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58:建国祭(3)

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「女神がお許しになった以上、もう王子が身を隠さなければならない理由はどこにもないのです! アルカ様はこの国に恵みをもたらした、それでもなお、あなた方はアルカ様を不吉とし、排斥しようとなさるのですか!?」
 広場に集まった人々は顔を見合わせた。

 表情と、あちこちで交わされる会話からして、女神が許したのなら良いのではないか? そんな空気だ。

(よし! 国民は味方してくれそう!)
 ――となれば、残る問題はあと一つ。

「国王陛下!」
 リナリアはバルコニーに立つテオドシウスをひたと見つめた。

「謁見の間で私に仰った言葉を覚えておられますか!? 《光の樹》を蘇らせた暁には褒美をくださると! 思うがまま願いを叶えてくださると! 私の願いはただ一つです! 私にアルカ王子をください!!」

 ドレスが汚れるのも構わず、硬い石畳の上に躊躇いなく膝を折って傅く。
 深々と頭を垂れたリナリアを見て、周りにいる人々がどよめいた。

 ――きゃあ、凄い、王子をくれなんて大胆! 
 近くにいた女性たちが興奮して叫ぶ。

「だからなんで普通に結婚させてくれって言わないんだよ……」
 アルカはわずかに顔を赤くし、小声で愚痴りながらもリナリアの傍に跪いた。

「父上! どうか、聖女リナリアとの結婚の許可をいただきたい!」

 アルカと揃って頭を下げる。
 すると、同情してくれたらしい一部の国民たちが抗議を始めた。

 ――ここまで言ってるんだから許してやれよ!
 ――あんなに高いバルコニーから飛び降りるなんて生半可な覚悟じゃできないわ! 本当に二人は愛し合っているのよ!
 ――そうだ、許してやれ! 国王が褒美を与えると言ったんだろう!?

 恐らくバルコニーの上でも同様の騒ぎが起きているはずだ。

 リナリアがウィルフレッドの妃の座を蹴ってアルカの妃となることを許すかどうか。

 激しい議論が交わされ、ウィルフレッドやセレンは味方してくれているに違いない。

(ああ、どうか、お願い)
 顔を伏せたまま、奥歯を強く噛み締める。

 もし拒否された場合、リナリアは身分も何もかも捨ててアルカとこのまま駆け落ちするつもりだった。

 迷惑がかからないよう、ジョシュアには養子縁組を解消してくれと頼んである。

 でも、できることなら、駆け落ちなんてしたくない。大好きなバークレイン一家と絶縁するのは悲しいし、アルカにはセレンがいる王宮で暮らしてほしい。セレンはようやく健康になれたばかりなのだ。ろくに話もできないまま、双子を引き離してしまうのは忍びなかった。
 
「――フルーベル王国国王の名において、第二王子アルカと聖女リナリアの結婚を認める!」

 運命を決定するテオドシウスの声が降ってきたのは、果たしてどれほどの時が経った頃だろう。

「!!」
 リナリアとアルカは弾かれたように顔を上げた。

(国王陛下が公の場でアルカ様を王子と認めた!!)
 さらに、リナリアとアルカの結婚もだ。

 呆然として顔を見合わせ――徐々に互いの顔に喜びが広がっていく。

「やったー!!」
 素で思いっきり叫んで立ち上がろうとして、リナリアはよろけた。
 硬い石畳の上に跪いていたせいで足が痺れてしまったのだ。

 転びそうになったところを、とっさにアルカが腰を抱いて支えてくれた。

「ありが――」
 感謝の言葉は最後まで言えなかった。
 アルカの顔が近づいてきて、声を奪われたのだ。
 唇に確かな彼の熱を感じたその瞬間、リナリアは自然と目を閉じていた。

 周りの人々はもう、大騒ぎ。
 歓声。囃し立てる声。手を叩く音。口笛の音。

 大勢の人に見守られてキスしている――そう思うと恥ずかしくて、全身の血が沸騰しそうだ。

 アルカがキスをしたのは反対派の貴族の口を封じるためなのかもしれない。
 まさか公衆の面前で他の男とキスした女を王太子の妃にしようと言い出す人はいないだろう。

(でも、バルコニーから国王様やセレン様やウィルフレッド様が見てるのに! あああ! 後でどれほどからかわれることか!!)

 けれど、この幸せに比べたらそんなことはどうでも良いとも思えた。

「これでお前はおれのものだ。もう離さないからな」
 キスを終えたアルカはリナリアを抱きしめた。
 すぐさま彼の背中に腕を回し、その肩に頭を乗せて言う。

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

 笑い合っていると、視界を赤い花びらが横切った。

「おめでとうございます!」
「聖女様、王子様、おめでとー!!」

 たくさんの祝福の声と拍手と共に、次々と色とりどりの花びらが降ってくる。

「えっ?」
 リナリアたちはびっくりして抱擁を解いた。

 いつの間にか、腕に籠を下げた人々がリナリアたちを囲んで花びらを投げている。

 どうやらこの後に行われるパレードのために用意した花びらを使っているらしい。

「おめでとう!」
「ありがとう!!」
 花の雨の中で、愛する人の隣で、リナリアは心の底から笑った。

「――なあリナリア、歌えよ!!」

「コンラッドさん!?」
 聞き覚えのある声に驚いて右手を見れば、人ごみの中にコンラッドがいた。彼も来ていたらしい。

「お前が聖女様だったとは驚きだ! オレはお前の歌を聞きに来たんだよ! なあ、なんでもいいから一曲歌ってくれ!!」
「私も!」
「俺も聞きたい!」
「歌って、聖女様!」
「歌ってー!!」
 コンラッドを皮切りに、周りにいる人々から歌をせがまれた。

「リクエストに応えてやれよ。おれも聞きたい」
「……はい!」
 アルカの言葉に笑顔で頷き、リナリアは深呼吸して歌い始めた。

    ◆   ◆   ◆ 

 騒ぎにならないよう、フードで顔を隠したイレーネは少し離れた場所から歌うリナリアを見ていた。

 リナリアの歌は噂に違わず素晴らしかった。さすがは神懸かりの歌声だ。
 人にこの音域は出せない、その不可能を彼女は軽々と超えている。

 聖女でなくなればこれほどの歌声は出せなくなる。たとえイレーネがそう忠告しても、リナリアはただの女性として生きることを選ぶのだろう。

 彼女は美しい歌声よりも、不老よりも、遥かに大事なものを見つけたのだから。

(やはり君に聖女は向いていなかったな、リナリア)

 あれだけ騒がしかった民衆が水を打ったように静まり返っている。
 いまばかりは誰もがただ全身でリナリアの歌を聞くだけの存在に成り果てていた。

 イレーネの隣でカミラも陶然と聞き入っている。

 やがて歌い終わると、リナリアは大喝采を浴びた。
 アルカはどこか誇らしげに恋人を見つめている。
 そして二人はふとした瞬間に見つめ合い、笑い合った。

 その様子を見て、イレーネはくすりと笑んだ。

(私はアルカ王子の色んな未来を視たが、この未来でなければならなかった理由はこれだ。この未来の君が、どんな未来よりも一番楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに笑うんだよ)

 民衆にアンコールされたリナリアがまた別の曲を歌い始めた。

 聞く者の魂を震わせるその歌は、目を輝かせて聞き入る民衆や、バルコニーの上にいる王族たちのために。

 そしてきっと、誰よりも、彼女の隣にいる王子のために。

《END.》
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