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おねだり弟子
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弟子は素直な子どもだと思う。
ウソをついたり、失敗を隠したりすることはない。
幼馴染のジュー坊と遊ぶ時には強がったり張り合ったりするのかもしれないが。
道具屋の女将と話す時は少し得意げになる。
「昨日はね、キーちゃんお豆食べたの。自分でこうやってね、とってね……」
小さなボールに入れた豆の潰したのをスプーンで掬う様子を実演してみせるが、なんのこっちゃわからん。
それでも女将は目を細めて付き合ってやるから、弟子は気にせず続けた。
「とっても、おいしかったの」
最後は、そう言って両手で自分の頬を包んだ。
小さな手からこぼれそうな程、ふっくらとした頬は今だけのものだ。
傷つきやすい柔らかなそこには、旨いものだけを詰めてやりたい。
いつだって腹いっぱい好きなものを食べて大きくなるといい。
「キーちゃん、今日もお豆が食べたい」
「そうか。じゃあ、そうしような」
女将に身振り手振りを交えて話したせいか、疲れた弟子は居眠りを始めた。
「ちょうどいいじゃない。寝かせておいたらいいわ。お茶入れるから飲んでいきなよ」
「悪いな」
「子どもとの暮らしは楽しいけど、たまに大人と話したくなるだろ」
子育ての大先輩の言葉に、思い当たる節はない。
元々自分は言葉数が多い方ではない。
今では弟子との意思疎通にも楽にできる。
弟子が知らない事はもちろんたくさんあるが、説明すれば辛抱強く聞き、癇癪を起こすことも少ない。
「なんだい。余計なお世話だったかい?」
「そんなことは言ってねぇよ」
「アンタがまさかこうなるとはね」
「なんだよそれ」
「顔がゆるゆるだって言ってんの。ちゃんと可愛がってるじゃないか」
思わず自分の頬を両手で押さえたが、もちろん弟子のような可愛さはない。
「いい子に育ってるよ。ちゃんと自分がアンタに大事にされてるって伝わってる。心配いらないよ」
「それこそ余計なお世話だ」
「はいはい。悪かったね」
女将にはついつい憎まれ口を叩いてしまうが、しょうがない。俺はこういう性格だから。
願わくば、弟子は俺に似ないで、まっすぐな子に育ってほしい。
俺の心配をよそに、弟子はそのまま俺に似ることなく育っていった。
俺よりよく喋るし、話し方もきれいだ。
素直なことも変わりない。
食事を楽しんで食べるところもそのままだ。
幼馴染に比べると、少し小柄だからもう少し食べる量が増えるといいのだが、なかなか難しい。
女将に相談したら、量はそのままで精が付くものを増やしたらいいと言う。
「何が精が付く食べ物かわからんな」
「あれよ、大人が食べると太るやつを食べさせたらいいの」
「あー、なるほどな」
俺はもう元気溌剌な若者ではないが、年寄りなつもりもない。
それでも日々弟子が成長するように、俺の身体も少しずつ変わっていく。
若い時は何を食べても肉にならず、ガリガリのままだった。今だってそうだが、たまに腹がぼってりと重くなる時がある。それは大抵、油で揚げたものを食べた時だ。
昔、酒場で食べた鳥の揚げたやつが美味かったな、と思い出して真似てみたら、弟子の反応は上々だった。
口の周りをベタベタにしながら「おいしいね」とあの頃より少しすっきりした頬いっぱいに鳥肉を詰めて笑った。
まぁ、子どもってのはヒヤヒヤするが、ちゃんと大きくなっていく。
大きくなれば、俺も一安心だ。
色々と手を抜き始めるわけ。
鳥を捌いた日は弟子にバレないうちに急いで夕飯の支度に取り掛かる。
そうじゃないと二言目には……
「ししょー鳥?!揚げたのが食べたい!」
「くそ、見つかった」
ちびっこい時は大きくしてやりたくて頻繁に作ったが、正直面倒な料理だった。
周りに飛び跳ねる油で台所が汚れる。ベタつく床をそのままにして弟子が転んでは困るが、掃除は面倒だから極力作りたくない。
「ししょーも好きでしょ?カリカリのやつ」
「めんどくせぇ」
「でもおいしいよー?」
無邪気に頬を両手で押さえて弟子は笑う。
お前は食べるだけだからって好き勝手言いやがって。
全く、しょうがねぇな。
ウソをついたり、失敗を隠したりすることはない。
幼馴染のジュー坊と遊ぶ時には強がったり張り合ったりするのかもしれないが。
道具屋の女将と話す時は少し得意げになる。
「昨日はね、キーちゃんお豆食べたの。自分でこうやってね、とってね……」
小さなボールに入れた豆の潰したのをスプーンで掬う様子を実演してみせるが、なんのこっちゃわからん。
それでも女将は目を細めて付き合ってやるから、弟子は気にせず続けた。
「とっても、おいしかったの」
最後は、そう言って両手で自分の頬を包んだ。
小さな手からこぼれそうな程、ふっくらとした頬は今だけのものだ。
傷つきやすい柔らかなそこには、旨いものだけを詰めてやりたい。
いつだって腹いっぱい好きなものを食べて大きくなるといい。
「キーちゃん、今日もお豆が食べたい」
「そうか。じゃあ、そうしような」
女将に身振り手振りを交えて話したせいか、疲れた弟子は居眠りを始めた。
「ちょうどいいじゃない。寝かせておいたらいいわ。お茶入れるから飲んでいきなよ」
「悪いな」
「子どもとの暮らしは楽しいけど、たまに大人と話したくなるだろ」
子育ての大先輩の言葉に、思い当たる節はない。
元々自分は言葉数が多い方ではない。
今では弟子との意思疎通にも楽にできる。
弟子が知らない事はもちろんたくさんあるが、説明すれば辛抱強く聞き、癇癪を起こすことも少ない。
「なんだい。余計なお世話だったかい?」
「そんなことは言ってねぇよ」
「アンタがまさかこうなるとはね」
「なんだよそれ」
「顔がゆるゆるだって言ってんの。ちゃんと可愛がってるじゃないか」
思わず自分の頬を両手で押さえたが、もちろん弟子のような可愛さはない。
「いい子に育ってるよ。ちゃんと自分がアンタに大事にされてるって伝わってる。心配いらないよ」
「それこそ余計なお世話だ」
「はいはい。悪かったね」
女将にはついつい憎まれ口を叩いてしまうが、しょうがない。俺はこういう性格だから。
願わくば、弟子は俺に似ないで、まっすぐな子に育ってほしい。
俺の心配をよそに、弟子はそのまま俺に似ることなく育っていった。
俺よりよく喋るし、話し方もきれいだ。
素直なことも変わりない。
食事を楽しんで食べるところもそのままだ。
幼馴染に比べると、少し小柄だからもう少し食べる量が増えるといいのだが、なかなか難しい。
女将に相談したら、量はそのままで精が付くものを増やしたらいいと言う。
「何が精が付く食べ物かわからんな」
「あれよ、大人が食べると太るやつを食べさせたらいいの」
「あー、なるほどな」
俺はもう元気溌剌な若者ではないが、年寄りなつもりもない。
それでも日々弟子が成長するように、俺の身体も少しずつ変わっていく。
若い時は何を食べても肉にならず、ガリガリのままだった。今だってそうだが、たまに腹がぼってりと重くなる時がある。それは大抵、油で揚げたものを食べた時だ。
昔、酒場で食べた鳥の揚げたやつが美味かったな、と思い出して真似てみたら、弟子の反応は上々だった。
口の周りをベタベタにしながら「おいしいね」とあの頃より少しすっきりした頬いっぱいに鳥肉を詰めて笑った。
まぁ、子どもってのはヒヤヒヤするが、ちゃんと大きくなっていく。
大きくなれば、俺も一安心だ。
色々と手を抜き始めるわけ。
鳥を捌いた日は弟子にバレないうちに急いで夕飯の支度に取り掛かる。
そうじゃないと二言目には……
「ししょー鳥?!揚げたのが食べたい!」
「くそ、見つかった」
ちびっこい時は大きくしてやりたくて頻繁に作ったが、正直面倒な料理だった。
周りに飛び跳ねる油で台所が汚れる。ベタつく床をそのままにして弟子が転んでは困るが、掃除は面倒だから極力作りたくない。
「ししょーも好きでしょ?カリカリのやつ」
「めんどくせぇ」
「でもおいしいよー?」
無邪気に頬を両手で押さえて弟子は笑う。
お前は食べるだけだからって好き勝手言いやがって。
全く、しょうがねぇな。
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