえ、その……なんでもありませんです、はい……』」
すごすごと引き下がったクロード王子の腕をブラッドさんが掴む。
「『協力に感謝する』」
ブラッドさんは私たちに会釈した後、泣いているクロード王子を連れてエミリオさんの後を追った。
レアノールからやってきた三人のうち、残ったのはココだけだ。
「『本当に、救いようのない馬鹿どもだわ……案外お似合いの夫婦かもね』」
ココはため息を吐き、私の前に立って口を開いた。
「挨拶が遅くなってしまったけれど、セレスティア――じゃなかった、いまの貴女はセラだったわね。久しぶり」
ココは綺麗な発音で話し始めた。
さすがは才女。ロドリー語も扱えるらしい。
「私と貴女は仲が良い友達というわけでもないし、私がロドリーに来た当時の目的を考えれば、とても感動の再会というわけにはいかないけれど……」
詫びるようにココは目を伏せてから、また顔を上げた。
「でも、会えて良かったと思うわ」
「私もココに会えて嬉しいわ」
私が微笑むと、ココも眼鏡の奥の目を細めて笑った。
ふと、懐かしい記憶を思い出す。
魔法学校で池に鞄ごと教科書を投げ込まれ、泣きそうになりながら拾っていると、ただ一人、ココだけが池に入って拾うのを手伝ってくれた。
飛翔魔法の演習中、箒にまたがって悠々と宙に浮かぶ魔女たちを地上からただ見上げるしかできなかった惨めな私を気遣い、箒が折れたことにして降りてきてくれた。
授業が終わるまで、二人並んで演習場のベンチに座って風に吹かれた。
長い長い沈黙の後で、彼女はぽつりと呟いた。
――あなたも大変ね。
敵だらけの魔法学校の中で、ココはただ一人、消極的な味方でいてくれた。
表立って私を庇うことはなかったけれど――何せイノーラの大親友がココが暮らす村の領主の娘だったのだ。私に肩入れして反抗すれば家族が酷い目に遭う――私が挫けそうなときは陰でそっと励ましてくれた。
それがどれほど救いになったか、多分ココは知らないだろう。
「それにしても、さっきは思わず笑っちゃった。セラっておとなしそうな顔して、人前で堂々とイチャつくような人だったのね。全く予想外だったわ」
「ち、違うの、あれはイチャついてたわけじゃないの!!」
私は赤面して両手を振った。
「じゃああれは何なの?」
「…………」
改めて問われると困る。
「ふふ。学校ではいつも暗い顔をしていたセラがいま幸せそうで良かったわ。多分もう二度と会うことはないと思うけれど、元気で」
ココは手を差し出した。
私が魔女と手を繋ぐ危険性を知っていながら、リュオンもノエル様も何も言わない。私の意思に任せてくれている。
ほんの少しためらいはあったものの、手を握り返すと、ココはすぐに自分の魔力量の大幅な上昇を認識したらしい。翡翠色の目が丸くなった。
「……ああ、なるほど……これは確かに危険な力だわ。セラを巡って戦争が起きるというのも、決してありえない話じゃないわね」
握手を終えたココは自分の手を見つめて呟き、私のすぐ傍にいるリュオンを見た。
「でも大丈夫ね。セラには素敵な騎士様がついてるみたいだし?」
リュオンが命懸けで私の身の安全を保障してくれたことを知っているらしく、ココは反応を試すような悪戯っぽい眼差しを投げてきた。
「……ええ。私にはもったいないくらいの騎士様だわ」
「まあ、惚気られてしまったわ。あなた本当に変わったわね。まるで別人みたい。良い変化だわ」
吹きつけてきた風に髪を押さえ、ココは優しく笑った。
「じゃあね。身体には気を付けて」
「ありがとう。ココも元気で」
「ええ。――お二人とも、この度はご協力本当にありがとうございました」
ココはノエル様たちに挨拶し、それから踵を返した。
一度だけ振り返った彼女に手を振り、その姿が見えなくなってしばらくすると、ノエル様は自分の腰に右手を当てた。明るい声で言う。
「一件落着かな?」
「はい、きっと。ココは優秀なので、イノーラたちを逃がすような失態を演じることはないでしょう。いざというときのために一応これも持ってきたのですが」
私はポケットから赤い護符を取り出した。
アマンダさんから貰った謎の護符。
「どんな効果があるのかもわかりませんから。一か八かを賭けてこれに縋らなければならないような事態が起きなくて良かったです……リュオン? どうしたの?」
リュオンが愕然と護符を見つめていることに気づいて、私は首を傾げた。
「……それ……どうやって手に入れた?」
護符を指さすリュオンの手は震えている。
「一か月くらい前かしら。酔った女性を介抱したときにお礼として貰ったの」
「…………できればもっと早く言って欲しかった……」
頭痛でも覚えたのか、リュオンは左手で頭を抱えている。
「どうして? この護符が何か知ってるの?」
「それは護符じゃない、魔法を発動させるための巻物《スクロール》だ。魔力がない人間でも扱えるよう、特殊な巻物に自分の魔力を編み込んで、自分の血で魔法陣を描き、その血を媒介にして自分を召喚させる――そんなふざけた真似ができる魔女が世界に二人もいて堪るか。間違いない。それを渡したのはドロシー・ユーグレースだ」
「えええええ!!? アマンダさんがドロシーだったの!?」
素っ頓狂な声で叫んでしまう。
ノエル様も目を見開いて硬直していた。
「……これがあれば、兄さんに変身魔法をかけたドロシーを召喚できる? つまり――」
「ああ、ユーリにかけられた魔法が解けるってことだ!! 急いで帰るぞ!!」
「いや、セラが謝ることじゃないから」
少しして、エミリオさんは丸太でも担ぐようにイノーラを肩に担いで戻ってきた。
イノーラが暴れたので気絶させたのだろう。無理もない処置である。
「『大変お騒がせしました』」
イノーラを担いだまま、エミリオさんはぺこっと頭を下げた。
「『いえ、お疲れ様です。本当に……お疲れ様です……』」
ノエル様の声には深い同情が籠っていた。
「『労いのお言葉ありがとうございます。皆様のご協力のおかげでようやく馬鹿二人を捕まえることができました。リュオン様からはロドリー国王陛下直筆の信書もいただけましたし、これでエンドリーネ嬢に余計な手出しをすることなく大手を振ってレアノールに帰れます。本当にありがとうございました。それでは失礼しますね』」
爽やかに微笑んで、エミリオさんはイノーラを担いで歩き去った。
――元気で。
意識のないイノーラを見つめ、私は心のうちで呟いた。
「『酷いよイノーラ。帰ったら父上と母上に言いつけてやるっ。ねえセレスティア、やっぱり僕は君と結婚するべきだったんだよ! 君こそが僕の運命の人だったのに、イノーラに騙されてしまったんだ、くそう!』」
別れの余韻に浸る暇もなく、いつの間にか復活していたクロード王子が話しかけてきた。
地面に突き飛ばされたせいで傷だらけだが、元気な証拠に彼は短い足で地団太を踏んだ。
「『あの悪女め! いやっ、いまからでも遅くない! セレスティア、僕の愛人になっ――』」
クロード王子の眼前に巨大な魔法陣が出現した。
こちらは激しい業火を生み出す魔法陣だ。この炎に焼かれれば骨も残るまい。
「『申し訳ありません王子、よく聞こえなかったもので。もう一度言っていただけますか?』」
見ると、リュオンは薄く笑っていた。
「『いえ、その……なんでもありませんです、はい……』」
すごすごと引き下がったクロード王子の腕をブラッドさんが掴む。
「『協力に感謝する』」
ブラッドさんは私たちに会釈した後、泣いているクロード王子を連れてエミリオさんの後を追った。
レアノールからやってきた三人のうち、残ったのはココだけだ。
「『本当に、救いようのない馬鹿どもだわ……案外お似合いの夫婦かもね』」
ココはため息を吐き、私の前に立って口を開いた。
「挨拶が遅くなってしまったけれど、セレスティア――じゃなかった、いまの貴女はセラだったわね。久しぶり」
ココは綺麗な発音で話し始めた。
さすがは才女。ロドリー語も扱えるらしい。
「私と貴女は仲が良い友達というわけでもないし、私がロドリーに来た当時の目的を考えれば、とても感動の再会というわけにはいかないけれど……」
詫びるようにココは目を伏せてから、また顔を上げた。
「でも、会えて良かったと思うわ」
「私もココに会えて嬉しいわ」
私が微笑むと、ココも眼鏡の奥の目を細めて笑った。
ふと、懐かしい記憶を思い出す。
魔法学校で池に鞄ごと教科書を投げ込まれ、泣きそうになりながら拾っていると、ただ一人、ココだけが池に入って拾うのを手伝ってくれた。
飛翔魔法の演習中、箒にまたがって悠々と宙に浮かぶ魔女たちを地上からただ見上げるしかできなかった惨めな私を気遣い、箒が折れたことにして降りてきてくれた。
授業が終わるまで、二人並んで演習場のベンチに座って風に吹かれた。
長い長い沈黙の後で、彼女はぽつりと呟いた。
――あなたも大変ね。
敵だらけの魔法学校の中で、ココはただ一人、消極的な味方でいてくれた。
表立って私を庇うことはなかったけれど――何せイノーラの大親友がココが暮らす村の領主の娘だったのだ。私に肩入れして反抗すれば家族が酷い目に遭う――私が挫けそうなときは陰でそっと励ましてくれた。
それがどれほど救いになったか、多分ココは知らないだろう。
「それにしても、さっきは思わず笑っちゃった。セラっておとなしそうな顔して、人前で堂々とイチャつくような人だったのね。全く予想外だったわ」
「ち、違うの、あれはイチャついてたわけじゃないの!!」
私は赤面して両手を振った。
「じゃああれは何なの?」
「…………」
改めて問われると困る。
「ふふ。学校ではいつも暗い顔をしていたセラがいま幸せそうで良かったわ。多分もう二度と会うことはないと思うけれど、元気で」
ココは手を差し出した。
私が魔女と手を繋ぐ危険性を知っていながら、リュオンもノエル様も何も言わない。私の意思に任せてくれている。
ほんの少しためらいはあったものの、手を握り返すと、ココはすぐに自分の魔力量の大幅な上昇を認識したらしい。翡翠色の目が丸くなった。
「……ああ、なるほど……これは確かに危険な力だわ。セラを巡って戦争が起きるというのも、決してありえない話じゃないわね」
握手を終えたココは自分の手を見つめて呟き、私のすぐ傍にいるリュオンを見た。
「でも大丈夫ね。セラには素敵な騎士様がついてるみたいだし?」
リュオンが命懸けで私の身の安全を保障してくれたことを知っているらしく、ココは反応を試すような悪戯っぽい眼差しを投げてきた。
「……ええ。私にはもったいないくらいの騎士様だわ」
「まあ、惚気られてしまったわ。あなた本当に変わったわね。まるで別人みたい。良い変化だわ」
吹きつけてきた風に髪を押さえ、ココは優しく笑った。
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「ありがとう。ココも元気で」
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ココはノエル様たちに挨拶し、それから踵を返した。
一度だけ振り返った彼女に手を振り、その姿が見えなくなってしばらくすると、ノエル様は自分の腰に右手を当てた。明るい声で言う。
「一件落着かな?」
「はい、きっと。ココは優秀なので、イノーラたちを逃がすような失態を演じることはないでしょう。いざというときのために一応これも持ってきたのですが」
私はポケットから赤い護符を取り出した。
アマンダさんから貰った謎の護符。
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リュオンが愕然と護符を見つめていることに気づいて、私は首を傾げた。
「……それ……どうやって手に入れた?」
護符を指さすリュオンの手は震えている。
「一か月くらい前かしら。酔った女性を介抱したときにお礼として貰ったの」
「…………できればもっと早く言って欲しかった……」
頭痛でも覚えたのか、リュオンは左手で頭を抱えている。
「どうして? この護符が何か知ってるの?」
「それは護符じゃない、魔法を発動させるための巻物《スクロール》だ。魔力がない人間でも扱えるよう、特殊な巻物に自分の魔力を編み込んで、自分の血で魔法陣を描き、その血を媒介にして自分を召喚させる――そんなふざけた真似ができる魔女が世界に二人もいて堪るか。間違いない。それを渡したのはドロシー・ユーグレースだ」
「えええええ!!? アマンダさんがドロシーだったの!?」
素っ頓狂な声で叫んでしまう。
ノエル様も目を見開いて硬直していた。
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