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14:もし呪いが解けたなら
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「……イスカ様。私、イスカ様の現状が悔しいです……」
二百年の王家に双子が生まれ、玉座を巡る争いの末に双子の弟は《光の樹》を切り倒した。
その報いとして、双子の一族郎党は根絶やしにされた。彼らに近い血縁者はもうこの世に存在しない。
イスカは後の王家に生まれただけ。全く無関係の他人だ。
それなのに、王家の双子は不吉だからと名前を奪われ、魔物としてここにいる。
こんな理不尽が許されて良いのだろうか。
「《光の樹》を切り倒したのは二百年も前に生きていた王子でしょう? イスカ様に一体何の罪があると言うのですか? 二百年前に時を戻せたら、私は教会に乗り込んで、あんな誓約書を作った聖女たちを一人残らず殴ってやりたいっ。ただ王家に生まれた、それだけの理由で十三歳の子どもに殺し合いを強いるなんて、そんな馬鹿げた話がありますか? それが聖女のやることですか? 彼女たちのどこが聖女なんですか? 彼女たちには優しさも慈愛の心も、何もない。ただ特別な力を持っただけの暴君。無情で冷酷な、人でなしです」
嗚咽する。
「誓約書にサインをした国王も許せませんっ。マナリスの加護がなければ国が滅ぶ? だったら潔く滅べば良かったんですよ! そしたら、少なくとも、イスカ様はこんな目に遭わなかった! 名無しではなく、ご両親がきちんと考えた良い名前を与えられて、誰の目を憚ることもなく、セレン様と仲良く幸せに暮らすことができたはずなのに! 王妃様の無念はいかばかりか! 愛しい我が子二人の成長を誰よりも傍で見守りたかったはずなのに! 二百年前の王子が、二百年前の聖女が、ふざけた誓約書が! 幸せを全部ぶち壊した!!」
他国ならば双子の王子を産んだ王妃は褒め称えられ、国母として盤石の地位を手に入れることができただろうに、この国では違う。
双子の王子を産んだ彼女は周囲に責め立てられ、王宮での立場を失った。
誓約書から逃れるために――殺し合いを避けるために、命がけで産んだ息子二人のうち、弟はその存在を隠された。
彼女の嘆きと心痛は察するに余りある。
彼女は出産から一年も経たないうちに亡くなったと聞くが、死の原因は過度のストレスによるものに違いない。
「私は悔しいっ。悔しくて腹立たしくて、堪らない。なんで私には何もできないんだろう。なんで私は無力なの。力が欲しい。現状をひっくり返す力。イスカ様を助けられる力が……」
ひくっ、としゃくりあげる。
みっともない。これではただの駄々っ子だ。
月が欲しいと泣く子どもと変わらない。
わかっているのに、どうしても涙が溢れて止まらないのだ。
イスカは二本足で立ち、リナリアを見つめている。
静かに、じっと――真摯な眼差しで。
多少冷静さを取り戻し、リナリアは袖口で目元を拭った。
「……申し訳ございません。見苦しい姿を見せてしまいました」
地面に跪いたまま頭を下げる。
「イスカ様は何度も私を助けてくださいました。今度は私がイスカ様をお助けしたいのに、なんの力もなくて……ごめんなさい」
謝ると、イスカは頭を振った。それも、いつになく激しく。
「? どうされましたか?」
イスカはリナリアの膝に飛び乗ってきた。
次にリナリアの肩に飛び移り、背伸びして、ちゅ、と。
鼻でリナリアの頬にキスをした。
「…………」
呆けてイスカを見つめる。
肩の上に乗ったまま、イスカはリナリアの頬を優しく叩いた。
「……泣くなと仰りたいのですか?」
イスカは頷いた。
「わかりました。泣きません」
もう一度目元を擦って、リナリアはそっとイスカを抱き上げた。
向こうから寄ってきたのだから、抱き上げても大丈夫。だと思いたい。
(肩の上は不安定で危ないし)
誰にともなく言い訳しながら階段を上って東屋へ移動し、イスカを円形テーブルの上に乗せた。
リナリアは椅子を引き、イスカと向かい合う形で座る。
「イスカ様」
ふわり、と不意に吹きつけた夜風がリナリアの髪を揺らした。
イスカの真っ白な体毛も気持ちよさそうにふわふわと揺れている。
「私、イスカ様の呪いが解けたら、たくさんお話ししたいです。訊きたいことも、言いたいことも、たくさんあります」
イスカの青い目を見つめて微笑むと、イスカは頷いた。
イスカもリナリアと話したいらしい。リナリアの胸はほんのりと温かくなった。
「……あ。あの、人に戻っても、できれば不敬罪で処刑は……しないでくださると嬉しいです」
イスカはまた頷いた。
「良かった。ありがとうございます」
頭を下げると、イスカはお礼を言われるようなことじゃない、とでもいうように、首を振った。
「ふふ。イスカ様の呪いが解けるの、楽しみですね。あ、でも、呪いが解けたらこのふわふわの身体ともお別れですね……ふわふわ……」
名残惜しくなり、リナリアはイスカの頭のてっぺんから足のつま先までを眺めた。
(イスカ様は王子で、本来なら私が気軽に触れて良いお方ではないのだけれど……)
でも、触りたい。リナリアはすでに極上の触り心地を知ってしまっているのだ。
覚悟を決めるような一拍の間を置いて、イスカはくい、と右前足で自分を示した。
「ありがとうございますっ!!」
リナリアは狂喜してイスカを撫で回し、そのふわふわの身体を堪能したのだった。
二百年の王家に双子が生まれ、玉座を巡る争いの末に双子の弟は《光の樹》を切り倒した。
その報いとして、双子の一族郎党は根絶やしにされた。彼らに近い血縁者はもうこの世に存在しない。
イスカは後の王家に生まれただけ。全く無関係の他人だ。
それなのに、王家の双子は不吉だからと名前を奪われ、魔物としてここにいる。
こんな理不尽が許されて良いのだろうか。
「《光の樹》を切り倒したのは二百年も前に生きていた王子でしょう? イスカ様に一体何の罪があると言うのですか? 二百年前に時を戻せたら、私は教会に乗り込んで、あんな誓約書を作った聖女たちを一人残らず殴ってやりたいっ。ただ王家に生まれた、それだけの理由で十三歳の子どもに殺し合いを強いるなんて、そんな馬鹿げた話がありますか? それが聖女のやることですか? 彼女たちのどこが聖女なんですか? 彼女たちには優しさも慈愛の心も、何もない。ただ特別な力を持っただけの暴君。無情で冷酷な、人でなしです」
嗚咽する。
「誓約書にサインをした国王も許せませんっ。マナリスの加護がなければ国が滅ぶ? だったら潔く滅べば良かったんですよ! そしたら、少なくとも、イスカ様はこんな目に遭わなかった! 名無しではなく、ご両親がきちんと考えた良い名前を与えられて、誰の目を憚ることもなく、セレン様と仲良く幸せに暮らすことができたはずなのに! 王妃様の無念はいかばかりか! 愛しい我が子二人の成長を誰よりも傍で見守りたかったはずなのに! 二百年前の王子が、二百年前の聖女が、ふざけた誓約書が! 幸せを全部ぶち壊した!!」
他国ならば双子の王子を産んだ王妃は褒め称えられ、国母として盤石の地位を手に入れることができただろうに、この国では違う。
双子の王子を産んだ彼女は周囲に責め立てられ、王宮での立場を失った。
誓約書から逃れるために――殺し合いを避けるために、命がけで産んだ息子二人のうち、弟はその存在を隠された。
彼女の嘆きと心痛は察するに余りある。
彼女は出産から一年も経たないうちに亡くなったと聞くが、死の原因は過度のストレスによるものに違いない。
「私は悔しいっ。悔しくて腹立たしくて、堪らない。なんで私には何もできないんだろう。なんで私は無力なの。力が欲しい。現状をひっくり返す力。イスカ様を助けられる力が……」
ひくっ、としゃくりあげる。
みっともない。これではただの駄々っ子だ。
月が欲しいと泣く子どもと変わらない。
わかっているのに、どうしても涙が溢れて止まらないのだ。
イスカは二本足で立ち、リナリアを見つめている。
静かに、じっと――真摯な眼差しで。
多少冷静さを取り戻し、リナリアは袖口で目元を拭った。
「……申し訳ございません。見苦しい姿を見せてしまいました」
地面に跪いたまま頭を下げる。
「イスカ様は何度も私を助けてくださいました。今度は私がイスカ様をお助けしたいのに、なんの力もなくて……ごめんなさい」
謝ると、イスカは頭を振った。それも、いつになく激しく。
「? どうされましたか?」
イスカはリナリアの膝に飛び乗ってきた。
次にリナリアの肩に飛び移り、背伸びして、ちゅ、と。
鼻でリナリアの頬にキスをした。
「…………」
呆けてイスカを見つめる。
肩の上に乗ったまま、イスカはリナリアの頬を優しく叩いた。
「……泣くなと仰りたいのですか?」
イスカは頷いた。
「わかりました。泣きません」
もう一度目元を擦って、リナリアはそっとイスカを抱き上げた。
向こうから寄ってきたのだから、抱き上げても大丈夫。だと思いたい。
(肩の上は不安定で危ないし)
誰にともなく言い訳しながら階段を上って東屋へ移動し、イスカを円形テーブルの上に乗せた。
リナリアは椅子を引き、イスカと向かい合う形で座る。
「イスカ様」
ふわり、と不意に吹きつけた夜風がリナリアの髪を揺らした。
イスカの真っ白な体毛も気持ちよさそうにふわふわと揺れている。
「私、イスカ様の呪いが解けたら、たくさんお話ししたいです。訊きたいことも、言いたいことも、たくさんあります」
イスカの青い目を見つめて微笑むと、イスカは頷いた。
イスカもリナリアと話したいらしい。リナリアの胸はほんのりと温かくなった。
「……あ。あの、人に戻っても、できれば不敬罪で処刑は……しないでくださると嬉しいです」
イスカはまた頷いた。
「良かった。ありがとうございます」
頭を下げると、イスカはお礼を言われるようなことじゃない、とでもいうように、首を振った。
「ふふ。イスカ様の呪いが解けるの、楽しみですね。あ、でも、呪いが解けたらこのふわふわの身体ともお別れですね……ふわふわ……」
名残惜しくなり、リナリアはイスカの頭のてっぺんから足のつま先までを眺めた。
(イスカ様は王子で、本来なら私が気軽に触れて良いお方ではないのだけれど……)
でも、触りたい。リナリアはすでに極上の触り心地を知ってしまっているのだ。
覚悟を決めるような一拍の間を置いて、イスカはくい、と右前足で自分を示した。
「ありがとうございますっ!!」
リナリアは狂喜してイスカを撫で回し、そのふわふわの身体を堪能したのだった。
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