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誤解を放置すると、いっぱい話すことになる

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 警備兵によると、辺境を巡る凄腕の猟師がいる、と噂が広まっているらしい。うちの身内だと宣言している者までいると聞き、クォジャさんと、トピアクさんの顔が浮かんだ。
 誤解を放置したツケが回ってきたらしい。
 トイツァルと名乗った警備兵は路地裏にも関わらず土下座しそうなほどの勢いで熱心に俺を勧誘する。
「ナルセ殿、とにかく一緒に来てください。すぐそこに宿舎がありまして、最高の部屋を用意します。一階の一番良い部屋です。そして、明日から共に働きましょう。噂の実力なら出世は間違いなし! 王族付きの兵になるのも夢じゃない! そのときには信頼し合う同僚として私を伴ってください! 共に出世して、良い暮らしをしましょう!」
 下心を隠さない、会話はわかりやすい。
 返事を引き出そうと、一呼吸おいた隙を狙って、俺は全力で否定する。
「ないないない! そんなことはあり得ないんです。そもそも、俺二十八歳だし、荒れ狂う熊を素手で倒したことなんてないし、猟に出たこともない。見てください、この細腕。戦えると思います? 無理でしょう。できることといえばカーテンを売るくらい? あとパンも焼けます。でも、伝説の猟師ではない。絶対違う。人違い。勘違い。大間違い」
 警備兵トイツァルの表情を横目で確認しながら渾身の早口で捲し立てるが、諦めた様子はない。じりじりと距離を詰めて、隙あらば掴み掛かりそうだ。
 誤解が解けなかったら、どうなるのか。
 俺だけ警備兵の宿舎とやらに連れて行かれるのか、それとも一緒にいるロルガまで調べられ元王子だとばれてしまうのか。
 どちらにせよ、結果は離れ離れだ。それだけは何が何でも回避したかった。
 背後のロルガは黙って立っているだけで、どう思っているのかわからない。だが、とにかく俺は離れたくない。
「熊は獲れない。売ってるのは、薬草! カバンの中に入ってるから。あと、あと、あと! あ、独身? こ、この人、ロルガというんですが、俺だけがルルと呼んで、イフュムスを何度もする仲です。もう、ずっと一緒に寝てるし、旅してるし……関係は、その、ふ、夫婦、です。ほら、独身じゃない。いま、新婚旅行中です。邪魔しないで、本当に、本当なんです! ほらぁ!」
 ロルガのシャツをつかみ、思い切り引き寄せる。ビリ、と嫌な音がした気もするが、構わない。ぼんやりしている奴が悪いと俺に教えたのはロルガだ。
 目の前に迫る顔を反対の手でつかまえるとロルガにだけ聞こえるように呟いた。
「ルルだって勝手にしたんだからな」
 ロルガはしっかりと俺と視線を合わせるが、やっぱり何も言わない。
 初めての自分からするキスだ。もしも、警備兵を説得できなかったら、最後のキスになるかもしれない。そう思ったら、迷いはない。
 この辺、と見当をつけたが見事に失敗。俺の唇はロルガの唇のすぐ下に着地した。それでも警備兵から見てキスしているように見えれば良い。と思ったらうなじを強くつかまれた。角度が変わり、今度こそ唇がしっかりと重なる。
「ん!」
 あのときのように重なった唇の感触を柔らかい、と思ったのは一瞬だけだった。硬い歯に噛みつかれ、驚きに声をあげそうになった隙に口内へ熱い塊が侵入してきた。それが舌だと気がついたのは、自分の舌が引き摺り出されたあとだった。濡れた音のいやらしさに頭がくらくらする。何度も強く吸われた舌の感覚は鈍くなり、もうどこにあるのかもわからない。気がつけば自分の足では立っていない。ロルガの腕が体に巻きつき、抱き上げられていた。
「う、はあぁ」
 やっと解放される。目の前で光る緑の瞳と見つめあったまま荒い呼吸を繰り返した。振り返れば、目の前にいたはずの警備兵の姿はない。
「行っ、ちゃった?」
「あぁ。ここまで見せられて残るのは、俺に殴られてでもお前を手に入れたい命知らずだけだ」
 緊張が解けて息をつけば、口の周りが濡れていることに気がつく。拭おうと手の甲を押し付けると、ジン、と唇が痺れている。自分がとんでもなく大胆なことをした、と恥ずかしくて逃げたくなるが、がっちりとロルガに抱き締められて無理だった。顔を背けようにも額同士をピタリとつけられ、それもできない。
「ナルシィ、教えてくれ。夫婦と言ったな。新婚旅行中だと。あれは誤魔化すための演技か? それともお前の望みか? どちらが本心だ? 言わないと俺の都合よく解釈するぞ」
「……ルルは、どっちがいい?」
 質問に質問で返すのは卑怯だと、ずっと思っていた。自分が言ってわかる。それは言葉が待っているのだと。俺は卑怯な手を使っても、ロルガから確かな言葉が欲しかった。
「お前の希望は、俺の希望だ。好きだ、ナルシィ」
「俺も、好——」
 すべてを言い終わる前に、唇が重なる。俺がした初めての告白はロルガの中に消えた。
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