暗澹のオールド・ワン

ふじさき

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第一章 王国編

第二話「ヴェルトリア王国」

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 シエラ村から十キロほど街道を歩いてきた。

 小さな丘を越えると、大きな街が視界に入って来る。


「ここがヴェルトリア王国」


 遂に窓から眺めていたあの憧れの街へと到着した。
 ジュドは大勢の冒険者たちが行き来する中、街の大門を潜って道なりに進んでいく。


「確か…冒険者になるには、冒険者ギルドに向かわなきゃいけなかったよな」


 冒険者になる為には、街にある冒険者ギルドの本部で手続きをしなくてはいけない。
 父から渡された紙を頼りに、地図を広げて場所を確認する。


「ここを真っすぐ行くと左手に見えるって書いていたから…こっちか」


 地図が指し示す方向を見る。
 冒険者ギルドは道沿いに真っすぐ進み、右へ曲がるとすぐの場所にあるようだ。
 ヴェルトリア城に続く大通りには様々な店が立ち並んでいる。
 そこはまるで夢を具現化したような街並みだった。
 憧れていた光景を目の前に、高鳴る気持ちを抑えてジュドは冒険者ギルドへと急ぐ。


 数分後。
 少し道に迷いつつも地図を頼りに何とか冒険者ギルドに辿り着くことができたジュドは受付へと足を運ぶ。


「冒険者登録をしたいんだが…ここでいいか?」


 受付へと到着したジュドは冒険者登録の申請を提出する。


「はい、新規登録でしたらこちらで問題ありませんよ」


「初めてのご利用ということで簡単に冒険者ギルドの仕組みについてご説明いたします」


 受付嬢が冒険者ギルドの説明を始める。


「まず、冒険者には等級ランクというものがございます。全冒険者一律でD級からのスタートとなっていて、依頼は自分の等級以下のもの、危険度によっては一つ上のものまで受注することができます。依頼を受注される場合は受付左手にあるボードに貼られた依頼書をこちらへご提示ください」

依頼クエストには討伐、探索、収集、救助、雑務といった様々な種類があります。ヴェルトリア王国では国内の問題や事案を冒険者のみなさまに依頼という形でお願いしております。今や冒険者ギルドは他国にも広がり、協定に参加している国であれば依頼はどこでも引き受けることができます。依頼形態は様々で、それぞれのスタイルにあった方法で依頼を斡旋させていただきますので、何かわからないことがあれば遠慮なくギルドの者にお尋ねください。みなさまをサポートできるよう我々も尽力して参りますので、よろしくお願いいたします」


 受付嬢は手元の書類に判を押し、ジュドへと紙を向け直す。


「それではこちらに名前の記入と登録手形をお願いします」


「ああ、わかった」


 ジュドは記入欄に必要な情報を記入し、最後にインクをつけた手で手形をつけた。


「ジュド=ルーカス…」


 書類を確認した受付嬢の表情が変わる。


「もしかして…。ルーカスって、あの…!?」


 何に驚いているのかは大体察しが付く。
 おそらく祖父のことを指しているのだろう。


「たぶん、そのルーカスで間違いない…」


 驚く受付嬢の声を聞いたギルドの冒険者たちがジュドに視線を集め始める。


「おい、聞いたか?あのS級冒険者の旋刃卿の孫らしいぞ」

「きっとあいつもかなりの実力者になるんだろうな。…勧誘しに行くか?」


 冒険者たちがざわつき始めたことに気付いた受付嬢がジュドへ謝罪をする。


「す、すみません…取り乱してしまって。手続きの方は以上となります…!今後のご活躍をご期待しております…!」


 ギルドでの登録を終えたジュドの周りには大勢の冒険者たちが集まっていた。
 祖父の偉業が功を奏したのか、彼を勧誘しようと声をかけに来ていたのだ。
 多くの人に勧誘してもらえることはとても誇らしいことなのだが、ジュドは素直に喜べずにいた。

 冒険者を夢見た理由は紛れもなく祖父のおかげだが、少し前まで外の世界を見たことがなかった駆け出しの青年は大勢に声をかけられるということに慣れていない。
 彼らはジュドを評価しているのではなく、”きっと旋刃卿のように立派な英雄へと成長してくれる”といった羨望をその姿へと重ねているだけだ。
 ジュドにとってそれはとてつもなく重圧を感じさせられるものだったのだ。


「街を案内するから、一緒にどうだ!」

「一度、私たちと依頼を受けてみない?」


 勧誘の嵐で目が回る。


「すまない。今日は街を見て回るから…、また今度」


 数多の勧誘を振り払い、ジュドは足早にギルドを出るのであった。


「はぁ…。あんなに囲われるとは」


 初日から大変な目にあってしまった。

 ギルドを出たジュドは今夜泊まる宿を探すため城下街をぶらついていた。
 両親から貰ったお金は銀貨十枚。
 数日はこれで何とかできるが流石に明日からは依頼を受けていかないと生活が危うくなってしまう。


「これからどうしようか」


 冒険者ギルドの勧誘を受けてパーティーに入り、依頼をこなすのも悪くはないが…。
 できれば祖父のことをあまり知らず、自分に気を使わないメンバーとジュドは冒険したいと思っていた。
 だが冒険者が様々な業務を依頼としてこなしているこの王国で祖父の肩書を知らないものはいないだろう。
 そう考えると、この街で気を使われずに冒険するというのは些か困難であるかもしれない。

 旅立って早々、悩みができてしまったジュドはすれ違いざまに声をかけられる。


「あれ…もしかして、ジュド?」


 振り向くとそこには長い黒髪を先端で束ねた女がいた。
 身体に見合わない大剣を腰に背負ったその姿はどこか見覚えがある。


「システィ…?」


 見覚えのあるその顔はまさに、シエラ村を管轄下にしているウィスティーナ領の領主、その娘〝システィ=ウエスティーナ〟だった。
 彼女は幼少時によくシエラ村へ遊びに来ていたため、ジュドとは旧来の顔なじみである。


「見たことある顔と思ったら、こんなとこで何やってるのよ」


「いや…システィこそ王国で何してるんだ」


 再会の動揺からか、聞かれた言葉をそっくりそのまま返してしまう。


「私は屋敷を出て冒険者になったってわけ」


 ジュドは驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。


「冒険者…って、え?どういうことだ」

「お兄様と色々あってね」


 歩きながら、システィはジュドに冒険者となった経緯を説明してくれた。
 唐突な出来事で理解するのに時間がかかってしまったが、どうやらシスティは兄との喧嘩で貴族の身分を捨てて屋敷を飛び出した後、ジュドより数カ月早くこの街に来て冒険者になっていたようだ。


「それで?あんたが何で王国に来てるの?」


 顔なじみが村を出て王国へと足を運んでいることを疑問に思ったシスティはジュドに尋ねる。
 村を出て冒険者になる為にここへ来たこと。そして今朝の出来事をシスティに説明した。


「どうりでギルドの方に大勢の人が向かっていったわけね。そりゃ王国有数のS級冒険者の孫がギルドに来たとなったら周知の的になるでしょうね。あんたはそれで嫌気が指して飛び出してきた、と」


 やれやれと言わんばかりにシスティは呆れた顔をする。


「そういうシスティこそ、ここへ来たのは最近なんだろ?パーティーは組んでるのか?」
 ジュドは半目を向ける。

「入ってないわ。冒険者登録した後は穴埋めとしてパーティーに入って何回か依頼をこなしたくらいよ。俗に言う〝フリー〟ってやつね」


 話を聞く限り彼女もまだチームに入っていないようだった。


「フリー?」

「ええ、私みたいに固定を組まずに一時的に他パーティーと組む形で依頼を受けている冒険者もいるのよ」


 フリー冒険者。
 確かにギルドの受付嬢もスタイルにあった依頼をと言っていたが…こういう事だったのか。


「まぁでも流石に安定しない部分もあるから、私もそろそろパーティーを組んで効率よく依頼をこなそうとは思っているわ」


 システィは足を止めてジュドの方へと振り返る。


「ジュド、今はまだどことも組んでないんでしょ?フリー冒険者の知り合い何人かに声をかけてて、今夜酒場で落ち合うことになってるの。良かったらあんたも来ない?」


 突然の誘いにジュドは驚く。


「いや…他のメンバーには伝えてないんだろ?そんな急に俺が行ってもいいものなのか?」

「声をかけたのは前衛一人に後衛二人。前衛が増える分には問題ないと思うわ」


 問題ないと思うって…そんな適当でいいのかよ。
 相変わらずの雑さ加減に口を挟みたくなるが、ジュドには断る理由がない。
 仲間を集い、パーティーを組んで冒険に出る。それはまさにジュドが思い描いていた冒険だった。


「心配しなくていいわ。メンバーは全員他国出身で冒険者になった時期も私たちとそこまで変わらないから、きっとお爺さんの事はそこまで詳しくないはずよ」


 S級冒険者である祖父のプレッシャーを感じることがないのはジュドにとっては大きかった。


「…せっかくの誘いだしな。とりあえず会ってみないとわからないか」


 少し悩んだ後、ジュドは誘いを受けることにする。


「わかった。今夜、俺も同席させてもらうよ」


 了承することをわかっていたかのように、システィはジュドへと紙切れを差し出す。
 そこには集会の時間と詳細な場所についてが記されていた。


「そう来ると思ってたわ!夕刻、ここの酒場に集合よ。私は寄ってくところがあるから」

「ああ」


 立ち去ろうとするシスティがふと後ろを振り返る。
 ジュドへ渡した紙切れを指さし、口を開く。


「あ、そうそう。そこに書いてある宿屋、安くて対応もいいからおすすめよ。良かったら立ち寄ってみなさい」


 そう言い残すと彼女は歩いて行った。
 渡された紙切れの裏にはさっき言っていた宿屋の名前と場所が記されている。


「まったく、昔と変わらないな」


 貴族育ちを感じさせない粗暴な態度にはそぐわない優しさに昔を思い出す。
 ツンデレじみたこの優しさがシスティにとっての友好の証なのだろう。

 ジュドは父親から貰った地図を見ながら件の宿屋への順路を確認した。
 集合の時間までは荷ほどきや道具の整理をして時間を潰すつもりだ。

 システィは一体どんな人物を連れて来るのだろうか。
 これから始まる冒険の期待を胸にジュドは歩き始める。




       ◇ ◇ ◇




 あれから数時間が経過し、日が暮れ始めて街に明かりが灯りだした頃。
 ジュドはシスティと約束していた酒場に到着した。

 広々とした空間は多くの人たちで賑わっている。


「こっちよ、ジュド!」


 入って左、奥のテーブルでシスティが手を振っている。
 システィの横の席が空いており、ジュドはそこへ座った。


「この金髪がさっき言ってたジュド=ルーカス。ちょっと小生意気な奴だけど、腕は確かよ。私が保証するわ」


 そう言って、システィは向かいに座る三人にジュドのことを紹介し始める。
 目の前にいるのは、華奢な身体に宝石が埋め込まれた黒い杖を持っている全身にローブを纏った少女。

 そして少女よりも小さな背丈で、老人の姿をした亜人。特徴的なこの見た目、冒険譚で読んだことがある。
 おそらくドワーフという種族だ。

 二人の横には身体の大きさが人族の倍以上ある、白い肌をした筋骨隆々の戦士が座っていた。


(この三人がシスティの言っていた知り合いか…)


 とても珍妙な面子が揃う中、三人が先に自己紹介を始める。


「〝ダグラス=ベルフダート〟だ。ダグラスでいい。普段は前衛を担っている。よろしく頼む」


「〝モーリス・デンベル・ベルドゥ〟じゃ。戦闘はこれっきしじゃが…強化魔術と妨害魔術で補助術師をやっておる。名は長いのでモーリスで構わんぞい」


「初めまして、〝ルシア〟です。魔術師をやっています。よろしくお願いします」


 三人の簡単な自己紹介が終わった。
 急に参加してきた男をどういう風に感じているのか不安だったジュドだが、三人の歓迎する様子を見て安心する。


「初めまして。システィから紹介があったジュド=ルーカスだ。急な参加にも関わらず、ありがとう」


 ジュドも簡単に自己紹介を終えた頃、システィが頼んでいた料理が運ばれて来る。


「みんな、今日はありがとう!お腹も空いた頃だし、食べながら話しましょう!」


 システィは二回手を叩いた後、席に着いた四人に声をかける。

 そうして五人は食事をしながら、冒険者になったきっかけや故郷の話などで盛り上がっていた。
 驚いたことにシスティ以外の三人はジュドの祖父について何も知っておらず、有名な冒険者についても耳にしたことはある程度で気にしていなかったらしい。
 ジュドの祖父が国を代表する冒険者だということを聞いても全然動じることはなかったのだ。

 システィが言っていた通り、三人はヴェルトリア王国近辺の出身ではなく他国からこの街にやってきているようだった。
 強いて言えばモーリスが一番近くの国から来ているくらいで、ダグラスとルシアに至っては中央大陸の遥か北から旅をしてきていたのだ。

 ダグラスは大陸北西の砂漠地帯の部族らしく、部族内大会で優勝したものは外の世界を旅してより強さの頂点を目指さなくてはならないという掟の元に五大国の一つであるヴェルトリア王国を訪れていたようだ。
 身体の至る所にある黒い刻印は部族に認められた戦士のみがその身に刻むことを許されるもので、村を出る際、族長が直々に刻んだものだと言う。

 ルシアは能力による特殊な体質から魔術一族の中でも奇異な目で見られるようになり、それに嫌気が差して集落を抜け出し、旅をしているらしい。
 家出少女と言えばそうかもしれないが、俺も似たようなことは言えない。
 何となくだが、誰かと比べられる嫌悪感のようなものは俺にもわかる。

 モーリスはヴェルトリア王国の隣国、大陸南南東にある地底都市ラース出身で、地下の暮らしに飽きたらしく、近場の王国で冒険者として活動していたようだ。
 モーリスは商人の街で育ったこと、そして百年という人生経験の豊富さ故に五人の中では随一の知識量だった。


 楽しい会話が進む中、話題がパーティーの話に切り替わる。

 数時間彼らと話してみて、ジュドの心は決まっていた。
 意を決して四人に尋ねる。


「このメンバーでパーティーを組まないか?」


 断られたらどうしようか。初めはそう思い臆していたが、言葉にした後はすっきりした。

 〝この五人で冒険をしたい〟。

 今はその気持ちが不安を塗り替えている。
 ジュドの真っすぐな瞳を見て、システィは微笑む。


「決まりね。みんなもいい?」


 システィの問いかけに三人は頷く。


「ほら、心配しなくていいって言ったでしょ?」


 ジュドは四人に感謝を伝える。


「みんな…」


 システィの計らいもあり、ジュドはパーティーを結成した。
 その後は各々の戦闘スタイルや能力を確認しつつ、それらを踏まえた立ち回りについてを五人で朝まで話し合い、気が付けば解散する時間になってしまっていた。


「それじゃ、また明日。冒険者ギルドで」


 明日、冒険者ギルドで依頼を受けることを約束し、ジュドたちは解散した。
 宿へと帰ってきたジュドはやっと始まろうとしている冒険の日々に胸を膨らませ、ベッドの中で冴える目を無理やり閉じるのであった。

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