12 / 16
12:イケメンという言葉について
しおりを挟む
「でもまさか、尚くんが湖城さんと知り合って、うちに連れて帰ってくるなんてね。姉弟そろって助けられちゃったね」
溶けかけの氷の浮かんだジュースを飲みながら、美春は話題を変えた。
「ん? どういうことだ?」
「ふふ」
美春はテーブルにガラスコップを置き、ちょっとした種明かしをするように、どこか楽しそうに笑った。
「多分、湖城さんは覚えてないと思うんだけど。わたし、ショッピングモールでしつこくナンパされて困ってたところを助けてもらったことがあるんだよ。中学三年のときだった」
あやめは顎に手を当て、思い返そうと努力したが、やがて諦めてかぶりを振った。
「いや、すまない。君ほどの美少女を助けたら覚えていそうなものなんだが、いかんせん、似たような記憶が多すぎてどれなんだかさっぱりだ」
「美少女なんてそんな……」
美春は照れてはにかみ、
「昔から湖城さんは色んな人を助けてたんだろうし、覚えてないのは仕方ないよ。なんていったって駒池の三大イケメンの一人、ファンクラブだってあるもんね」
にこっと笑ってから、尚を見た。
「三大イケメンといえば、尚くんもその中に含まれてるらしいね」
「うん、まあ、そうらしいけど。大げさだよね。ぼくはそんな大した人間じゃないのに――」
「何を言うんだ、尚くん。君は十分に大した人間だ。これ以上ないほどのイケメンだぞ」
「え?」
黙っていられず口を挟むと、尚は目をぱちくりさせた。
「イケメンと言うのはただ顔が良いからそう言われるわけではないのだ。人に対して優しかったり、言動が格好良くてもイケメンと言うことがある。君は十分にイケメンの条件を満たしているぞ」
尚も美春もきょとんとした顔であやめを見ている。
「わが身を顧みずに絡まれていた女子を助け、不良たちに囲まれても動じなかった勇敢さ。当たり前のように私の荷物を持ってくれた優しさ。そして極めて美しい容姿も兼ね備えている。君がイケメンでなければこの世の誰がイケメンというのだ。もっと自信を持つべきだ」
「……そんなにまっすぐに褒められると照れるんですが……ありがとうございます。そう言って頂けて光栄です」
尚の顔はほんのりと赤く染まっている。
一方で、美春は尚とあやめを交互に見、「ほほう、これはこれは……」とでも言いたげな、何かを察したような顔をしていた。
「どうしたんだ、姫野さん」
「ううん。茶太郎の様子が気になるから見てくるね。わたしのことは気にせず、しばらく二人で話してて」
美春は意味ありげに笑って立ち上がり、リビングを出て行った。
出て行くとき、彼女は廊下に続く扉を閉じたりはしなかった。
二人きりとはいえ、会話は筒抜けだと考えるべきだろう。
「いいなあ、猫。私は母と二番目の兄が動物アレルギーで飼えないのだ。二人とも動物好きなのに、思う存分触れ合えず可哀想なんだよな」
そう言って、あやめは半分以下に減ったジュースを飲んだ。
「二番目の兄? 先輩には何人ご兄弟がおられるんですか?」
「上に三人兄がいる。私は末っ子なんだ」
「意外です。凄くしっかりしてるから、長女かと」
「あはは。良く言われる」
しばらく家族にまつわる他愛のない話をしてから、あやめは残ったジュースを飲み干し、尚に向き直った。
「さて。長居するのも悪いし、私はそろそろおいとましよう。今日はお招きありがとう。本当に楽しかった」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。厄介な不良に絡まれたのは不運だと思ってましたが、いま考えるとむしろ幸運でした。おかげで先輩と知り合えましたから」
にこやかに言われて、心臓が跳ねる。
彼は万人にそうするのだろうとわかっていても、異性に優しくされた経験が少ないあやめはいちいちドキドキしてしまう。
(ど、どうしよう、何を言えば。どう返答すれば)
「わ、私も姫野くんと知り合えて良かったと思っているぞ。不束者だが、これからも仲良くしてくれたら嬉しい」
ぺこりと頭を下げる。
「不束者なんてとんでもないですよ。女子でありながら駒池史上初めて『三大イケメン』の仲間入りを果たし、皆から人格者だと讃えられている人が何を言っているんですか」
「……うーむ……イケメン、なぁ……」
「どうしたんですか? 何か気に障ることでも言ってしまいましたか?」
渋い顔をしたあやめに、尚は戸惑っている様子。
「いや、もちろん姫野くんに茶化すつもりがないのも、悪気がないのもわかっている。私がさっき姫野くんに対して使ったように、純粋な誉め言葉として使っているのだとわかってはいるのだが……正直、イケメンという単語はちょっとな。訳すと『イケてる男』だろう? 私は一応これでも女子なんだが……その単語を聞くたびに、どうにも複雑だ。私が理想とするのは君のお姉さんみたいな人なんだが」
氷だけが残ったコップを見つめて、ぽろりと本音を漏らす。
人から頼られるのは構わない。むしろ嬉しい。
けれど、その一方で。
小柄で。可愛らしくて。守ってあげたいと、異性が庇護欲を掻き立てられるような。
少女漫画のヒロインに相応しいような、そういう女の子になりたいと思ったりもする。
放課後に出会った少女は、鞄に可愛いキーホルダーを下げた、全力で恋する乙女だった。
あやめも可愛い物が大好きなのだが、一度男子にからかわれたことがあって、私服でスカートをはくのも、学校に可愛い系の小物を持っていくのも止めた。
似合わない、と揶揄されるのが嫌で。怖くて。
溶けかけの氷の浮かんだジュースを飲みながら、美春は話題を変えた。
「ん? どういうことだ?」
「ふふ」
美春はテーブルにガラスコップを置き、ちょっとした種明かしをするように、どこか楽しそうに笑った。
「多分、湖城さんは覚えてないと思うんだけど。わたし、ショッピングモールでしつこくナンパされて困ってたところを助けてもらったことがあるんだよ。中学三年のときだった」
あやめは顎に手を当て、思い返そうと努力したが、やがて諦めてかぶりを振った。
「いや、すまない。君ほどの美少女を助けたら覚えていそうなものなんだが、いかんせん、似たような記憶が多すぎてどれなんだかさっぱりだ」
「美少女なんてそんな……」
美春は照れてはにかみ、
「昔から湖城さんは色んな人を助けてたんだろうし、覚えてないのは仕方ないよ。なんていったって駒池の三大イケメンの一人、ファンクラブだってあるもんね」
にこっと笑ってから、尚を見た。
「三大イケメンといえば、尚くんもその中に含まれてるらしいね」
「うん、まあ、そうらしいけど。大げさだよね。ぼくはそんな大した人間じゃないのに――」
「何を言うんだ、尚くん。君は十分に大した人間だ。これ以上ないほどのイケメンだぞ」
「え?」
黙っていられず口を挟むと、尚は目をぱちくりさせた。
「イケメンと言うのはただ顔が良いからそう言われるわけではないのだ。人に対して優しかったり、言動が格好良くてもイケメンと言うことがある。君は十分にイケメンの条件を満たしているぞ」
尚も美春もきょとんとした顔であやめを見ている。
「わが身を顧みずに絡まれていた女子を助け、不良たちに囲まれても動じなかった勇敢さ。当たり前のように私の荷物を持ってくれた優しさ。そして極めて美しい容姿も兼ね備えている。君がイケメンでなければこの世の誰がイケメンというのだ。もっと自信を持つべきだ」
「……そんなにまっすぐに褒められると照れるんですが……ありがとうございます。そう言って頂けて光栄です」
尚の顔はほんのりと赤く染まっている。
一方で、美春は尚とあやめを交互に見、「ほほう、これはこれは……」とでも言いたげな、何かを察したような顔をしていた。
「どうしたんだ、姫野さん」
「ううん。茶太郎の様子が気になるから見てくるね。わたしのことは気にせず、しばらく二人で話してて」
美春は意味ありげに笑って立ち上がり、リビングを出て行った。
出て行くとき、彼女は廊下に続く扉を閉じたりはしなかった。
二人きりとはいえ、会話は筒抜けだと考えるべきだろう。
「いいなあ、猫。私は母と二番目の兄が動物アレルギーで飼えないのだ。二人とも動物好きなのに、思う存分触れ合えず可哀想なんだよな」
そう言って、あやめは半分以下に減ったジュースを飲んだ。
「二番目の兄? 先輩には何人ご兄弟がおられるんですか?」
「上に三人兄がいる。私は末っ子なんだ」
「意外です。凄くしっかりしてるから、長女かと」
「あはは。良く言われる」
しばらく家族にまつわる他愛のない話をしてから、あやめは残ったジュースを飲み干し、尚に向き直った。
「さて。長居するのも悪いし、私はそろそろおいとましよう。今日はお招きありがとう。本当に楽しかった」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。厄介な不良に絡まれたのは不運だと思ってましたが、いま考えるとむしろ幸運でした。おかげで先輩と知り合えましたから」
にこやかに言われて、心臓が跳ねる。
彼は万人にそうするのだろうとわかっていても、異性に優しくされた経験が少ないあやめはいちいちドキドキしてしまう。
(ど、どうしよう、何を言えば。どう返答すれば)
「わ、私も姫野くんと知り合えて良かったと思っているぞ。不束者だが、これからも仲良くしてくれたら嬉しい」
ぺこりと頭を下げる。
「不束者なんてとんでもないですよ。女子でありながら駒池史上初めて『三大イケメン』の仲間入りを果たし、皆から人格者だと讃えられている人が何を言っているんですか」
「……うーむ……イケメン、なぁ……」
「どうしたんですか? 何か気に障ることでも言ってしまいましたか?」
渋い顔をしたあやめに、尚は戸惑っている様子。
「いや、もちろん姫野くんに茶化すつもりがないのも、悪気がないのもわかっている。私がさっき姫野くんに対して使ったように、純粋な誉め言葉として使っているのだとわかってはいるのだが……正直、イケメンという単語はちょっとな。訳すと『イケてる男』だろう? 私は一応これでも女子なんだが……その単語を聞くたびに、どうにも複雑だ。私が理想とするのは君のお姉さんみたいな人なんだが」
氷だけが残ったコップを見つめて、ぽろりと本音を漏らす。
人から頼られるのは構わない。むしろ嬉しい。
けれど、その一方で。
小柄で。可愛らしくて。守ってあげたいと、異性が庇護欲を掻き立てられるような。
少女漫画のヒロインに相応しいような、そういう女の子になりたいと思ったりもする。
放課後に出会った少女は、鞄に可愛いキーホルダーを下げた、全力で恋する乙女だった。
あやめも可愛い物が大好きなのだが、一度男子にからかわれたことがあって、私服でスカートをはくのも、学校に可愛い系の小物を持っていくのも止めた。
似合わない、と揶揄されるのが嫌で。怖くて。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
男子高校生の休み時間
こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。
こじらせ男子は好きですか?
星名柚花
青春
「好きです」「すみません。二次元に彼女がいるので」
衝撃的な文句で女子の告白を断った逸話を持つ男子、天坂千影。
良家の子女が集う五桜学園の特待生・園田菜乃花は彼のことが気になっていた。
ある日、菜乃花は千影に土下座される。
毎週水曜日限定販売のカレーパンを買うために階段を駆け下りてきた彼と接触し、転落して利き手を捻挫したからだ。
利き腕が使えないと日常生活も不便だろうと、千影は怪我が治るまでメイド付きの特別豪華な学生寮、0号館で暮らさないかと提案してきて――?
どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について
塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。
好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。
それはもうモテなかった。
何をどうやってもモテなかった。
呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。
そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて――
モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!?
最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。
これはラブコメじゃない!――と
<追記>
本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。
不撓導舟の独善
縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。
現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。
その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。
放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。
学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。
『なろう』にも掲載。
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる