11 / 58
11:ショックの後で
しおりを挟む
ふと気づけば、リナリアは大きな大理石の浴槽に浸かっていた。
浴槽に浸かっているのだから、当然、裸である。
立ち上る湯気のせいで少々曇った広い浴室内にはユマがいた。
ユマはリナリアの右腕を取り、泡のついた乾燥ヘチマで丁寧に優しく汚れを取り除いてくれている。
一瞬、状況が掴めず混乱した。
そういえば、エルザが言っていたような気がする。とりあえず王子云々は置いといて、汚いから入浴しろ、そのボロボロの服は捨ててしまえと――いや、もちろんエルザはこんな直接的な表現はしなかったが。
あまりのショックで思考停止状態にあり、反応できなかったリナリアをユマは強制的に浴室へ連れて行った。
そして現在に至る。
「………………あの」
「あら、リナリア様。意識が戻ったのですね。現実への帰還おめでとうございます」
ユマは頭を下げ、ついでにお湯でリナリアの右腕についた泡を流した。
「ありがとうございます? いえ、そうではなくてですね。アルルがこの国の王子様だという話は本当なのでしょうか」
温かいお湯の中に浸かっているというのに、リナリアの顔色は真っ青だった。
「一介のメイドに過ぎない私に詳しい事情はわかりませんが、真実でしょう。お嬢様は不敬な冗談を言われるようなお方ではございません」
リナリアの左側に回り込み、ユマはリナリアの左腕を洗い始めた。
「…………。ここは現実ですか? 夢ではなくて?」
「残念ながら現実でございます。この通り」
ユマはリナリアの左腕をぴしりと指で弾いてみせた。
痛くはないが、軽い衝撃はちゃんと感じた。
「………………ユマさん。私の罪の告白を聞いていただけますか」
「はい。一国の王子を鞄の中に入れて持ち運んでおられましたね。遠慮なく抱きしめてもおられました」
「……。それだけではありません。添い寝もしましたし、頭にキスもしました」
「あらまあ」
「それにっ……それに、何よりっ……」
息が詰まる。声が震える。
旅の道中、リナリアは滝つぼの近くの川で水浴びをした。
そのときアルルは木の下で寝ていたのだが、リナリアが川から上がったときにちょうど目を覚ました。
全裸のリナリアを見たアルルはまるで誰かに殴られたかのような勢いで身体ごと顔を背け、両前足で目を覆って丸まった。
その日一日、アルルはどこか様子がおかしかった。
「私、アルルに裸を見せちゃったんですよ!!」
濡れた頭を抱えて叫ぶ。
「王室不敬罪に誘拐・略取罪、さらに公然わいせつ罪も追加されましたね。他にも余罪があるかもしれません。果たして何回首が飛ぶことになるのでしょうか」
ユマは冷静に言って、泡塗れになったリナリアの左腕にお湯をかけた。
「いかがでしょう」
入浴を終えて案内された公爵邸の客室。
鏡台の前に座り、しげしげと自分の姿を眺める。
髪は後頭部で緩くまとめ、黄色のリボンを結んでもらった。
入浴により薄汚れていた肌は元の白さを取り戻し、頬はほんのりと赤く色づいている。
袖口とスカートの裾に控えめなフリルがついた小花模様のワンピースはエルザの古着らしく、リナリアが着ると少々胸元が余ったが、そこは目を瞑るとする。
襟元で光るのはリナリアの瞳と同じ色合いのエメラルドのブローチ。
これならばアルルに――もとい、イスカに会っても恥ずかしくはない。はずだ。
(……よし)
こくり、と一つ唾を飲んで、腹を括る。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「では行きましょう。お嬢様とイスカ王子は居間でお待ちです」
「はい」
リナリアは立ち上がり、ユマに誘導されて居間へ向かった。
落ち着いた茶色のカーペットが敷き詰められた床。豪華なシャンデリア。
ガラスの嵌め込まれた大きな窓からは白い陽光が射し込み、 ソファに座る姫君の美しさをより一層、引き立てていた。
優雅に紅茶を飲んでいるエルザの姿を見て、リナリアは一瞬、呼吸を忘れた。
『バークレインの赤薔薇』と人々が讃えるわけだ。
まるで絵画を見ているような気分だった。
「失礼致します」
「どうぞ」
リナリアは一礼して居間に足を踏み入れた。
淑女としての正しい足運びと姿勢を思い出しながら、一歩一歩、重厚な絨毯を踏みしめて進んでいく。
浴槽に浸かっているのだから、当然、裸である。
立ち上る湯気のせいで少々曇った広い浴室内にはユマがいた。
ユマはリナリアの右腕を取り、泡のついた乾燥ヘチマで丁寧に優しく汚れを取り除いてくれている。
一瞬、状況が掴めず混乱した。
そういえば、エルザが言っていたような気がする。とりあえず王子云々は置いといて、汚いから入浴しろ、そのボロボロの服は捨ててしまえと――いや、もちろんエルザはこんな直接的な表現はしなかったが。
あまりのショックで思考停止状態にあり、反応できなかったリナリアをユマは強制的に浴室へ連れて行った。
そして現在に至る。
「………………あの」
「あら、リナリア様。意識が戻ったのですね。現実への帰還おめでとうございます」
ユマは頭を下げ、ついでにお湯でリナリアの右腕についた泡を流した。
「ありがとうございます? いえ、そうではなくてですね。アルルがこの国の王子様だという話は本当なのでしょうか」
温かいお湯の中に浸かっているというのに、リナリアの顔色は真っ青だった。
「一介のメイドに過ぎない私に詳しい事情はわかりませんが、真実でしょう。お嬢様は不敬な冗談を言われるようなお方ではございません」
リナリアの左側に回り込み、ユマはリナリアの左腕を洗い始めた。
「…………。ここは現実ですか? 夢ではなくて?」
「残念ながら現実でございます。この通り」
ユマはリナリアの左腕をぴしりと指で弾いてみせた。
痛くはないが、軽い衝撃はちゃんと感じた。
「………………ユマさん。私の罪の告白を聞いていただけますか」
「はい。一国の王子を鞄の中に入れて持ち運んでおられましたね。遠慮なく抱きしめてもおられました」
「……。それだけではありません。添い寝もしましたし、頭にキスもしました」
「あらまあ」
「それにっ……それに、何よりっ……」
息が詰まる。声が震える。
旅の道中、リナリアは滝つぼの近くの川で水浴びをした。
そのときアルルは木の下で寝ていたのだが、リナリアが川から上がったときにちょうど目を覚ました。
全裸のリナリアを見たアルルはまるで誰かに殴られたかのような勢いで身体ごと顔を背け、両前足で目を覆って丸まった。
その日一日、アルルはどこか様子がおかしかった。
「私、アルルに裸を見せちゃったんですよ!!」
濡れた頭を抱えて叫ぶ。
「王室不敬罪に誘拐・略取罪、さらに公然わいせつ罪も追加されましたね。他にも余罪があるかもしれません。果たして何回首が飛ぶことになるのでしょうか」
ユマは冷静に言って、泡塗れになったリナリアの左腕にお湯をかけた。
「いかがでしょう」
入浴を終えて案内された公爵邸の客室。
鏡台の前に座り、しげしげと自分の姿を眺める。
髪は後頭部で緩くまとめ、黄色のリボンを結んでもらった。
入浴により薄汚れていた肌は元の白さを取り戻し、頬はほんのりと赤く色づいている。
袖口とスカートの裾に控えめなフリルがついた小花模様のワンピースはエルザの古着らしく、リナリアが着ると少々胸元が余ったが、そこは目を瞑るとする。
襟元で光るのはリナリアの瞳と同じ色合いのエメラルドのブローチ。
これならばアルルに――もとい、イスカに会っても恥ずかしくはない。はずだ。
(……よし)
こくり、と一つ唾を飲んで、腹を括る。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「では行きましょう。お嬢様とイスカ王子は居間でお待ちです」
「はい」
リナリアは立ち上がり、ユマに誘導されて居間へ向かった。
落ち着いた茶色のカーペットが敷き詰められた床。豪華なシャンデリア。
ガラスの嵌め込まれた大きな窓からは白い陽光が射し込み、 ソファに座る姫君の美しさをより一層、引き立てていた。
優雅に紅茶を飲んでいるエルザの姿を見て、リナリアは一瞬、呼吸を忘れた。
『バークレインの赤薔薇』と人々が讃えるわけだ。
まるで絵画を見ているような気分だった。
「失礼致します」
「どうぞ」
リナリアは一礼して居間に足を踏み入れた。
淑女としての正しい足運びと姿勢を思い出しながら、一歩一歩、重厚な絨毯を踏みしめて進んでいく。
36
お気に入りに追加
304
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる