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ダボンナ王国独立編 ~リーズ・ナブルの馬事《まこと》騒ぎ~

リーズ・ナブルと小さな狂人

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 ケイン・ガーゼル。
 頭上に剣を構えながら名乗りを挙げたこの小僧。
 おそらくだが、何かしら正式な作法なのだろうが、それに返礼できるような動作を俺は覚えてはいない。
 
「で、あんたは誰なんだい?」
 
 さて、相手が生意気なのは別として名乗り返さなければ。
 どうしたもんかと少し考えて、軍人時代の敬礼を略式で行うことにした。
 
「お初に御目にかかる。魔鉄級、リーズ・ナブルだ」
 
 俺は右の握り拳で心臓の辺りを隠すようにして返した。
 最敬礼は片膝をついて身を屈めるのだが、それは今は必要ないだろう。
 
「リーズ・ナブル…聞いたことないな」
「最近冒険者になったもんでね。……さて」
 
 本題に入ろう。
 こちらの僅かな身じろぎが相手に伝わったのか、構えを正して向かい合うことになる。
 
「いきなりしゃしゃり出てきて人の食事を邪魔したんだ。落とし前はつけてもらわんとな」
「あれ、許すって言ってなかったっけ?」
「いやな、よく考えたんだが……」
 
 会話による視線の移動、集中による視野の限定。
 自分の攻撃を防いだことによる警戒だろうが、それによって徐々に俺から距離をおいていくベンから注意が逸れていく。
 相手から見て左に広がったベンは吹き飛ばされても手放さなかった剣をもう一度強く握り直している。
 
「子供には寛容さが必要だが、躾るときにはきっちり締めとかないとなに仕出かすかわからないだろ」
「……さっきからガキだの小僧だの……僕はもう十六だ!!」
「---隙あり!!」
 
 精神的にはまだ未熟だと思い、この年頃の子供が気にしていることを適当に語れば案の定、容易く激昂してくれた。
 癖なのだろうが、行動に出る際の力みがそのまま進行方向に向けられていて誘導がしやすい。俺に向けて走り出そうというそのタイミングで、横合いからベンが斬りかかる。
 
「---邪魔っ!!」
「ぐおっ!?」
 
 しかし、側面からの攻撃であったにも関わらず容易く反応し、体の構造的に力を発揮しづらいにも関わらず先程の焼き増しのように弾き飛ばされてしまう。
 だが、それは折り込み済みだ。
 
 
「---寂しいじゃねぇか、仲間外れはよくねぇぞ」
 
 
 相手が自分よりも多い場合、気を付けなければならないのは死角からの対処できない攻撃だ。遮蔽物がない場合、こうして攻撃の起点を切り替えることによって意識的な死角を作り出す。
 その瞬間を、見逃すことなく活用する。
 
 取るに足らないと思ってか、ベンを一瞥しただけでこちらに視線を戻すケイン。だが、その視界を遮るように俺は鎖を投げ掛けていた。
 
「ふん」
 
 突然視界に現れた鎖に対して、特に危険はないと感じてか躊躇なく剣で振り払う。
 しかし。
 
「はあ!?」
 
 長剣に絡み付いた鎖は予想に反し、飛んでいくことなくそのまま剣に絡み付いたままである。これにはさしもの小僧驚いただろう。
 そもそも俺がただで鎖を投げるものか。
 
 今回使ったのは『マグネシアの魔石』。
 
 とどのつまりは磁石である。
 事前に鎖に付与された効果は『磁力』、対象を磁石とするもので使い方によっては金属でないもの同士でも両方に付与がされていればくっつかせることができる。
 このような状況で使うことで相手の武器をただの鈍器に変えることも可能だ。
 
「そらっ!」
「おわっ!?」
 
 鎖の端はまだ俺の手の中にある。
 剣にがっちりと絡み合ったそれを引けば、姿勢が前傾であった小僧の体は容易く前へと傾く。それを直そうとして体を仰け反らせれば、剣と鎖でお互いを引っ張り合う状態へとなるのだった。
 
「ちょ、ちょっとズルくない……!」
「それはお前もだろうが……!」
 
 一見体格差によって俺が有利に見えるが、実はそうではない。
 徐々にだがこちらの体が引っ張られつつある、この力やはり思った通りだな。
 
「やっぱりお前! 身体強化をしているな!!」
「ははっ! バレてるか!!」
 
 先程から常識では考えられない怪力を発揮していたこの小僧、容易く大人を吹き飛ばすなど、何かタネがあるとしか思えない。
 最初の一撃でその衝撃を身に受けてから、ベンとのやり取りの中で発揮されてきた身体能力。
 事実は簡単ともいえること、魔力の作用により強化が施されているからだ。
 
「まさかこの年でここまでとは……!」
「じゃなきゃ…三位になんてなれないからね……!」
 
 本来魔力の素養があっても、身に付けるのに相当の訓練を必要とする身体強化の魔法。今の歳でこのレベルで扱えるのならば最早天才といってもおかしくはないことだ。
 それがこのガキの自信なのだろう、立ち回り等はまだ未熟だが正面きっての戦闘ならば確かに、鋼ともいえる実力があるといえよう。
 
 だがしかし。
 
「経験が足りねぇな!!」
 
 こと実戦であるならば、俺とて幾度も潜ってきたわ。
 対人戦闘は、瞬間の取り合いであることを教えてやろう。
 
「……え、うわっ!?」
 
 均衡を保っていた引っ張り合いを、俺は自ら鎖から手を放すことによって放棄する。剣を取られまいと抵抗していた力の矛先がなくなり、逆に大きく体勢を崩すことになる。
 それまでと違い、体のガードが大きく開く。
 それを見逃す俺ではない。
 
「っシャァアアア!!」
 
 一気呵成。
 前進、突撃、拳打の好機。
 強すぎる自分の力によって空中に浮いてしまったために、回避のための行動ができない相手に駆け寄って、自由になった拳の一撃を食らわせるべく構えをとる。
 
「まださ!」
 
 だがそこで、剣に絡み付いている鎖を利用され鞭のように振るわれる。
 だが忘れてはいないか、それは俺の武器だぞ。
 
「効果は解除済みだ」
 
 振った勢いそのままに、今度はするりと刀身から離れていく鉄鎖。
 手を放した瞬間から、すでに付与は切れている。
 そうとは知らず、図らずも鎖を返却することになってしまったケインの顔は驚愕で染まっており、連続で起こる予想外の事についに思考が停止した。
 
「ハッ!」
「あぐぁ…!」
 
 腹部に一発、正拳突き。
 突進の勢いを利用したそれは体格相応の軽さしかない小僧の体を吹き飛ばし、カウンターの壁へと叩きつけたのだった。
 床に叩きつけられて、鎖の出すゴトゴトという音を聞きながら、小僧に動きがないことを確認し、ようやく俺は戦闘態勢を解く。
 こうして、昼間の騒乱は終わり一先ずは落ち着きを取り戻したのだった。
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