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肉王子の告白を聞いて、決断を迫られる

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「さて、肉王子の話か」
 背もたれに両腕を乗せたロルガは天井を見上げ、視線をさまよわせた。
「その、肉付きが良かったって……?」
「あぁ。熊として生きる間に余計な肉が落ちて筋肉が育ったが、昔はそのシャツがはち切れそうなほどだった」
「え、えぇ?」
 シャツの両脇をつまんで横に広げてみると、自分の幅の倍以上は悠々ある。ロルガが着ていたときだって余裕があったのを思い出す。
「大きくあれ、そう母上が願ったからな」
 感情のない顔でロルガは言った。
 初めて聞く話に俺は真面目な顔になるが、それに気がついたロルガは反対に笑った。
「別に大した話じゃない。俺の上には五人の兄がいて、妾だったあの人はどうにかして俺を王にしようと考えただけだ。あの人はこの国の出身じゃない。大きいことは良いことだと心から信じていた。そういう文化を持っていたんだ。アパクランで生きる俺には迷惑なことだったがね。それを言い訳にヘソを曲げて、わがまま放題。結果、行き過ぎて親父の側室に手を出して、熊になったわけだ」
「いま、お母さんはどこに?」
「熊になって……ははっ、嘘だ。おそらく生家に戻されたんじゃないか。息子が罪人だからな。あの人にとってはその方が良い。この国の暮らしが合っていなかったから」
 こういうときはどんな顔をすれば良いのだろう。庶民の自分には想像もつかない話は現実味がない。ただ気になったのは、ロルガの気持ちだった。
「それで……さみしい?」
「いいや。元々共に過ごす時間は短かった。代わりに乳母がいたし、使用人たちや指導役が周囲にいた。端的に言えば、俺とあの人は血のつながった他人と言うのが一番近い。皮肉なことだが、俺が罪人になり、王位継承権を剥奪されたことでお互いに自由になれた。おそらく今が一番幸せなはずだ。お互いに」
「……ルルも?」
「さて、どう見える?」
「質問に質問で答えるのはズルい」
 思わず尖らせた唇をロルガの太い指がつまんだ。珍しく冷たい感触にハッとする。
「寒い?」
「いや。ナルシィが寒いなら薪を足すが、どうする?」
 このままで、と首を横に振る。薪がはぜる音に会話を邪魔されるのが嫌だった。
「肉王子は肉が好き、というのは間違いで、肉ばかり食べさせられていた、が正解だ。四六時中食べ物を口に入れられる生活を続け、自分で食べ物を選んだのは、熊になってからだった。飢えを感じたのも、食べ物を探して彷徨ったのも、人のものを横取りするのも初めてで、楽しかったなぁ」
「それは、ちょっとひどいと思う」
「ははそうかもな。自分で料理してみてわかった。もしも、ナルシィが作ったものを誰かが盗んだのなら、俺は許せない」
「自分はとったくせに」
「そうだったな。あれも初めてのことだったし……それに、他人に決められた食事を美味いと思ったのも初めてだ」
 急に語りを止めたロルガを振り返ると、真剣な顔でこちらを見ていた。そして、やっと自分がキッチンカウンターに置いたイモの話をされていると気がついた。
「そう、だったんだ……俺も、自分が作ったもの美味しいって言われるの初めてだった」
「どんな気分だった?」
「それは、嬉しい、よ」
「俺もだ。人のために料理をしたのも、美味しいと言われたのもナルシィ、お前だけだ」
 自分だけ。そう言われるたびに、たくさんの人に囲まれて生きてきたロルガの中にも、自分の居場所があると感じられた。特別じゃない自分でも、ここにいて良いと信じたくなる。
「……楽しい時間だったな」
「え?」
 急に、頭の芯が凍りつくようだった。
 ——楽しい時間 “だった”
 急に突きつけられる過去形の言葉が、終わりを知らせる。どうして、と問う間も無くロルガが先を続けた。
「そろそろここを離れるときが来た。最近寒く感じていたのは、この家の魔法が切れかかっているせいだ。きっとこのままだと数週間で跡形もなくなってしまうだろう。ナルシィはどうする? 村に行けばきっと居場所はある。クォジャとトピアクを訪ねれば喜んで力になってくれるだろう」
「ロルガはどうするつもり?」
「伝説の猟師殿のおかげで元王子の死亡は確定するだろうから、追っ手が来る心配もない。名前を変え、どこか別のところで生きていく」
 冗談めかして言うロルガに迷う様子はない。最近、何かを考え込んでいたのは、このことだったのだろう。俺にはなんの相談もなかったことが、気持ちを暗くさせる。
「それってさ、俺も……一緒に行っちゃだめか?」
 口にした途端怖くなる。
 ロルガは自分と離れたかったのではないか。頭によぎった疑問を否定するのは難しい。いっそ、答えようとするロルガの口を塞いでしまいたかった。
「いいぞ……ただし、条件がある」
 この返事を聞けただけで、もう十分だった。ロルガと一緒にいるためなら、何でもできると思う。
 伸びてきた右手が俺のあごをそっとすくった。ククッと喉が鳴る。
「いまロルガと俺を呼んだだろ。約束を覚えているか? 明日一緒にサウナに入れ。それが、条件だ」
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