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第五章 風嵐都市編
第一話「風嵐都市ファル=ファレラ」
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砂塵の都を出たジュドたちは、二日かけてようやく風嵐都市ファル=ファレラへと到着した。
門番に通された先には白を基調とした街並みが広がっている。
街はその景観を保ったまま、邪神教が襲撃を仕掛けた気配もまだない。
「ここは風嵐都市ファル=ファレラの四針領が一つ、〝ウエスディア〟。来るのは初めてだろ?まずはこの街の近況情報を得る為に冒険者ギルドへ向かうぞ」
シャステイルは慣れた身のこなしでジュドをギルドまで案内する。
ヴェルトリア王国と超える大規模な冒険者ギルドには様々な武具屋や道具屋が併設されていた。
冒険者だけでなく、買い物を楽しみにやってきた一般人も多いため幅広い情報が行き来しているようだ。
「王国とは随分と雰囲気が違うんだな」
ジュドは圧巻の光景を見渡していた。
「もはや観光名所だ」
二人はギルドのテーブルで一息つく。
「この都市は特に信仰王政が遵守される宗教国家だ。民は風嵐神ファルファレラを〝唯一なる王〟と崇め、忠誠を誓っている。事実上の中立を装ってはいるが、中には外部から来た者を良く思わない過激な連中もいるから注意してくれ」
地底都市や水門都市も旧神たちを主神と崇め、尊敬していたが風嵐都市では今までとは違いより信仰という面で色濃く国柄が現れているらしい。
盗み聞きするつもりはなかったが、隣の席の冒険者の声が聞こえてくる。
「そういえば聞いたか…荒炎都市マグダラキアででけぇ戦いがあったらしいぜ」
「あそこはいつも小さな紛争や小競り合いが多い所じゃないか。またどっかの戦闘狂たちが争ってるだけじゃねーの?」
連れの男は「またか」と言わんばかりに呆れた様子でその話を茶化す。
「それがよ…今回はあの荒炎神も戦いの場に出たらしいんだが、それでも壊滅的な被害を出したみたいなんだ」
それを聞いた連れは驚く。
「それは本当か!?あの荒炎神でも歯が立たなかったのかよ…!」
「おい、声が大きいぞ…!!周りに聞こえるじゃねぇか」
荒炎都市マグダラキアで大規模な戦いがあったようだ。
まだ荒炎神に会ったことはないが、戦好きの旧神ということはフィオーネから聞いたことがある。
「その話、詳しく聞かせてくれないか?」
ジュドは男たちに話しかける。
シャステイルが金貨が入った袋をテーブルに置いた。
「金貨二枚。これは情報量だ」
男たちは金貨を差し出されたのを見てごくりと息を呑んだ後、顔を見合わせ袋を受け取る。
「この話はあんまり大きな声では言えないんだが…どうやら何者かが荒炎都市に侵入したらしくて、そいつと荒炎神が戦ったみたいなんだよ。その場に居合わせた冒険者数名が応戦したおかげで何とか窮地を脱したみたいだが、あの不落の要塞と呼ばれたマグダラキアに甚大な被害が出たらしい」
話は二人が考えていたものよりも深刻だった。
数名の冒険者…。地底都市で戦った自分たちを彷彿とする。
「その冒険者たちは無事だったのか?」
ジュドは尋ねる。
「そこまではわかんねぇ、俺が聞いた話はこんだけだ」
男は首を振り、話し終えた。
「俺たちはもう行くからよ、くれぐれも内密にしてくれよな」
そそくさとテーブルを去って行く。
男たちが見えなくなった頃にシャステイルは言う。
「邪神教の襲撃を受けた可能性があるな」
二人は思い悩むが…砂塵の都で立ち往生していたため、どうやっても荒炎都市に向かうことはできなかった。そう思い割り切る。
一通り情報を集め終えたジュドたちはギルドの外へと出た。
「俺は野暮用がある、一旦ここで解散だ。また明日ギルドで落ち合おう」
「ああ、わかった」
ジュドが頷くと、シャステイルは反対側へと歩いて行く。
◇ ◇ ◇
「さて、どうするかな…」
ジュドはシャステイルと別れた後、どうするか迷っていた。
色々あって急いで風嵐都市に来たが襲撃を防ぐことしか考えていなかったため、いざ時間が出来てしまうと困る。そう言えばこの街のことをあまりよく知らないんだった。
街を見回っていると、上空に大きな島が見えてきた。
島に向かって地上からは塔のようなもの真上へと伸びており、人々は塔へと入っていく。
「お次のお客様、こちらへ」
誘導スタッフが次々と客を中へ迎え入れ、しばらくすると緑色の光が上へと昇る。
「これは何なんだ?」
ジュドは不思議そうにスタッフへ問いかける。
「こちらは急加速上昇装置〝天の掛け橋〟です。中に入りますと、加速魔術と上昇魔術が発動し搭乗者を〝天空島〟へと射出します」
(この長さを飛ばされるのか!?)
ジュドは驚いてしまう。
「ああ、すみません。射出すると言っても、転移装置のような感覚だと認識していただいて問題ありませんよ。地底都市の主神ラース様が転移装置を加護の力で起動されているのと同様に、風嵐都市の〝天の掛け橋〟も風嵐神ファルファレラ様のご加護によってその安全性を保証されているのです」
ジュドは恐る恐る装置の中へと足を踏み入れる。
中には円形の空間が広がっており、思っているより多くの人が搭乗することができる構造になっていた。
(起動シマス〉
ナレーションと共に壁面に組み込まれた魔石が緑に光る。
起動の影響で足元が一瞬揺れたが、すぐに揺れは収まり五分も経たない内に扉が開く。
さっきとは違うスタッフが中の乗客を外へと案内した。
「到着いたしました。ようこそ、〝天空島〟へ」
辺り一面には青々とした草と色とりどりの花が生い茂り、爽やかな風が頬を掠めた。
正面に天にも届くほどの巨木がそびえ立つ。
「さぁ、みなさま!我らの平穏と繁栄を願い、〝希望〟の大樹に祈りを捧げましょうぞ!!」
教会の神官らしい人物が一般人と共に祈りを捧げる。
〝希望〟…どこかで聞いたことがある名前。
どこかで…。
ジュドは徐に、持って来ていた一冊の本を手に取る。
「この木…もしかして」
思い出した。祖父の冒険譚に書かれていた木だ。
「爺さんもここへ来たのか」
冒険譚の内容を実際に目にすることができたジュドは少し祖父に近づけた、そんな気がした。
本のページをめくっていると風が吹く。
動きが白紙のページで止まった。
前のように何か書き記されるのかと思いしばらく見つめるが、書き込まれる気配はない。
ジュドは本を閉じ、懐へ戻す。
〝天空島〟を一周しようと思い、歩いていると崖に座る少女に目が奪われた。
夜空のような青紫の衣装、透き通るような目。
すぐ後ろには大勢の人たちがいるというのに誰も少女に気が付かない。
「そんな崖で危なくないのか?」
ジュドが声をかける前に少女は喋る。
(何で俺の言おうとしたことを…)
「そうね、あなたの疑問に答えるとするなら…。言おうとした、その表現は間違っているわ」
「あなたが発言しようとしたのではなく、私がそう発言すると考えただけよ」
理解が追いつく前に少女は続ける。
「あなたがここへ来ること、そして私を見つけることを私は知っていた。…面白いものを持っているみたいね、見せてもらえるかしら」
ジュドの左腰辺りを指す。
「…この本のことか?」
ジュドは本に手をかけた。
「本?…ああ。先にそちらからでいいわ」
少し疑問に思いつつも少女へ冒険譚を手渡す。
「これは誰が創ったのかしら?」
少女は観察するようにこちらを見てくる。
吸い込まれそうなその瞳を前にジュドは答えた。
「俺の祖父が作ったごく普通の冒険譚だと思うが…」
「これをそこらの書物と同じだと思っているの?」
少女は驚いたように目を見開く。
「この冒険譚のページには、あそこに生えている〝希望を紡ぐ木〟の断片が使用されているわ。あなたたちは〝希望〟と呼んでいたかしら?」
冒険譚をパラパラとめくり、少女は微笑む。
「あなた祖父はこの木の性質をよく理解していたみたい。本の形状に創り替えたのは個人の趣味なのでしょうけど、確かに文字が読み手に与える想像性や共感性はこの木と相性がいい…。考えたものね」
「性質…?」
「ええ、この木は〝見た者を共感させ、希望という名の大志を抱かせる〟性質があるの。あなたもその一人でしょう?」
ジュドにはそれを聞いて思い当たる節があった。
祖父の冒険譚を読むと度々感じる冒険への憧れ、好奇心…それらの正体を知る。
「本に関してはおおよそ理解したわ、そんなことよりも私が興味を注がれたものは〝それ〟よ」
少女はまたもジュドの左腰を指し示す。
指された先に所持しているものはない。所持している…もの。
ジュドは自分の手を見る。
「そう、〝それ〟よ」
「へぇ、あなたはこれを〝末の光〟って呼んでいるのね」
またもや心を読まれる。
「あなた自分の能力が何か理解しているの?」
「俺の能力は爺さんや母さんと同じで、剣の腕前が早熟しやすい〝剣技の勘〟だ」
ジュドは自身の能力を、母方一家に代々受け継がれる一般的な能力だと説明する。
「あなた、もう〝一つ〟あるわよ」
もう一つ…?通常一人一つしか持ちえない先天的な特性、‶能力〟。
俺はそれを二つ持っている…?
困惑するジュドに少女は告げる。
「〝末の光〟は単なる技ではなく能力よ。そう、〝未来を創る〟能力」
「あなたはこれまでにも経験あるでしょう?例えば…」
「地底都市で起こった十二使徒・マルクトとの戦闘。水門都市での十二使徒・カフカとの戦闘。砂塵の都での十二使徒・ウーフェイとの戦闘。どの戦いもあなたには死相が見えていた、なのにあなたは必ず生きて…勝って仲間の元へと帰って来る」
「それらはあなたが全て望み、因果を書き換えた結果よ」
ジュドは衝撃の事実を受け止められずにいた。
自分の使っていた光の力は第二の能力だったのだ。
「その能力はかつて邪神が生命たちに与えたものとは少し違う…。より、上位の能力」
「君は一体…」
少女はジュドを見つめた状態で、名乗る。
「私は…そうね。グノーシス、アストルム、ミラビリス、色々と名乗って来たけど…強いて言うなら」
「シュブ=ニグラスよ」
そう言うと少女は立ち上がる。
「言い忘れてたわ。この〝天空島〟は落下防止の為に島の下に薄い魔力の膜が張られているから落ちても大丈夫なの」
―トン。
ジュドは少女の小さな手に押される。
「うあああああああああ!!」
ほんの少し押されただけだが、崖際にいたジュドを押し落とすには十分だった。
落下するジュドはみるみる内に〝天空島〟から下へと落ちていく。
最期、少女が何かを口にしたが、落下風で聞き取ることができない。
「私をここへ呼び出すことができたのも、あなたの能力で因果を書き換えた影響よ…」
少女は落ちていくジュドを見て、ふっと笑った。
門番に通された先には白を基調とした街並みが広がっている。
街はその景観を保ったまま、邪神教が襲撃を仕掛けた気配もまだない。
「ここは風嵐都市ファル=ファレラの四針領が一つ、〝ウエスディア〟。来るのは初めてだろ?まずはこの街の近況情報を得る為に冒険者ギルドへ向かうぞ」
シャステイルは慣れた身のこなしでジュドをギルドまで案内する。
ヴェルトリア王国と超える大規模な冒険者ギルドには様々な武具屋や道具屋が併設されていた。
冒険者だけでなく、買い物を楽しみにやってきた一般人も多いため幅広い情報が行き来しているようだ。
「王国とは随分と雰囲気が違うんだな」
ジュドは圧巻の光景を見渡していた。
「もはや観光名所だ」
二人はギルドのテーブルで一息つく。
「この都市は特に信仰王政が遵守される宗教国家だ。民は風嵐神ファルファレラを〝唯一なる王〟と崇め、忠誠を誓っている。事実上の中立を装ってはいるが、中には外部から来た者を良く思わない過激な連中もいるから注意してくれ」
地底都市や水門都市も旧神たちを主神と崇め、尊敬していたが風嵐都市では今までとは違いより信仰という面で色濃く国柄が現れているらしい。
盗み聞きするつもりはなかったが、隣の席の冒険者の声が聞こえてくる。
「そういえば聞いたか…荒炎都市マグダラキアででけぇ戦いがあったらしいぜ」
「あそこはいつも小さな紛争や小競り合いが多い所じゃないか。またどっかの戦闘狂たちが争ってるだけじゃねーの?」
連れの男は「またか」と言わんばかりに呆れた様子でその話を茶化す。
「それがよ…今回はあの荒炎神も戦いの場に出たらしいんだが、それでも壊滅的な被害を出したみたいなんだ」
それを聞いた連れは驚く。
「それは本当か!?あの荒炎神でも歯が立たなかったのかよ…!」
「おい、声が大きいぞ…!!周りに聞こえるじゃねぇか」
荒炎都市マグダラキアで大規模な戦いがあったようだ。
まだ荒炎神に会ったことはないが、戦好きの旧神ということはフィオーネから聞いたことがある。
「その話、詳しく聞かせてくれないか?」
ジュドは男たちに話しかける。
シャステイルが金貨が入った袋をテーブルに置いた。
「金貨二枚。これは情報量だ」
男たちは金貨を差し出されたのを見てごくりと息を呑んだ後、顔を見合わせ袋を受け取る。
「この話はあんまり大きな声では言えないんだが…どうやら何者かが荒炎都市に侵入したらしくて、そいつと荒炎神が戦ったみたいなんだよ。その場に居合わせた冒険者数名が応戦したおかげで何とか窮地を脱したみたいだが、あの不落の要塞と呼ばれたマグダラキアに甚大な被害が出たらしい」
話は二人が考えていたものよりも深刻だった。
数名の冒険者…。地底都市で戦った自分たちを彷彿とする。
「その冒険者たちは無事だったのか?」
ジュドは尋ねる。
「そこまではわかんねぇ、俺が聞いた話はこんだけだ」
男は首を振り、話し終えた。
「俺たちはもう行くからよ、くれぐれも内密にしてくれよな」
そそくさとテーブルを去って行く。
男たちが見えなくなった頃にシャステイルは言う。
「邪神教の襲撃を受けた可能性があるな」
二人は思い悩むが…砂塵の都で立ち往生していたため、どうやっても荒炎都市に向かうことはできなかった。そう思い割り切る。
一通り情報を集め終えたジュドたちはギルドの外へと出た。
「俺は野暮用がある、一旦ここで解散だ。また明日ギルドで落ち合おう」
「ああ、わかった」
ジュドが頷くと、シャステイルは反対側へと歩いて行く。
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色々あって急いで風嵐都市に来たが襲撃を防ぐことしか考えていなかったため、いざ時間が出来てしまうと困る。そう言えばこの街のことをあまりよく知らないんだった。
街を見回っていると、上空に大きな島が見えてきた。
島に向かって地上からは塔のようなもの真上へと伸びており、人々は塔へと入っていく。
「お次のお客様、こちらへ」
誘導スタッフが次々と客を中へ迎え入れ、しばらくすると緑色の光が上へと昇る。
「これは何なんだ?」
ジュドは不思議そうにスタッフへ問いかける。
「こちらは急加速上昇装置〝天の掛け橋〟です。中に入りますと、加速魔術と上昇魔術が発動し搭乗者を〝天空島〟へと射出します」
(この長さを飛ばされるのか!?)
ジュドは驚いてしまう。
「ああ、すみません。射出すると言っても、転移装置のような感覚だと認識していただいて問題ありませんよ。地底都市の主神ラース様が転移装置を加護の力で起動されているのと同様に、風嵐都市の〝天の掛け橋〟も風嵐神ファルファレラ様のご加護によってその安全性を保証されているのです」
ジュドは恐る恐る装置の中へと足を踏み入れる。
中には円形の空間が広がっており、思っているより多くの人が搭乗することができる構造になっていた。
(起動シマス〉
ナレーションと共に壁面に組み込まれた魔石が緑に光る。
起動の影響で足元が一瞬揺れたが、すぐに揺れは収まり五分も経たない内に扉が開く。
さっきとは違うスタッフが中の乗客を外へと案内した。
「到着いたしました。ようこそ、〝天空島〟へ」
辺り一面には青々とした草と色とりどりの花が生い茂り、爽やかな風が頬を掠めた。
正面に天にも届くほどの巨木がそびえ立つ。
「さぁ、みなさま!我らの平穏と繁栄を願い、〝希望〟の大樹に祈りを捧げましょうぞ!!」
教会の神官らしい人物が一般人と共に祈りを捧げる。
〝希望〟…どこかで聞いたことがある名前。
どこかで…。
ジュドは徐に、持って来ていた一冊の本を手に取る。
「この木…もしかして」
思い出した。祖父の冒険譚に書かれていた木だ。
「爺さんもここへ来たのか」
冒険譚の内容を実際に目にすることができたジュドは少し祖父に近づけた、そんな気がした。
本のページをめくっていると風が吹く。
動きが白紙のページで止まった。
前のように何か書き記されるのかと思いしばらく見つめるが、書き込まれる気配はない。
ジュドは本を閉じ、懐へ戻す。
〝天空島〟を一周しようと思い、歩いていると崖に座る少女に目が奪われた。
夜空のような青紫の衣装、透き通るような目。
すぐ後ろには大勢の人たちがいるというのに誰も少女に気が付かない。
「そんな崖で危なくないのか?」
ジュドが声をかける前に少女は喋る。
(何で俺の言おうとしたことを…)
「そうね、あなたの疑問に答えるとするなら…。言おうとした、その表現は間違っているわ」
「あなたが発言しようとしたのではなく、私がそう発言すると考えただけよ」
理解が追いつく前に少女は続ける。
「あなたがここへ来ること、そして私を見つけることを私は知っていた。…面白いものを持っているみたいね、見せてもらえるかしら」
ジュドの左腰辺りを指す。
「…この本のことか?」
ジュドは本に手をかけた。
「本?…ああ。先にそちらからでいいわ」
少し疑問に思いつつも少女へ冒険譚を手渡す。
「これは誰が創ったのかしら?」
少女は観察するようにこちらを見てくる。
吸い込まれそうなその瞳を前にジュドは答えた。
「俺の祖父が作ったごく普通の冒険譚だと思うが…」
「これをそこらの書物と同じだと思っているの?」
少女は驚いたように目を見開く。
「この冒険譚のページには、あそこに生えている〝希望を紡ぐ木〟の断片が使用されているわ。あなたたちは〝希望〟と呼んでいたかしら?」
冒険譚をパラパラとめくり、少女は微笑む。
「あなた祖父はこの木の性質をよく理解していたみたい。本の形状に創り替えたのは個人の趣味なのでしょうけど、確かに文字が読み手に与える想像性や共感性はこの木と相性がいい…。考えたものね」
「性質…?」
「ええ、この木は〝見た者を共感させ、希望という名の大志を抱かせる〟性質があるの。あなたもその一人でしょう?」
ジュドにはそれを聞いて思い当たる節があった。
祖父の冒険譚を読むと度々感じる冒険への憧れ、好奇心…それらの正体を知る。
「本に関してはおおよそ理解したわ、そんなことよりも私が興味を注がれたものは〝それ〟よ」
少女はまたもジュドの左腰を指し示す。
指された先に所持しているものはない。所持している…もの。
ジュドは自分の手を見る。
「そう、〝それ〟よ」
「へぇ、あなたはこれを〝末の光〟って呼んでいるのね」
またもや心を読まれる。
「あなた自分の能力が何か理解しているの?」
「俺の能力は爺さんや母さんと同じで、剣の腕前が早熟しやすい〝剣技の勘〟だ」
ジュドは自身の能力を、母方一家に代々受け継がれる一般的な能力だと説明する。
「あなた、もう〝一つ〟あるわよ」
もう一つ…?通常一人一つしか持ちえない先天的な特性、‶能力〟。
俺はそれを二つ持っている…?
困惑するジュドに少女は告げる。
「〝末の光〟は単なる技ではなく能力よ。そう、〝未来を創る〟能力」
「あなたはこれまでにも経験あるでしょう?例えば…」
「地底都市で起こった十二使徒・マルクトとの戦闘。水門都市での十二使徒・カフカとの戦闘。砂塵の都での十二使徒・ウーフェイとの戦闘。どの戦いもあなたには死相が見えていた、なのにあなたは必ず生きて…勝って仲間の元へと帰って来る」
「それらはあなたが全て望み、因果を書き換えた結果よ」
ジュドは衝撃の事実を受け止められずにいた。
自分の使っていた光の力は第二の能力だったのだ。
「その能力はかつて邪神が生命たちに与えたものとは少し違う…。より、上位の能力」
「君は一体…」
少女はジュドを見つめた状態で、名乗る。
「私は…そうね。グノーシス、アストルム、ミラビリス、色々と名乗って来たけど…強いて言うなら」
「シュブ=ニグラスよ」
そう言うと少女は立ち上がる。
「言い忘れてたわ。この〝天空島〟は落下防止の為に島の下に薄い魔力の膜が張られているから落ちても大丈夫なの」
―トン。
ジュドは少女の小さな手に押される。
「うあああああああああ!!」
ほんの少し押されただけだが、崖際にいたジュドを押し落とすには十分だった。
落下するジュドはみるみる内に〝天空島〟から下へと落ちていく。
最期、少女が何かを口にしたが、落下風で聞き取ることができない。
「私をここへ呼び出すことができたのも、あなたの能力で因果を書き換えた影響よ…」
少女は落ちていくジュドを見て、ふっと笑った。
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