上 下
51 / 56
番外編2

村へ行く(ロルガ)

しおりを挟む
 村への到着が昼を過ぎた上に、早く歩けない自分にナルセは歯噛みする。
「今からでも遅くない。抱き上げてやるぞ?」
「お断りします」
 丸い目が細く吊り上がる。俺をにらんで威嚇しているつもりだろうが、愛らしい猫にしか見えない。イテテ、と腰をさするのを手伝ってやると、へたり込みそうになったのでもうひと押しかと思ったが、眉が下がり弱々しく首を横に振ったので大人しく引き下がった。
 家のある森を抜け、村へと続く道へ出るまでは人目がないからと抱えていたのを下ろさなければよかった。
「エメさん、お腹空かせているかな」
「なぜそうなる?」
「俺の作るパンを食べてみたいって言われたから、今日持っていく約束してたんだ。お昼に食べるって言ってたから——」
「聞いてない」
 不機嫌な声で遮ると、ナルセはしまったという顔をする。
 生地をこねるのは重労働だからと、最近は俺がパン作りを担当していたが、今朝は珍しくナルセが作った。俺が作るのより柔らかい仕上がりに前の暮らしを思い出し、浮き足立っていた気持ちがささくれ立つ。
「なぜ、あの爺に食わせてやらねばならんのか。お前の作るものは俺のものだ」
「それなら、“狂い豆”も食べなよ」
「う……」
 ナルセが作るものは何でも美味しいと思うが、唯一豆を甘く煮たものだけが受け付けない。以前いた世界では普通らしいが、無理だ。少なくともアパクランでは豆は塩味で茹でるか、炒ってスパイスで香ばしく仕上げるのが定番だ。デザートにはならない。
 ナルセが時間をかけて豆を柔らかく茹で、大量の砂糖を投入するのを見たときは思わず
「狂ってる」
 と言ってしまった。案の定ナルセは怒り、「いいから、おいしいから騙されたと思って食べてみて!」と俺の口に出来上がった豆を突っ込んだ。
 よほど自信があったのだろう。俺の眉間のシワが濃くなってもその意味を理解しないままだった。
「ね、おいしいでしょ」
「いや……騙された」
「うそだぁ。もう一口食べなよ」
「断る」
 普段、ナルセが無理強いすることはないし、間違えたらすぐに謝る。しかし、このときはなぜか俺にもっと豆を食べさせようとした。
 豆が甘いという狂った料理であると同時にナルセがおかしくなってしまうので、“狂い豆”と俺が勝手に名付けた。それをナルセは不名誉だ、と不満に思っている。
「もう持ってきたのだから今回のことはいいが、狂い豆を爺にやるなよ? 驚いて死ぬぞ。いや、それでいいか……」
「良くないって! エメさんにも豆にも失礼すぎる。俺、怒ったからな!」
 ピシャリと言い放つとナルセは頬をふくらませ、態度でも怒っていますと表しながら俺の前を歩いた。
 機嫌の悪いナルセは辛辣になるし、扱いが難しい。いつもの、のんびり朗らかなナルセしか知らない爺が戸惑うと思うといい気味だった。
 
「エメさん!」
「ナルル!」
「妙な名前で呼ぶな」
 俺の言葉は無視され、ナルセと薬草屋のエメタオ爺は一ヶ月ぶりの再会を喜ぶ。うんざりしながら背負ってきた袋をおろし、店内の奥にある大人が寝られるほど大きなテーブルの上に中身を広げた。
「いつもありがとうございます。今日は大量ですね」
「あぁ、天候が良かったからな」
 数ヶ月前に爺が雇った若い見習い、アビカトは手際よく薬草を確認しては伝票に記していく。爺はこちらをチラリとも確認しないで、ナルセにべらべらと何かをまくし立てていた。
「すみませんね。大切な方でしょうに、耄碌もうろくの相手をさせてしまって」
 雇い主を声も潜めず耄碌と言うとは。二十歳になったかどうかの若者は意外と食えないやつなのかもしれない。
 アビカトは長い薄茶の髪が落ちないように自分の頭を布で包むと、薄紙を開き薬草を秤に乗せた。メモリを読む目は茶だと思っていたが、良く見るとエメラルドグリーンが点々と散っていることに気がつく。王都を離れると珍しい色彩だ。
「大切? 足りないな。俺の唯一だ」
「それはすごい」
 興味のなさそうな声だったが、作業が落ち着くと顔をあげて俺を見た。
「じゃあ、あなたは彼の唯一?」
「……ッ」
 言葉に詰まった俺を見てわずかに目を細めた。狡猾な老猫を思わせる目に俺は不快感を覚えるが、アビカトは素知らぬ顔で声を張りあげる。
「今日は木札がないのですねー?」
 爺の相手をしていたが、ナルセはこちらを見ていた。
「あ、うん……ちょっと時間がなくてね。書き終える前に寝ちゃったんだ」
「なんと、珍しい。その割には寝不足に見えるが……? さては単調な手習いに飽きたか。それならワシと手紙の交換でもしようじゃ——」
「だめだ」
 ナルセの代わりにろくでもない提案をはねのけるが、爺は聞こえないふりをする。都合の良いときだけ遠くなる地獄耳は厄介だ。
「難しいことは書かなくて良いのでな。何を食べた。どんな夢を見た。ナルルの楽しいと思ったことを書いてくれれば良い。それだけでじじいの生きる希望になる」
「う、ん。そのうち、ね……」
 ナルセが頷かなかったことに満足し、俺は立ち上がる。
「ゆっくり計算しておいてくれ。明日の朝にまたくる」
「ほ、珍しい。泊まるのかいね」
「爺の甥っ子の宿に泊まってやるから、せいぜい色をつけるんだな」
「はぁ? なんか言ったかいの? ナルル、うちは部屋が空いとるで——」
 爺のことは無視して、アビカトに後は頼んだと視線で釘を指す。ナルセの腹の虫が小さく鳴いたおかげで緊張がゆるみ、それ以上の言い争いはせずに店をあとにした。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

魔王様が子供化したので勇者の俺が責任持って育てたらいつの間にか溺愛されてるみたい

カミヤルイ
BL
顔だけが取り柄の勇者の血を引くジェイミーは、民衆を苦しめていると噂の魔王の討伐を指示され、嫌々家を出た。 ジェイミーの住む村には実害が無い為、噂だけだろうと思っていた魔王は実在し、ジェイミーは為すすべなく倒れそうになる。しかし絶体絶命の瞬間、雷が魔王の身体を貫き、目の前で倒れた。 それでも剣でとどめを刺せない気弱なジェイミーは、魔王の森に来る途中に買った怪しい薬を魔王に使う。 ……あれ?小さくなっちゃった!このまま放っておけないよ! そんなわけで、魔王様が子供化したので子育てスキル0の勇者が連れて帰って育てることになりました。 でも、いろいろありながらも成長していく魔王はなんだかジェイミーへの態度がおかしくて……。 時々シリアスですが、ふわふわんなご都合設定のお話です。 こちらは2021年に創作したものを掲載しています。 初めてのファンタジーで右往左往していたので、設定が甘いですが、ご容赦ください 素敵な表紙は漫画家さんのミミさんにお願いしました。 @Nd1KsPcwB6l90ko

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

処理中です...