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40:襲撃者の正体
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雨が降り続いたその日の夜。
「リナリアを襲撃したのは《魔導の塔》に所属する宮廷魔導師メノンでした」
紅茶の用意がされたテーブルを挟んで向かいのソファに座り、イザークは疲れたような顔で言った。
ほとんど眠っていないらしく、目の下に薄い隈ができている。
《百花の宮》の居間にはイスカとリナリア、イザークの三人しかいない。イスカは既に人払いを済ませていた。
「メノンは無事捕えられたのですか?」
「いや。俺が同僚と共に部屋に踏み込んだとき、メノンは既に死んでいた。毒を飲んで自殺していたんだ」
「!!」
リナリアは目を剥いた。半殺しにすると言った相手がまさか死んでいるとは思わなかった。
隣でイスカは露骨に不機嫌そうな顔をしている。罪を償わないままメノンは死に逃げたのだ。これが愉快なはずもない。
「机には遺書があった。内容はこうだ――『死をもって王妃殿下に忠誠を示す。王妃殿下に栄光あれ、王妃殿下に祝福あれ』。間違いなくメノンの字だった」
「ではやはり、ロアンヌ様が事件の黒幕だったのですか!?」
テーブルに手をついて身を乗り出す。
「恐らくは。ロアンヌは何も知らないの一点張りだが、関与を示す物証がある以上放置はできないということで、現在は騎士団の詰め所に拘留されている。国王やウィルフレッド王子の反対もあり、牢に入れることはできなかったそうだ」
「そうですか……」
歌を聞きに来てくれたウィルフレッドの天真爛漫な笑顔を思い出し、リナリアは静かに座り直した。
母親が捕まって、彼はどれほど辛い思いをしていることだろう。テオドシウスも妻を想って嘆いているだろうか。
しかし、ロアンヌが犯人なら相応の罰を受けてもらわなければならない。彼女がセレンを殺そうとし、イスカを魔物に変えたというならば、同情の余地はなかった。
「いま《魔導の塔》は蜂の巣をつついたような大騒ぎですよ。父上は事件の対処に追われていますし、俺も『何故昨夜、リナリアが襲撃された時点で報告しなかった』と騎士団から大目玉を喰らいました。内々に済ませようと思ってたのに、まさかメノンが自殺するとは……」
イスカと共にイザークの嘆きを聞いた後、リナリアは尋ねた。
「《光の樹》の芽を摘もうとした犯人は私が兵に捕まえてもらった庭師でしたか?」
「ああ。兵士の尋問に耐えられず、案外あっさり白状したと聞いた。《光の樹》の芽を摘めば大金を渡すと黒ずくめの男に言われたらしい。男が誰かは知らないそうだ。庭師には賭博で負けた多額の借金があり、いますぐ金が欲しくて怪しすぎる話に飛びついたんだと」
「……大金って……」
開いた口が塞がらない。
この先|《光の樹》は一国を潤すほどの莫大な富を生み出すだろうに、庭師は大金という名のはした金につられて、とんでもない経済的損失を出そうとした。
「……はした金で人生を棒に振った愚かな男の話は置いといて。黒ずくめの男というのは、ロアンヌの手下なのでしょうか」
リナリアは意図的に敬称をつけなかったが、誰も咎めはしなかった。
「わからない。引き続き調査中だ。進展があったら知らせる」
「お願いします。あの、これは事件に無関係なのかもしれませんが、気になったのでご報告しますね」
前置きしてからクロエのことを話すと、二人は黙り込んだ。
どうやら二人とも、リナリアと全く同じ発想に至ったらしい。
「……まさかとは思うのですが。クロエが悼んだ相手はメノンではないですよね?」
おずおずとリナリアは尋ねた。
「……いや、きっとそうだ。俺はメノンが左手首にブレスレットをつけているのを見たことがある。絡み合う二本の蔦のような模様が刻まれたブレスレットだ」
「そうです、私が見たのはそれです!! 間違いありません!!」
「……メノンは平民で、王都のベゴニア孤児院出身だと聞いた。クロエと何らかの繋がりがあるのか? 恋人だった? もしかしてクロエも同じ孤児院の出身だったりするのか?」
興奮気味に叫ぶと、イザークは顎に手を当てて考え込んだ。
二百年もの間、《光の樹》が機能しておらず、他国に比べて《魔素》の少ないフルーベル王国では、そもそも魔法使いの数自体が少ない。
その中で魔導士となれる才能を持った者はごくわずか。
そのため、《魔導の塔》は完全実力主義を掲げている。
過去に犯罪歴がなく、王家に忠誠を誓う者であれば、平民だろうとその門を叩くことができるのだ。
貴族に比べて平民が高い魔力を有する確率はとても低いが、メノンは魔導の才に恵まれた珍しい例だったらしい。
「イザーク。これからしばらくおれの護衛はしなくていい。クロエの経歴と身辺を調査してくれ」
イスカはイザークを見つめて言った。
「……まあそう言うとは思いましたが。王子は俺をなんだと思ってるんですかね? 俺は宮廷魔導師であって、便利屋じゃないんですが」
「頼れるのはお前しかいないんだ」
渋い顔をしているイザークを映したイスカの瞳は純粋で、嘘がなかった。
「…………。ああ、もう。全く。わかりましたよ。とにかく眠いので、俺は寝かせていただきます」
イザークは頭を掻いてから立ち上がった。
「ああ。ゆっくり休め」
「休ませてくれないのはどこの誰だか……」
ぶつぶつ言いながら、イザークは居間を出て行った。
「イスカ様。私、明日クロエと話をしてみます」
雨の音だけが響く静かな居間で、リナリアはイスカに言った。
「なら、おれも一緒に――」
「イスカ様には政務があるでしょう。それに、イスカ様と一緒に行くとクロエに警戒されてしまいます。きっと何も話してくれません」
イスカは悔しそうに口を閉じた。
「大丈夫です。ただ話をするだけですから。アンバーにもらった護符もありますし、心配しないでください」
日頃のお返しとばかりに、リナリアはぽんぽん、と彼の肩を叩いた。
「リナリアを襲撃したのは《魔導の塔》に所属する宮廷魔導師メノンでした」
紅茶の用意がされたテーブルを挟んで向かいのソファに座り、イザークは疲れたような顔で言った。
ほとんど眠っていないらしく、目の下に薄い隈ができている。
《百花の宮》の居間にはイスカとリナリア、イザークの三人しかいない。イスカは既に人払いを済ませていた。
「メノンは無事捕えられたのですか?」
「いや。俺が同僚と共に部屋に踏み込んだとき、メノンは既に死んでいた。毒を飲んで自殺していたんだ」
「!!」
リナリアは目を剥いた。半殺しにすると言った相手がまさか死んでいるとは思わなかった。
隣でイスカは露骨に不機嫌そうな顔をしている。罪を償わないままメノンは死に逃げたのだ。これが愉快なはずもない。
「机には遺書があった。内容はこうだ――『死をもって王妃殿下に忠誠を示す。王妃殿下に栄光あれ、王妃殿下に祝福あれ』。間違いなくメノンの字だった」
「ではやはり、ロアンヌ様が事件の黒幕だったのですか!?」
テーブルに手をついて身を乗り出す。
「恐らくは。ロアンヌは何も知らないの一点張りだが、関与を示す物証がある以上放置はできないということで、現在は騎士団の詰め所に拘留されている。国王やウィルフレッド王子の反対もあり、牢に入れることはできなかったそうだ」
「そうですか……」
歌を聞きに来てくれたウィルフレッドの天真爛漫な笑顔を思い出し、リナリアは静かに座り直した。
母親が捕まって、彼はどれほど辛い思いをしていることだろう。テオドシウスも妻を想って嘆いているだろうか。
しかし、ロアンヌが犯人なら相応の罰を受けてもらわなければならない。彼女がセレンを殺そうとし、イスカを魔物に変えたというならば、同情の余地はなかった。
「いま《魔導の塔》は蜂の巣をつついたような大騒ぎですよ。父上は事件の対処に追われていますし、俺も『何故昨夜、リナリアが襲撃された時点で報告しなかった』と騎士団から大目玉を喰らいました。内々に済ませようと思ってたのに、まさかメノンが自殺するとは……」
イスカと共にイザークの嘆きを聞いた後、リナリアは尋ねた。
「《光の樹》の芽を摘もうとした犯人は私が兵に捕まえてもらった庭師でしたか?」
「ああ。兵士の尋問に耐えられず、案外あっさり白状したと聞いた。《光の樹》の芽を摘めば大金を渡すと黒ずくめの男に言われたらしい。男が誰かは知らないそうだ。庭師には賭博で負けた多額の借金があり、いますぐ金が欲しくて怪しすぎる話に飛びついたんだと」
「……大金って……」
開いた口が塞がらない。
この先|《光の樹》は一国を潤すほどの莫大な富を生み出すだろうに、庭師は大金という名のはした金につられて、とんでもない経済的損失を出そうとした。
「……はした金で人生を棒に振った愚かな男の話は置いといて。黒ずくめの男というのは、ロアンヌの手下なのでしょうか」
リナリアは意図的に敬称をつけなかったが、誰も咎めはしなかった。
「わからない。引き続き調査中だ。進展があったら知らせる」
「お願いします。あの、これは事件に無関係なのかもしれませんが、気になったのでご報告しますね」
前置きしてからクロエのことを話すと、二人は黙り込んだ。
どうやら二人とも、リナリアと全く同じ発想に至ったらしい。
「……まさかとは思うのですが。クロエが悼んだ相手はメノンではないですよね?」
おずおずとリナリアは尋ねた。
「……いや、きっとそうだ。俺はメノンが左手首にブレスレットをつけているのを見たことがある。絡み合う二本の蔦のような模様が刻まれたブレスレットだ」
「そうです、私が見たのはそれです!! 間違いありません!!」
「……メノンは平民で、王都のベゴニア孤児院出身だと聞いた。クロエと何らかの繋がりがあるのか? 恋人だった? もしかしてクロエも同じ孤児院の出身だったりするのか?」
興奮気味に叫ぶと、イザークは顎に手を当てて考え込んだ。
二百年もの間、《光の樹》が機能しておらず、他国に比べて《魔素》の少ないフルーベル王国では、そもそも魔法使いの数自体が少ない。
その中で魔導士となれる才能を持った者はごくわずか。
そのため、《魔導の塔》は完全実力主義を掲げている。
過去に犯罪歴がなく、王家に忠誠を誓う者であれば、平民だろうとその門を叩くことができるのだ。
貴族に比べて平民が高い魔力を有する確率はとても低いが、メノンは魔導の才に恵まれた珍しい例だったらしい。
「イザーク。これからしばらくおれの護衛はしなくていい。クロエの経歴と身辺を調査してくれ」
イスカはイザークを見つめて言った。
「……まあそう言うとは思いましたが。王子は俺をなんだと思ってるんですかね? 俺は宮廷魔導師であって、便利屋じゃないんですが」
「頼れるのはお前しかいないんだ」
渋い顔をしているイザークを映したイスカの瞳は純粋で、嘘がなかった。
「…………。ああ、もう。全く。わかりましたよ。とにかく眠いので、俺は寝かせていただきます」
イザークは頭を掻いてから立ち上がった。
「ああ。ゆっくり休め」
「休ませてくれないのはどこの誰だか……」
ぶつぶつ言いながら、イザークは居間を出て行った。
「イスカ様。私、明日クロエと話をしてみます」
雨の音だけが響く静かな居間で、リナリアはイスカに言った。
「なら、おれも一緒に――」
「イスカ様には政務があるでしょう。それに、イスカ様と一緒に行くとクロエに警戒されてしまいます。きっと何も話してくれません」
イスカは悔しそうに口を閉じた。
「大丈夫です。ただ話をするだけですから。アンバーにもらった護符もありますし、心配しないでください」
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