上 下
14 / 58

14:もし呪いが解けたなら

しおりを挟む
「……イスカ様。私、イスカ様の現状が悔しいです……」

 二百年の王家に双子が生まれ、玉座を巡る争いの末に双子の弟は《光の樹》を切り倒した。

 その報いとして、双子の一族郎党は根絶やしにされた。彼らに近い血縁者はもうこの世に存在しない。
 イスカは後の王家に生まれただけ。全く無関係の他人だ。

 それなのに、王家の双子は不吉だからと名前を奪われ、魔物としてここにいる。
 こんな理不尽が許されて良いのだろうか。

「《光の樹》を切り倒したのは二百年も前に生きていた王子でしょう? イスカ様に一体何の罪があると言うのですか? 二百年前に時を戻せたら、私は教会に乗り込んで、あんな誓約書を作った聖女たちを一人残らず殴ってやりたいっ。ただ王家に生まれた、それだけの理由で十三歳の子どもに殺し合いを強いるなんて、そんな馬鹿げた話がありますか? それが聖女のやることですか? 彼女たちのどこが聖女なんですか? 彼女たちには優しさも慈愛の心も、何もない。ただ特別な力を持っただけの暴君。無情で冷酷な、人でなしです」

 嗚咽する。

「誓約書にサインをした国王も許せませんっ。マナリスの加護がなければ国が滅ぶ? だったら潔く滅べば良かったんですよ! そしたら、少なくとも、イスカ様はこんな目に遭わなかった! 名無しイスカではなく、ご両親がきちんと考えた良い名前を与えられて、誰の目を憚ることもなく、セレン様と仲良く幸せに暮らすことができたはずなのに! 王妃様の無念はいかばかりか! 愛しい我が子二人の成長を誰よりも傍で見守りたかったはずなのに! 二百年前の王子が、二百年前の聖女が、ふざけた誓約書が! 幸せを全部ぶち壊した!!」

 他国ならば双子の王子を産んだ王妃は褒め称えられ、国母として盤石の地位を手に入れることができただろうに、この国では違う。

 双子の王子を産んだ彼女は周囲に責め立てられ、王宮での立場を失った。
 誓約書から逃れるために――殺し合いを避けるために、命がけで産んだ息子二人のうち、弟はその存在を隠された。

 彼女の嘆きと心痛は察するに余りある。

 彼女は出産から一年も経たないうちに亡くなったと聞くが、死の原因は過度のストレスによるものに違いない。

「私は悔しいっ。悔しくて腹立たしくて、堪らない。なんで私には何もできないんだろう。なんで私は無力なの。力が欲しい。現状をひっくり返す力。イスカ様を助けられる力が……」
 ひくっ、としゃくりあげる。

 みっともない。これではただの駄々っ子だ。
 月が欲しいと泣く子どもと変わらない。
 わかっているのに、どうしても涙が溢れて止まらないのだ。

 イスカは二本足で立ち、リナリアを見つめている。
 静かに、じっと――真摯な眼差しで。
 多少冷静さを取り戻し、リナリアは袖口で目元を拭った。

「……申し訳ございません。見苦しい姿を見せてしまいました」
 地面に跪いたまま頭を下げる。

「イスカ様は何度も私を助けてくださいました。今度は私がイスカ様をお助けしたいのに、なんの力もなくて……ごめんなさい」
 謝ると、イスカは頭を振った。それも、いつになく激しく。

「? どうされましたか?」
 イスカはリナリアの膝に飛び乗ってきた。
 次にリナリアの肩に飛び移り、背伸びして、ちゅ、と。
 鼻でリナリアの頬にキスをした。

「…………」
 呆けてイスカを見つめる。
 肩の上に乗ったまま、イスカはリナリアの頬を優しく叩いた。

「……泣くなと仰りたいのですか?」
 イスカは頷いた。

「わかりました。泣きません」
 もう一度目元を擦って、リナリアはそっとイスカを抱き上げた。
 向こうから寄ってきたのだから、抱き上げても大丈夫。だと思いたい。

(肩の上は不安定で危ないし)
 誰にともなく言い訳しながら階段を上って東屋へ移動し、イスカを円形テーブルの上に乗せた。
 リナリアは椅子を引き、イスカと向かい合う形で座る。

「イスカ様」
 ふわり、と不意に吹きつけた夜風がリナリアの髪を揺らした。
 イスカの真っ白な体毛も気持ちよさそうにふわふわと揺れている。

「私、イスカ様の呪いが解けたら、たくさんお話ししたいです。訊きたいことも、言いたいことも、たくさんあります」
 イスカの青い目を見つめて微笑むと、イスカは頷いた。
 イスカもリナリアと話したいらしい。リナリアの胸はほんのりと温かくなった。

「……あ。あの、人に戻っても、できれば不敬罪で処刑は……しないでくださると嬉しいです」
 イスカはまた頷いた。

「良かった。ありがとうございます」
 頭を下げると、イスカはお礼を言われるようなことじゃない、とでもいうように、首を振った。

「ふふ。イスカ様の呪いが解けるの、楽しみですね。あ、でも、呪いが解けたらこのふわふわの身体ともお別れですね……ふわふわ……」
 名残惜しくなり、リナリアはイスカの頭のてっぺんから足のつま先までを眺めた。

(イスカ様は王子で、本来なら私が気軽に触れて良いお方ではないのだけれど……)
 でも、触りたい。リナリアはすでに極上の触り心地を知ってしまっているのだ。

 覚悟を決めるような一拍の間を置いて、イスカはくい、と右前足で自分を示した。

「ありがとうございますっ!!」
 リナリアは狂喜してイスカを撫で回し、そのふわふわの身体を堪能したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】

皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」 お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。 初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。 好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。 ****** ・感想欄は完結してから開きます。

私の婚約者には、それはそれは大切な幼馴染がいる

下菊みこと
恋愛
絶対に浮気と言えるかは微妙だけど、他者から見てもこれはないわと断言できる婚約者の態度にいい加減決断をしたお話。もちろんざまぁ有り。 ロザリアの婚約者には大切な大切な幼馴染がいる。その幼馴染ばかりを優先する婚約者に、ロザリアはある決心をして証拠を固めていた。 小説家になろう様でも投稿しています。

万年二番手令嬢の恋(完結)

毛蟹葵葉
恋愛
エーデルワイスは、田舎に領地を持つ伯爵令嬢だ。 エーデルは幼馴染で婚約者候補でもあるリーヌスと王立学園通っていた。 エーデルの悩みは成績で、いつもテストの総合成績で二位以外を取ったことがなかった。 テストのたびに、いつも一位のミランダから馬鹿にされていた。 成績の伸び悩みを感じていたエーデルに、いつも絡んでくるのは「万年三位」のフランツだった。 ある日、リーヌスから大切な話があると呼び出されたエーデルは、信じられない事を告げられる。 「ミランダさんと婚約することになったんだ。だけど、これからもずっと友達だよ」 リーヌスの残酷な言葉にエーデルは、傷つきそれでも前を向いて学園に通い続けた。

【完結】悪役令嬢はヒロインの逆ハールートを阻止します!

桃月とと
恋愛
 メルは乙女ゲーム「ラブコレ」の、なんちゃって悪役令嬢のはずだった。偶然にも前世の記憶を取り戻せたので、大人しくモブとして暮らしていこうと決めていた。  幼馴染でメインキャラクターの1人であるジルのことが好きだったが、彼とはライバル以上にはなれないと諦めてもいた。  だがゲームと同じく、学園が始まってしばらくするとヒロインのアリスが逆ハーレムルートを選んだことに気がつく。 「いや、大人しく第一王子でも選んどけよ!」  ジルにとって……いや、他のキャラにとっても幸せとは言えない逆ハールート。それなら自分も……と、メルはジルへの気持ちを解禁する。  少なくとも絶対に逆ハールートを成功させたりなんかしないわ! 悪役令嬢? いくらでもなってやる!

旦那様は女性でした?

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
ジェニファー・ショウは16歳でミッドラッツェル伯爵家の嫡男アーロンと結婚した。 アーロンはむさ苦しいショウ家の男たちと違い、爽やかな見た目をしており、いつも紳士的。ジェニファーはこの縁を得られた自分は幸せだと思っていた。結婚するまでは。 結婚してもアーロンはいつも紳士的でジェニファーに触れようとしない。これってどういう事? なんですって?旦那様は女性だったんですか? ---- スマホ投稿のため誤字脱字あります。 完結まで書き上げてから投稿しています。 全3万字ほど。

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。しかしこれは反撃の始まりに過ぎなかった。  ※一万文字ぐらいで終わる予定です。

処理中です...