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第二十五話 だから彼女は最強になりたい
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――波乱に満ちたチーム対抗試合、その結果は紙一重で僕たちに軍配が挙がった。
最後にガルドロフが使った最上級魔法という隠し玉も、その場の即興にしては出来すぎなくらいの連携によってどうにか打ち破ることができた。
どういう評価がつけられるかはまだ分からないが、少なくともあの戦いっぷりを低く見られることはないだろう。魔法薬を不正に使用したヘイツについても、今ごろ薬の副作用でヘロヘロになった本人から教師たちが尋問でもして入手経路の詳しい情報などを聞き出しているに違いない。
結果として全て丸く収まったのだから、今回のことは上々な結果と言えるだろう。
だた一つ、不満があるとすれば――
「おいネルスもっと力込めろ! このままじゃ扉をぶち破られるぞ!」
「分かってるよそんなこと! これでも精一杯押してるんだ!」
「足りねぇんだよもっと気張れ! 今こそ底力を見せてみろおらぁ!!」
「ふざけるなこんチクショウッ……!!」
――それは今のこの現状と言わざるえないだろう。
あの後、ガルドロフたちとの激戦を終えた僕たち。
魔力を使い切って気絶したレイシアとユーリと違って何とか動くことが出来た僕は二人を担ぎ急いで保健室へと駆け込んでいた。二人を早く休ませたかったからというのもあったけど、それよりももっと恐ろしい事態に巻き込まれそうになっていたからだ。
「というか何でこんなことになってるんだ、何なんだあの人たちは……!?」
試合終了直後、審判の判決が下ったと同時に観客席から飛び出してきた生徒や学園関係者。彼らの視線がどれをどう見ても僕らに向いていて、おまけにどんな内容かも分からない歓声を挙げながら迫ってくるのだからとにかくこの人の波に飲み込まれないようにと逃げ出した僕らを更に追いかけてくる観客たち。
逃げる途中、後ろを見ればガルドロフが意識のないまま胴上げをされていた。幾人もの人に囲まれては終わらない胴上げにだんだんと青い顔になっていくその姿にはもはや先程までの威容はなく、数の前に翻弄される哀れな男の姿があった。
あんなことに巻き込まれたらと想像して身が縮み上がるような感覚に背中を押された僕はこの時ばかりは膝の痛みすら忘れこの場所までの道のりをひた走ってきたわけである。
そして目を覚まして事情を理解したユーリと共にこうして最後の防衛に奮起しているわけである。
興奮した彼らの力は凄まじく、いつ扉が壊れてもおかしくない状況。しかしここを突破されてしまえば今度は僕たちがガルドロフの二の舞になってしまうことを考えれば一瞬たりとも力は抜けない。
そういうわけで僕らは戦いを終えたにも関わらず何故か死力を尽くすはめになっているのである。
「あ、まずい。膝がこれプルプルして来たんだけどこれ」
「はぁ!? こんな時にマジかよお前! 正直もう持たねぇぞおい!!」
「しょうがないだろこっちはここまでお前たちを運んできてその時点でもう限界だったんだよ! 寧ろここまで持ってるのが自分でも驚きなんだよちょっとは労え!!」
「知るかバーカ! これをどうにか出来たらいくらでも労ってやらぁ……!」
言ったなこの野郎……!
人がここまでどれだけ大変な思いで二人を運んできたか知らないくせに、いうことにかいて馬鹿と言いやがったな……!!
「上等だこの野郎、だったらお前の奢りで祝勝会だ! 懐軽くしてやらぁ!!」
「ふざけんじゃねぇそういうのは割り勘だろうが! 三人も満足に食わしてやれるほど俺の手持ちは多かねぇぞ!」
「知ってるんだぞお前! お前が裏で試験の勝敗で賭け事してるのは! どうせ今回もやってたんだろうがいくら稼いだ!!」
「それはお前もだろうがぁあああ!!!!」
五月蝿い、あれは僕の研究費になるんだよ! 無駄に使えるものなどそれこそ一銅貨たりともあるものか。
そんな風に罵り合いながらも何とか観客の侵入を阻む僕たち、ドンドンと扉を叩きワーワーと騒ぎ立てる人たちとの一枚の扉を挟んだ攻防は一時はあちらの優勢で何度か開き掛けたもののその度にどうにか巻き返しを図る僕たちの火事場の馬鹿力によって危うい均衡を保ち、暫くして諦めたのか少しずつ音が遠ざかっていくのを境に徐々に扉を押す力も弱まり、ようやくの後に向こう側から音が聞こえることも力が加えられることもなくなったのだった。
「はぁ……はぁ……!」
「ふぅ……ふぅ……!」
押し掛け群衆がいなくなり、扉の守衛から解放された僕たちは床に這いつくばり、互いに荒い息だけを吐いていた。試合の後だというのにこれほどの力が残っていたのかと思うほどに僕らは全力を尽くしていた。
「――なーにやってんだか、情けない男どもですこと」
そんな僕たちに向かってあんまりなことを言うのはこの部屋では一人しかいない。ヘイツの罪を明らかにするために今は教師たちと行動しているハイレインは既におらず、代わりにベッドを占領していたのは今回の立役者。
「だったら、ちょっとは、手伝って下さいよ……」
「そうだそうだぁー……」
「――いやよ、私だって疲れたんだから」
レイシア=スカーレッド――僕らのリーダー。
入学当初から始まる一人の男との因縁を乗り越え、また一つ強くなったであろう彼女は、僕たちのこの無様な様子をベッドの上から眺めながら薄く口角をあげるようにして笑っていたのだった。
「ええ、お疲れ様でした。あんなのが出てきて一時はどうなるかと思いましたが最終的にはあなたのお陰で何とかなりました」
「称賛は素直に受け取っておくわ。勿論、あんたたちの活躍を忘れたわけじゃないから安心して。祝勝会の費用は私が全額出してあげるから思う存分楽しむといいわ」
「流石は大将太っ腹! よ、『紅星』のレイシア!」
彼女の言葉に反応し露骨に持ち上げるユーリ、彼が言った『紅星』というのは今回の戦いを見た観客がつけた彼女を称える二つ名だ。本来の免許皆伝を意味するものとは違い、あくまで通り名のようなものだが皆がそう彼女を呼ぶほどの認められたということでもある。
「悪くないわね、正に私って感じで気に入ったわ」
本人も満更でもないようで噛み締めるように余韻を楽しんでいる。
「――でもまだよ、私が求める強さにはまだまだ程遠い。最強になるにはもっともっと努力しなくちゃいけないの」
しかしそういう彼女の瞳には、強い覚悟の色が浮かんでいた。
あれほど因縁だったガルドロフに三人掛かりであったとはいえ勝ったというのに、彼女からはそれに浮わつくような感情は一切感じられない。
寧ろこんなものでは足りないというように、更なる強さへの渇望を求める貪欲さを感じさせる。
そのことに僕は不思議でならなかった。
彼女は本来なら決して覆すことの出来なかった結果を力ずくでねじ曲げるなんてことをやってのけた。
だというのに、どうして彼女はこうも『最強』を追い求めるのだろうか。
「――どうして、」
疲れきった頭のせいか、僕のその疑問はあまりに自然に、すんなりと口から出てきてしまった。意識してのことでないのはだんだんと曖昧になっていく思考が証明している。
「――どうして、最強になりたいのですか?」
口は止まらず。
ここではあまりにも当たり前のことで不思議に思うことすらなかったその疑問を、僕は彼女へと問うていた。答えてくれるとは思ってもいない、ただの独り言に近いものになっている。
「それは――」
彼女の声が聞こえる。
だがその先がどうしても、聞き取れない。
疲れきった僕の体はいつの間にか、彼女の返答を聞くことなく……深い深い眠りについていくのだった。
その姿を見ながら、彼女がこういったのを、僕は知らない。
「――それは、あんたのためよ」
少女が、先ほどとは全く違う表情をして、そんなことを言った。
それを僕は、痛恨にも聞き逃してしまったのである。
どれほどの思いがそれに込められていたのか、それを知るのは彼女だけ。
隣で床に寝そべるユーリもまた意識を無くし、夢の世界へと旅だっていたからだ。
「……ま、あんたは知らなくてもいいんだけどね」
僕たちが眠ってしまったのを見守りながら、彼女もまた襲ってきた眠気に身を任す。そうして僕らは復元された会場の熱気から切り離され、三人で仲良く眠るのだった。
こうして試験を発端に始まった一連の事件と因縁はひとまずの決着を見せることとなる。
だがそれは、この学園にほんの一時の平穏をもたらすだけのこと。
――何故ならここはオズワルド魔法学園。
――最強を目指し、火花散らせる魔法士たちの学舎。
――そこで起きる事件がこれだけなわけがなく。
――僕たちはまた、次の事件へと巻き込まれることになる。
――その中で僕は、彼女との隠された関係を知ることになるのだが、それはまた別のお話。
――今はただ、勝利の心地よさを味わいながら、心地よい疲労に身を任せるだけだった。
最後にガルドロフが使った最上級魔法という隠し玉も、その場の即興にしては出来すぎなくらいの連携によってどうにか打ち破ることができた。
どういう評価がつけられるかはまだ分からないが、少なくともあの戦いっぷりを低く見られることはないだろう。魔法薬を不正に使用したヘイツについても、今ごろ薬の副作用でヘロヘロになった本人から教師たちが尋問でもして入手経路の詳しい情報などを聞き出しているに違いない。
結果として全て丸く収まったのだから、今回のことは上々な結果と言えるだろう。
だた一つ、不満があるとすれば――
「おいネルスもっと力込めろ! このままじゃ扉をぶち破られるぞ!」
「分かってるよそんなこと! これでも精一杯押してるんだ!」
「足りねぇんだよもっと気張れ! 今こそ底力を見せてみろおらぁ!!」
「ふざけるなこんチクショウッ……!!」
――それは今のこの現状と言わざるえないだろう。
あの後、ガルドロフたちとの激戦を終えた僕たち。
魔力を使い切って気絶したレイシアとユーリと違って何とか動くことが出来た僕は二人を担ぎ急いで保健室へと駆け込んでいた。二人を早く休ませたかったからというのもあったけど、それよりももっと恐ろしい事態に巻き込まれそうになっていたからだ。
「というか何でこんなことになってるんだ、何なんだあの人たちは……!?」
試合終了直後、審判の判決が下ったと同時に観客席から飛び出してきた生徒や学園関係者。彼らの視線がどれをどう見ても僕らに向いていて、おまけにどんな内容かも分からない歓声を挙げながら迫ってくるのだからとにかくこの人の波に飲み込まれないようにと逃げ出した僕らを更に追いかけてくる観客たち。
逃げる途中、後ろを見ればガルドロフが意識のないまま胴上げをされていた。幾人もの人に囲まれては終わらない胴上げにだんだんと青い顔になっていくその姿にはもはや先程までの威容はなく、数の前に翻弄される哀れな男の姿があった。
あんなことに巻き込まれたらと想像して身が縮み上がるような感覚に背中を押された僕はこの時ばかりは膝の痛みすら忘れこの場所までの道のりをひた走ってきたわけである。
そして目を覚まして事情を理解したユーリと共にこうして最後の防衛に奮起しているわけである。
興奮した彼らの力は凄まじく、いつ扉が壊れてもおかしくない状況。しかしここを突破されてしまえば今度は僕たちがガルドロフの二の舞になってしまうことを考えれば一瞬たりとも力は抜けない。
そういうわけで僕らは戦いを終えたにも関わらず何故か死力を尽くすはめになっているのである。
「あ、まずい。膝がこれプルプルして来たんだけどこれ」
「はぁ!? こんな時にマジかよお前! 正直もう持たねぇぞおい!!」
「しょうがないだろこっちはここまでお前たちを運んできてその時点でもう限界だったんだよ! 寧ろここまで持ってるのが自分でも驚きなんだよちょっとは労え!!」
「知るかバーカ! これをどうにか出来たらいくらでも労ってやらぁ……!」
言ったなこの野郎……!
人がここまでどれだけ大変な思いで二人を運んできたか知らないくせに、いうことにかいて馬鹿と言いやがったな……!!
「上等だこの野郎、だったらお前の奢りで祝勝会だ! 懐軽くしてやらぁ!!」
「ふざけんじゃねぇそういうのは割り勘だろうが! 三人も満足に食わしてやれるほど俺の手持ちは多かねぇぞ!」
「知ってるんだぞお前! お前が裏で試験の勝敗で賭け事してるのは! どうせ今回もやってたんだろうがいくら稼いだ!!」
「それはお前もだろうがぁあああ!!!!」
五月蝿い、あれは僕の研究費になるんだよ! 無駄に使えるものなどそれこそ一銅貨たりともあるものか。
そんな風に罵り合いながらも何とか観客の侵入を阻む僕たち、ドンドンと扉を叩きワーワーと騒ぎ立てる人たちとの一枚の扉を挟んだ攻防は一時はあちらの優勢で何度か開き掛けたもののその度にどうにか巻き返しを図る僕たちの火事場の馬鹿力によって危うい均衡を保ち、暫くして諦めたのか少しずつ音が遠ざかっていくのを境に徐々に扉を押す力も弱まり、ようやくの後に向こう側から音が聞こえることも力が加えられることもなくなったのだった。
「はぁ……はぁ……!」
「ふぅ……ふぅ……!」
押し掛け群衆がいなくなり、扉の守衛から解放された僕たちは床に這いつくばり、互いに荒い息だけを吐いていた。試合の後だというのにこれほどの力が残っていたのかと思うほどに僕らは全力を尽くしていた。
「――なーにやってんだか、情けない男どもですこと」
そんな僕たちに向かってあんまりなことを言うのはこの部屋では一人しかいない。ヘイツの罪を明らかにするために今は教師たちと行動しているハイレインは既におらず、代わりにベッドを占領していたのは今回の立役者。
「だったら、ちょっとは、手伝って下さいよ……」
「そうだそうだぁー……」
「――いやよ、私だって疲れたんだから」
レイシア=スカーレッド――僕らのリーダー。
入学当初から始まる一人の男との因縁を乗り越え、また一つ強くなったであろう彼女は、僕たちのこの無様な様子をベッドの上から眺めながら薄く口角をあげるようにして笑っていたのだった。
「ええ、お疲れ様でした。あんなのが出てきて一時はどうなるかと思いましたが最終的にはあなたのお陰で何とかなりました」
「称賛は素直に受け取っておくわ。勿論、あんたたちの活躍を忘れたわけじゃないから安心して。祝勝会の費用は私が全額出してあげるから思う存分楽しむといいわ」
「流石は大将太っ腹! よ、『紅星』のレイシア!」
彼女の言葉に反応し露骨に持ち上げるユーリ、彼が言った『紅星』というのは今回の戦いを見た観客がつけた彼女を称える二つ名だ。本来の免許皆伝を意味するものとは違い、あくまで通り名のようなものだが皆がそう彼女を呼ぶほどの認められたということでもある。
「悪くないわね、正に私って感じで気に入ったわ」
本人も満更でもないようで噛み締めるように余韻を楽しんでいる。
「――でもまだよ、私が求める強さにはまだまだ程遠い。最強になるにはもっともっと努力しなくちゃいけないの」
しかしそういう彼女の瞳には、強い覚悟の色が浮かんでいた。
あれほど因縁だったガルドロフに三人掛かりであったとはいえ勝ったというのに、彼女からはそれに浮わつくような感情は一切感じられない。
寧ろこんなものでは足りないというように、更なる強さへの渇望を求める貪欲さを感じさせる。
そのことに僕は不思議でならなかった。
彼女は本来なら決して覆すことの出来なかった結果を力ずくでねじ曲げるなんてことをやってのけた。
だというのに、どうして彼女はこうも『最強』を追い求めるのだろうか。
「――どうして、」
疲れきった頭のせいか、僕のその疑問はあまりに自然に、すんなりと口から出てきてしまった。意識してのことでないのはだんだんと曖昧になっていく思考が証明している。
「――どうして、最強になりたいのですか?」
口は止まらず。
ここではあまりにも当たり前のことで不思議に思うことすらなかったその疑問を、僕は彼女へと問うていた。答えてくれるとは思ってもいない、ただの独り言に近いものになっている。
「それは――」
彼女の声が聞こえる。
だがその先がどうしても、聞き取れない。
疲れきった僕の体はいつの間にか、彼女の返答を聞くことなく……深い深い眠りについていくのだった。
その姿を見ながら、彼女がこういったのを、僕は知らない。
「――それは、あんたのためよ」
少女が、先ほどとは全く違う表情をして、そんなことを言った。
それを僕は、痛恨にも聞き逃してしまったのである。
どれほどの思いがそれに込められていたのか、それを知るのは彼女だけ。
隣で床に寝そべるユーリもまた意識を無くし、夢の世界へと旅だっていたからだ。
「……ま、あんたは知らなくてもいいんだけどね」
僕たちが眠ってしまったのを見守りながら、彼女もまた襲ってきた眠気に身を任す。そうして僕らは復元された会場の熱気から切り離され、三人で仲良く眠るのだった。
こうして試験を発端に始まった一連の事件と因縁はひとまずの決着を見せることとなる。
だがそれは、この学園にほんの一時の平穏をもたらすだけのこと。
――何故ならここはオズワルド魔法学園。
――最強を目指し、火花散らせる魔法士たちの学舎。
――そこで起きる事件がこれだけなわけがなく。
――僕たちはまた、次の事件へと巻き込まれることになる。
――その中で僕は、彼女との隠された関係を知ることになるのだが、それはまた別のお話。
――今はただ、勝利の心地よさを味わいながら、心地よい疲労に身を任せるだけだった。
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