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41:彼と彼女の関係性
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昨日から降り続いていた雨は午前中に上がった。
午後三時を告げる鐘が王都ソルシエナに鳴り響く。
その頃には重く立ち込めていた雲は風に流され、窓の外にはすっきりとした青空が広がっていた。
「――あら。てっきり私とお喋りしに来てくれたと思ったのに。リナリアがお喋りしたい相手はクロエなの?」
王宮の三階にある華美な一室。
桃色のドレスに身を包み、天鵞絨張りのソファに座ったデイジーは、紅を引いた唇をほんの少しだけ尖らせた。
昨日、彼女は歌うリナリアの姿を見に来てくれた。リナリアが何者かに襲撃された話を聞きつけ、妃教育の休憩時間にわざわざ足を運び、その目で無事を確認しに来てくれたのだ。
そして今日は突然訪れたリナリアを心から歓迎してくれた。
改めてリナリアの無事を祝って抱きしめ、お付きの侍女に命じて王室御用達の菓子と紅茶まで出してもてなしてくれたというのに、目的は自分ではなかった。彼女が気分を害するのも当然だろう。
「申し訳ございません」
リナリアは軽く頭を下げた。耳に下げた丸い耳飾りが動きに合わせて小さく揺れる。
「デイジー様とのティータイムはまた後日、必ず」
「ふふ。冗談よ」
デイジーは花柄のティーカップを右手に持ったまま、鈴を転がすような声で笑った。
国中から集められた歌姫の頂点に立っただけあり、彼女の声は美しい。
「でも、クロエに一体どんなご用事なのかしら?」
菫色の瞳が探るようにリナリアを見つめる。
「聞きたいことがあるのです。彼女は昨日、宮廷魔導師メノンの遺品を城の外苑に埋めていました」
「……あの子ったら、そんなことを……いくら友人とはいえ、彼は犯罪者になってしまったのに……」
デイジーは目を伏せて俯いた。飲む気が失せたらしく、持っていたティーカップをソーサーに置く。高級なティーカップは涼やかな音を奏でた。
「『彼』とは、まるで知り合いのような言い方ですね」
「ええ、その通りよ。フォニス家は慈善活動の一環として、王都のベゴニア孤児院に寄付をしていたの。べゴニア孤児院はちょうど貴族街と平民街の境に建っていてね。王都にあるフォニス家の邸宅と近かったこともあり、私はよくお父さまと一緒に孤児院を慰問したわ」
「そうなんですか?」
初めて知る事実に驚いていると、デイジーは頷いた。
「クロエは孤児院の近くに住んでいたの。クロエとメノンは幼馴染というわけね。でも、悲しいことに、十年前の星祭りの夜、クロエの家は火事になってしまった」
(ああ。クロエの顔の火傷の痕はそのときの……)
痛々しい傷跡を思い出して、胸が痛んだ。
「偶然火事を目撃した私はとっさに魔法を使い、出来る限り分厚い水の壁を身体に纏って燃え盛る家に飛び込んだの。残念ながらクロエのご両親や弟妹やおばあさまは手遅れだったけれど、ただ一人、クロエだけは救出できた。半死半生だったクロエが回復した後は、お父さまにお願いして私付きの侍女にしてもらった。一週間ほど前、妃教育を受けるために王宮に上がったときも、私はクロエを侍女として連れてきたの。そこで、クロエとメノンは十年ぶりの再会を果たすことなったわ。私も十年ぶりにメノンと会えて嬉しかったのよ。本当に嬉しかったのに……」
デイジーは重苦しいため息をついた。
憂い顔の主人を、心配そうに侍女たちが見ている。
「デイジー様デイジー様と、幼かったメノンは子犬のように私を慕ってくれたわ。あの可愛らしかった少年が、まさかあなたの命を狙うなんて……一体、彼は何故凶行に走ってしまったのかしら。騎士に聞いたのだけれど、現場にはロアンヌ様を讃えるような遺書が残っていたのでしょう? 私のあずかり知らぬところで、メノンはロアンヌ様に何か弱みでも握られていたのかしら。相談してくれれば、一緒に解決策を考えることもできたのに……いえ。何を言ってもいまさらね。彼はもうこの世にはいないし、私の友達の命を狙うという大罪を犯してしまったのだから。それは決して許されることではないわ……」
デイジーはいったん口を閉じてから、顔を上げた。その顔は苦悩に満ちている。
「……リナリアはクロエも共犯だと思っているの?」
「わかりません。けれど、そうでなければ良いとは思っています」
「……ええ。クロエはね、顔の傷跡と纏う空気のせいで誤解されやすいけれど、本当に真面目で、良く働く良い子なのよ。これまで誠心誠意私に仕えてくれたあの子が恐ろしい陰謀に関わっているかもしれないなんて……そんなわけないわ。私はクロエを信じている」
デイジーはきっぱり言って、決然と立ち上がった。
「少し待っていてちょうだい。クロエを呼んでくるわ」
「デイジー様、私どもが呼んで参ります」
侍女たちが慌てたように進み出た。
「いいえ。私が行きます。これからクロエとリナリアがどんな話をするのかわからないけれど、その内容次第では、クロエはそのまま兵士に連行されてしまうかもしれないのでしょう? これが最後になるのかもしれないのだから、少しクロエと話をさせてちょうだい」
侍女たちにかぶりを振って、デイジーは部屋を出て行った。
(デイジー様のためにもクロエは無関係であって欲しいけれど……)
廊下の向こうへと消えたデイジーの背中を見つめて、リナリアはため息をついた。
午後三時を告げる鐘が王都ソルシエナに鳴り響く。
その頃には重く立ち込めていた雲は風に流され、窓の外にはすっきりとした青空が広がっていた。
「――あら。てっきり私とお喋りしに来てくれたと思ったのに。リナリアがお喋りしたい相手はクロエなの?」
王宮の三階にある華美な一室。
桃色のドレスに身を包み、天鵞絨張りのソファに座ったデイジーは、紅を引いた唇をほんの少しだけ尖らせた。
昨日、彼女は歌うリナリアの姿を見に来てくれた。リナリアが何者かに襲撃された話を聞きつけ、妃教育の休憩時間にわざわざ足を運び、その目で無事を確認しに来てくれたのだ。
そして今日は突然訪れたリナリアを心から歓迎してくれた。
改めてリナリアの無事を祝って抱きしめ、お付きの侍女に命じて王室御用達の菓子と紅茶まで出してもてなしてくれたというのに、目的は自分ではなかった。彼女が気分を害するのも当然だろう。
「申し訳ございません」
リナリアは軽く頭を下げた。耳に下げた丸い耳飾りが動きに合わせて小さく揺れる。
「デイジー様とのティータイムはまた後日、必ず」
「ふふ。冗談よ」
デイジーは花柄のティーカップを右手に持ったまま、鈴を転がすような声で笑った。
国中から集められた歌姫の頂点に立っただけあり、彼女の声は美しい。
「でも、クロエに一体どんなご用事なのかしら?」
菫色の瞳が探るようにリナリアを見つめる。
「聞きたいことがあるのです。彼女は昨日、宮廷魔導師メノンの遺品を城の外苑に埋めていました」
「……あの子ったら、そんなことを……いくら友人とはいえ、彼は犯罪者になってしまったのに……」
デイジーは目を伏せて俯いた。飲む気が失せたらしく、持っていたティーカップをソーサーに置く。高級なティーカップは涼やかな音を奏でた。
「『彼』とは、まるで知り合いのような言い方ですね」
「ええ、その通りよ。フォニス家は慈善活動の一環として、王都のベゴニア孤児院に寄付をしていたの。べゴニア孤児院はちょうど貴族街と平民街の境に建っていてね。王都にあるフォニス家の邸宅と近かったこともあり、私はよくお父さまと一緒に孤児院を慰問したわ」
「そうなんですか?」
初めて知る事実に驚いていると、デイジーは頷いた。
「クロエは孤児院の近くに住んでいたの。クロエとメノンは幼馴染というわけね。でも、悲しいことに、十年前の星祭りの夜、クロエの家は火事になってしまった」
(ああ。クロエの顔の火傷の痕はそのときの……)
痛々しい傷跡を思い出して、胸が痛んだ。
「偶然火事を目撃した私はとっさに魔法を使い、出来る限り分厚い水の壁を身体に纏って燃え盛る家に飛び込んだの。残念ながらクロエのご両親や弟妹やおばあさまは手遅れだったけれど、ただ一人、クロエだけは救出できた。半死半生だったクロエが回復した後は、お父さまにお願いして私付きの侍女にしてもらった。一週間ほど前、妃教育を受けるために王宮に上がったときも、私はクロエを侍女として連れてきたの。そこで、クロエとメノンは十年ぶりの再会を果たすことなったわ。私も十年ぶりにメノンと会えて嬉しかったのよ。本当に嬉しかったのに……」
デイジーは重苦しいため息をついた。
憂い顔の主人を、心配そうに侍女たちが見ている。
「デイジー様デイジー様と、幼かったメノンは子犬のように私を慕ってくれたわ。あの可愛らしかった少年が、まさかあなたの命を狙うなんて……一体、彼は何故凶行に走ってしまったのかしら。騎士に聞いたのだけれど、現場にはロアンヌ様を讃えるような遺書が残っていたのでしょう? 私のあずかり知らぬところで、メノンはロアンヌ様に何か弱みでも握られていたのかしら。相談してくれれば、一緒に解決策を考えることもできたのに……いえ。何を言ってもいまさらね。彼はもうこの世にはいないし、私の友達の命を狙うという大罪を犯してしまったのだから。それは決して許されることではないわ……」
デイジーはいったん口を閉じてから、顔を上げた。その顔は苦悩に満ちている。
「……リナリアはクロエも共犯だと思っているの?」
「わかりません。けれど、そうでなければ良いとは思っています」
「……ええ。クロエはね、顔の傷跡と纏う空気のせいで誤解されやすいけれど、本当に真面目で、良く働く良い子なのよ。これまで誠心誠意私に仕えてくれたあの子が恐ろしい陰謀に関わっているかもしれないなんて……そんなわけないわ。私はクロエを信じている」
デイジーはきっぱり言って、決然と立ち上がった。
「少し待っていてちょうだい。クロエを呼んでくるわ」
「デイジー様、私どもが呼んで参ります」
侍女たちが慌てたように進み出た。
「いいえ。私が行きます。これからクロエとリナリアがどんな話をするのかわからないけれど、その内容次第では、クロエはそのまま兵士に連行されてしまうかもしれないのでしょう? これが最後になるのかもしれないのだから、少しクロエと話をさせてちょうだい」
侍女たちにかぶりを振って、デイジーは部屋を出て行った。
(デイジー様のためにもクロエは無関係であって欲しいけれど……)
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