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46:それはまるで夢のように美しかった
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「どうしてお父さままで私を叱るのですか? 私は何もしていませんよ? 私は誓って誰かを唆したり脅したりなどしていません。私の友人や知人が自分の意思で勝手に行動した結果を押しつけられるのは心外です。私に罪があると言うのなら、一体何の罪に問われるのでしょうか?」
デイジーは不満げな顔で言った。
「――ああ、そうだね。君に悪意はなく、君は真実何もしていない。罪に問うことができるのはシーラやメノンといった実行犯だけだ」
声が聞こえた。ウィルフレッドの声だ。
貴族たちがどよめいた。右手から、死んだはずのウィルフレッドが歩いてくる。
第一王子セレン――彼に扮しているイスカと共に。
「ウィルフレッド様!?」
「生きておられたのか!?」
「これはどういうことなのですか、セレン王子殿下!」
「すまない」
イスカは真摯に頭を下げた。
「先日の聖女襲撃事件を受けて、私はこのところ、騎士たちと王宮を調査していた。過去にさかのぼってデイジーのために罪を犯したものを捕らえ、牢に入れてもなお、彼らは皆デイジーを庇い、デイジーを讃えるようなことを言う。このまま放置していては誰も彼女の本質に気づかず、信奉者は増えるばかりだっただろう。そこで、無理を言って陛下にこの場を設けていただき、ひと芝居打たせてもらった。全てはデイジーの異常性をその目で確認してもらい、ここにいる皆に証人となってもらうためだ。謗りは後でいくらでも受けよう」
「…………」
さすがに頭を下げられては何も言えなくなったらしい。
茶番に付き合わされた貴族は辟易したような顔をしながらも口を閉じた。
「デイジー」
一方で、ウィルフレッドはデイジーに歩み寄った。
デイジーは菫色の目を潤ませ、頬を薔薇色に染め、歓喜に震えながらウィルフレッドに抱きついた。
「ああ、ウィルフレッド様! 生きておられて本当に、本当に良かった!! もう、どうして死んだふりなどなさったのですか? 私、あまりにも悲しくて胸が潰れるかと――」
「デイジー・フォニス。君との婚約は破棄させてもらう」
自分の身体を抱きしめる白い繊手を振りほどき、ウィルフレッドは苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「…………えっ? 何故ですか? 怖い冗談を言わないでください」
デイジーは強張った笑みを浮かべて頭を振った。
「はは……この状況で何故と問うのか。君がそんなにめでたい頭の持ち主だとは知らなかったよ。仮にも婚約者が死んだというのに、君は涙一つ零すことなく次の王太子の妃となることを求めた。僕は確かに君を愛していたが、君は僕のことなどなんとも思っていなかった。頭を思い切り殴られたようなショックだったが、おかげで目が覚めたよ。その後のやり取りを聞いて確信した。僕は君を愛せない」
「愛などなくとも人は結婚することができます、ウィルフレッド様。ご存じでしょう、親の命令で出会ったその日に結婚する男女もいるんですよ? そして子どもを作り、家庭を築くのです」
「ああ、確かに世の中にはそんな家庭もあるのだろうね。でも、僕は愛する人に愛され、幸せに暮らしたいんだ」
「まあ。次期国王となるお方がそんな夢物語のようなことを仰ってはいけませんわ――」
「はっきり言おう。僕は君が嫌いだ。君ほど醜い女性は見たことがない」
ウィルフレッドはぴしゃりと言った。
「……いまなんと仰いましたか? 私が醜いですって?」
誰もが認める美しい顔を引き攣らせたデイジーの肩を、アーカムが掴んだ。
「止めろ、デイジー。いまさら何を言ったところで無駄だ。もはや婚約破棄は覆らぬ」
「そんな、婚約破棄だなんて、嫌です! 私がこれまで何のために頑張ってきたと思っているんですか! こんなのおかしいわ、間違っている! ウィルフレッド様、私に何の過失があると言うのですか!? どうして婚約破棄されなければならないのですか!?」
「黙れ、デイジー!! いいから来い!! 陛下、娘が興奮しておりますので申し訳ございませんが、婚約破棄に関する手続きはまた後程――うるさいっ、黙れと言っているだろうが!!」
アーカムはテオドシウスに頭を下げた後、錯乱して喚く娘を引きずっていった。
「デイジー様」
――と。
声をかけたのはクロエだった。
喚いていたデイジーが口を閉じ、嫌そうに侍女を見る。
クロエは腰を折り、深々と頭を下げて言った。
「どうか……一つだけ……お礼を言わせてください。十年前の夜……あなたが私を助けてくださったのは……祭りのために大勢集まっていた人々に対する……ただのパフォーマンスであり、アピールでしかなかったのでしょうけれど……それでも……燃え盛る炎の中で……瀕死の私を抱き上げ……優しく微笑んでくださったあなたは……本当に……本当に……夢のように、美しかった……朦朧とした意識の中で……私はこの世で最も美しいものを見ました……助けてくださって、ありがとうございました」
「そう」
デイジーの答えはそっけなかった。
「恩を仇で返してくれてありがとう。二度とその醜い顔を私に見せないで」
氷の声音で告げて、デイジーはアーカムと去った。
クロエは頭を下げたまま何も言わなかったが、雫が一つ、地面に落ちて弾けた。
残された貴族たちはざわざわと騒ぎ、ウィルフレッドは心底疲れたようにため息をついた。
デイジーは不満げな顔で言った。
「――ああ、そうだね。君に悪意はなく、君は真実何もしていない。罪に問うことができるのはシーラやメノンといった実行犯だけだ」
声が聞こえた。ウィルフレッドの声だ。
貴族たちがどよめいた。右手から、死んだはずのウィルフレッドが歩いてくる。
第一王子セレン――彼に扮しているイスカと共に。
「ウィルフレッド様!?」
「生きておられたのか!?」
「これはどういうことなのですか、セレン王子殿下!」
「すまない」
イスカは真摯に頭を下げた。
「先日の聖女襲撃事件を受けて、私はこのところ、騎士たちと王宮を調査していた。過去にさかのぼってデイジーのために罪を犯したものを捕らえ、牢に入れてもなお、彼らは皆デイジーを庇い、デイジーを讃えるようなことを言う。このまま放置していては誰も彼女の本質に気づかず、信奉者は増えるばかりだっただろう。そこで、無理を言って陛下にこの場を設けていただき、ひと芝居打たせてもらった。全てはデイジーの異常性をその目で確認してもらい、ここにいる皆に証人となってもらうためだ。謗りは後でいくらでも受けよう」
「…………」
さすがに頭を下げられては何も言えなくなったらしい。
茶番に付き合わされた貴族は辟易したような顔をしながらも口を閉じた。
「デイジー」
一方で、ウィルフレッドはデイジーに歩み寄った。
デイジーは菫色の目を潤ませ、頬を薔薇色に染め、歓喜に震えながらウィルフレッドに抱きついた。
「ああ、ウィルフレッド様! 生きておられて本当に、本当に良かった!! もう、どうして死んだふりなどなさったのですか? 私、あまりにも悲しくて胸が潰れるかと――」
「デイジー・フォニス。君との婚約は破棄させてもらう」
自分の身体を抱きしめる白い繊手を振りほどき、ウィルフレッドは苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「…………えっ? 何故ですか? 怖い冗談を言わないでください」
デイジーは強張った笑みを浮かべて頭を振った。
「はは……この状況で何故と問うのか。君がそんなにめでたい頭の持ち主だとは知らなかったよ。仮にも婚約者が死んだというのに、君は涙一つ零すことなく次の王太子の妃となることを求めた。僕は確かに君を愛していたが、君は僕のことなどなんとも思っていなかった。頭を思い切り殴られたようなショックだったが、おかげで目が覚めたよ。その後のやり取りを聞いて確信した。僕は君を愛せない」
「愛などなくとも人は結婚することができます、ウィルフレッド様。ご存じでしょう、親の命令で出会ったその日に結婚する男女もいるんですよ? そして子どもを作り、家庭を築くのです」
「ああ、確かに世の中にはそんな家庭もあるのだろうね。でも、僕は愛する人に愛され、幸せに暮らしたいんだ」
「まあ。次期国王となるお方がそんな夢物語のようなことを仰ってはいけませんわ――」
「はっきり言おう。僕は君が嫌いだ。君ほど醜い女性は見たことがない」
ウィルフレッドはぴしゃりと言った。
「……いまなんと仰いましたか? 私が醜いですって?」
誰もが認める美しい顔を引き攣らせたデイジーの肩を、アーカムが掴んだ。
「止めろ、デイジー。いまさら何を言ったところで無駄だ。もはや婚約破棄は覆らぬ」
「そんな、婚約破棄だなんて、嫌です! 私がこれまで何のために頑張ってきたと思っているんですか! こんなのおかしいわ、間違っている! ウィルフレッド様、私に何の過失があると言うのですか!? どうして婚約破棄されなければならないのですか!?」
「黙れ、デイジー!! いいから来い!! 陛下、娘が興奮しておりますので申し訳ございませんが、婚約破棄に関する手続きはまた後程――うるさいっ、黙れと言っているだろうが!!」
アーカムはテオドシウスに頭を下げた後、錯乱して喚く娘を引きずっていった。
「デイジー様」
――と。
声をかけたのはクロエだった。
喚いていたデイジーが口を閉じ、嫌そうに侍女を見る。
クロエは腰を折り、深々と頭を下げて言った。
「どうか……一つだけ……お礼を言わせてください。十年前の夜……あなたが私を助けてくださったのは……祭りのために大勢集まっていた人々に対する……ただのパフォーマンスであり、アピールでしかなかったのでしょうけれど……それでも……燃え盛る炎の中で……瀕死の私を抱き上げ……優しく微笑んでくださったあなたは……本当に……本当に……夢のように、美しかった……朦朧とした意識の中で……私はこの世で最も美しいものを見ました……助けてくださって、ありがとうございました」
「そう」
デイジーの答えはそっけなかった。
「恩を仇で返してくれてありがとう。二度とその醜い顔を私に見せないで」
氷の声音で告げて、デイジーはアーカムと去った。
クロエは頭を下げたまま何も言わなかったが、雫が一つ、地面に落ちて弾けた。
残された貴族たちはざわざわと騒ぎ、ウィルフレッドは心底疲れたようにため息をついた。
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