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34:星を見に行こう

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 注視しようとした刹那、彼は描きかけた魔法陣を消して目を開けた。

 ばちっと目が合う。

「いつの間に。声をかけてくれたら良かったのに」
 リュオンの驚き顔はすぐに笑顔へと変わった。

 彼は私を見ると優しく笑う。
 私はその顔が好きだ。言葉にせずとも歓迎されているのがわかり、嬉しくなる。

「もう夜も遅いのに、どうしたんだ? 眠れないのか?」
「ええ、今日は色々あったから、脳が興奮しているみたいで。もっとも、当事者は私ではなくユリウス様なのだけれど」
 私は彼の向かいの椅子を引いて腰掛けた。

 公園のベンチに並んで座り、三十分ほど話していたユリウス様はエマ様と別れた後、両親に相談を持ち掛けた。

 どうやらラザフォード嬢に好意を持たれているみたいだがどうしよう、と。

「お話を聞く限り、夜会でのユーリ様の行動はまさしく女性が理想とする騎士様そのものだったものね。たとえ婚約者がいたとしても、エマ様が恋に落ちてしまったのもわかるわ。私がエマ様の立場でもユーリ様に恋をしていたもの。絶体絶命の危機に颯爽と現れたユーリ様――格好良すぎるでしょう!」
 堪らず、私はテーブルに突っ伏して身悶えた。

 一方で、リュオンが何やら複雑な表情をしていることには気づかなかった。

「ええ、自分を守ってくれない婚約者よりも、断然ユーリ様のほうがいいわ。これからお二人はどうなるのかしら」

 ユリウス様に相談されたバートラム様は逆に問い返した。
 お前はどうしたい。

 ユリウス様は考え込んだ後で言った。

 いまはとても恋愛などできる心境ではない。
 また裏切られたらと思うと身が竦む。

 でも、ラザフォード嬢が会いに来てくれたのは純粋に嬉しかった。
 恋人にはなれなくても友人にはなりたい。

 バートラム様は「ならば難しいことは考えず、素直に友人になればいい。月に一度会って茶を飲む程度の浅い付き合いならばお前も猫にならずに済むだろう。至急ラザフォード侯爵に連絡を取る」と答えた。

「エマ様とは少ししかお話できなかったけれど、彼女が本当にユーリ様を愛しておられるのはすぐにわかった」

 想い人を前にしての緊張が、上気した頬が、熱心に見つめる眼差しが。
 いま私は全身全霊でユリウス様に恋をしていると訴えていた。

「個人的にはエマ様の恋を応援したいわ。いまは無理でも、将来的には恋人になって、ユーリ様を支えて差し上げて欲しい。そう願ってる」

「……そうだな。おれもユーリには幸せになってほしい」

 沈黙が落ちたので、私はテーブルの上の本に目を留めた。

 とても古そうな本だった。
 元は白かったのであろう表紙はすっかり黄ばみ、あちこちボロボロだ。

「その本は何? もしかしてバートラム様が秘密裏に入手したという発禁本?」
「そう。禁止魔法が書かれた古文書」
「凄い、こんな古い本初めて見たわ。いつの時代に作られた本なのかしら」
 伸ばした私の指先が本に触れるよりも早く、リュオンは古文書を取り上げた。

「読まないほうがいい。頭が痛くなるような禁止魔法ばかり書いてるから」
「……さっき練習していたのは、禁止魔法なの? 最後にリュオンが構成しようとしていたのは知らない魔法陣だったわ。火や水や光を生み出すわけでもない……恐らく身体に作用する魔法よね? どんな魔法なの?」

「あの一瞬でそれだけわかれば大したものだよ。でも、内緒。そんなことよりセラ、十日後に流星群が見られるんだって。一緒に見ない?」
「いいわね。皆で――」

「いや、二人で見たいんだけど」

 台詞を遮られ、私は笑顔のまま固まった。
 私を見つめるリュオンの青い瞳の中で金色の《魔力環》が淡く光っている。

「……夜に出かけるの? 二人きりで?」
 それはまるで、いやどう考えてもデートではないか?

「流星群を見るなら夜だろ。――嫌ならいいよ。困らせて悪かった」
 少し待っても私が了承しなかったことで失望したのか、リュオンは本を持って立った。

 地面に続く三段の階段を下りて東屋を出て行く。振り返りもしない背中。

 見放されたような気がして、急に怖くなった。

「――待って!」
 私は東屋を飛び出して彼の手を握った。

「行くわ。行きたい。連れて行って。お願い」

 世界中の誰よりも、彼に嫌われるのが一番怖い。
 泣きそうになっているのを自覚しながら懇願すると、リュオンは無表情から一転して笑った。

 私の手を握り返して、笑ったのだ。

「いいよ。一緒に星を見に行こう」

 屈託のないその笑顔を見て、ぎゅうっと心臓が痛くなる。

「……ええ。約束よ」
 微笑む。

「ああ。約束。さ、帰ろう。もう夜も遅い」
 
 柔らかく微笑み返して、彼は私の手を引いて歩き出す。

 夜風に彼の金髪が揺れている。
 綺麗な横顔だ。つい見惚れてしまう。

 いいや、いまに限った話ではない。
 気づけばいつだって、私の目は彼の姿を追っていた。

 その理由は。
 寝ても覚めても彼のことばかり考えている理由は――ああ、もう認めるしかない。

 ――私、リュオンのことが好きなんだわ。

 エマ様と同じで、親に決められた婚約者がいたから想いを心の奥底に沈めてしまっただけで。

 八年前、診療所を去ろうとしたあのとき。
 リュオンが私の手を握って、私の名前を呼んで笑ったあの瞬間。

 きっと、私は恋に落ちていた。
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