34 / 56
肉王子の告白を聞いて、決断を迫られる
しおりを挟む
「さて、肉王子の話か」
背もたれに両腕を乗せたロルガは天井を見上げ、視線をさまよわせた。
「その、肉付きが良かったって……?」
「あぁ。熊として生きる間に余計な肉が落ちて筋肉が育ったが、昔はそのシャツがはち切れそうなほどだった」
「え、えぇ?」
シャツの両脇をつまんで横に広げてみると、自分の幅の倍以上は悠々ある。ロルガが着ていたときだって余裕があったのを思い出す。
「大きくあれ、そう母上が願ったからな」
感情のない顔でロルガは言った。
初めて聞く話に俺は真面目な顔になるが、それに気がついたロルガは反対に笑った。
「別に大した話じゃない。俺の上には五人の兄がいて、妾だったあの人はどうにかして俺を王にしようと考えただけだ。あの人はこの国の出身じゃない。大きいことは良いことだと心から信じていた。そういう文化を持っていたんだ。アパクランで生きる俺には迷惑なことだったがね。それを言い訳にヘソを曲げて、わがまま放題。結果、行き過ぎて親父の側室に手を出して、熊になったわけだ」
「いま、お母さんはどこに?」
「熊になって……ははっ、嘘だ。おそらく生家に戻されたんじゃないか。息子が罪人だからな。あの人にとってはその方が良い。この国の暮らしが合っていなかったから」
こういうときはどんな顔をすれば良いのだろう。庶民の自分には想像もつかない話は現実味がない。ただ気になったのは、ロルガの気持ちだった。
「それで……さみしい?」
「いいや。元々共に過ごす時間は短かった。代わりに乳母がいたし、使用人たちや指導役が周囲にいた。端的に言えば、俺とあの人は血のつながった他人と言うのが一番近い。皮肉なことだが、俺が罪人になり、王位継承権を剥奪されたことでお互いに自由になれた。おそらく今が一番幸せなはずだ。お互いに」
「……ルルも?」
「さて、どう見える?」
「質問に質問で答えるのはズルい」
思わず尖らせた唇をロルガの太い指がつまんだ。珍しく冷たい感触にハッとする。
「寒い?」
「いや。ナルシィが寒いなら薪を足すが、どうする?」
このままで、と首を横に振る。薪がはぜる音に会話を邪魔されるのが嫌だった。
「肉王子は肉が好き、というのは間違いで、肉ばかり食べさせられていた、が正解だ。四六時中食べ物を口に入れられる生活を続け、自分で食べ物を選んだのは、熊になってからだった。飢えを感じたのも、食べ物を探して彷徨ったのも、人のものを横取りするのも初めてで、楽しかったなぁ」
「それは、ちょっとひどいと思う」
「ははそうかもな。自分で料理してみてわかった。もしも、ナルシィが作ったものを誰かが盗んだのなら、俺は許せない」
「自分はとったくせに」
「そうだったな。あれも初めてのことだったし……それに、他人に決められた食事を美味いと思ったのも初めてだ」
急に語りを止めたロルガを振り返ると、真剣な顔でこちらを見ていた。そして、やっと自分がキッチンカウンターに置いたイモの話をされていると気がついた。
「そう、だったんだ……俺も、自分が作ったもの美味しいって言われるの初めてだった」
「どんな気分だった?」
「それは、嬉しい、よ」
「俺もだ。人のために料理をしたのも、美味しいと言われたのもナルシィ、お前だけだ」
自分だけ。そう言われるたびに、たくさんの人に囲まれて生きてきたロルガの中にも、自分の居場所があると感じられた。特別じゃない自分でも、ここにいて良いと信じたくなる。
「……楽しい時間だったな」
「え?」
急に、頭の芯が凍りつくようだった。
——楽しい時間 “だった”
急に突きつけられる過去形の言葉が、終わりを知らせる。どうして、と問う間も無くロルガが先を続けた。
「そろそろここを離れるときが来た。最近寒く感じていたのは、この家の魔法が切れかかっているせいだ。きっとこのままだと数週間で跡形もなくなってしまうだろう。ナルシィはどうする? 村に行けばきっと居場所はある。クォジャとトピアクを訪ねれば喜んで力になってくれるだろう」
「ロルガはどうするつもり?」
「伝説の猟師殿のおかげで元王子の死亡は確定するだろうから、追っ手が来る心配もない。名前を変え、どこか別のところで生きていく」
冗談めかして言うロルガに迷う様子はない。最近、何かを考え込んでいたのは、このことだったのだろう。俺にはなんの相談もなかったことが、気持ちを暗くさせる。
「それってさ、俺も……一緒に行っちゃだめか?」
口にした途端怖くなる。
ロルガは自分と離れたかったのではないか。頭によぎった疑問を否定するのは難しい。いっそ、答えようとするロルガの口を塞いでしまいたかった。
「いいぞ……ただし、条件がある」
この返事を聞けただけで、もう十分だった。ロルガと一緒にいるためなら、何でもできると思う。
伸びてきた右手が俺のあごをそっとすくった。ククッと喉が鳴る。
「いまロルガと俺を呼んだだろ。約束を覚えているか? 明日一緒にサウナに入れ。それが、条件だ」
背もたれに両腕を乗せたロルガは天井を見上げ、視線をさまよわせた。
「その、肉付きが良かったって……?」
「あぁ。熊として生きる間に余計な肉が落ちて筋肉が育ったが、昔はそのシャツがはち切れそうなほどだった」
「え、えぇ?」
シャツの両脇をつまんで横に広げてみると、自分の幅の倍以上は悠々ある。ロルガが着ていたときだって余裕があったのを思い出す。
「大きくあれ、そう母上が願ったからな」
感情のない顔でロルガは言った。
初めて聞く話に俺は真面目な顔になるが、それに気がついたロルガは反対に笑った。
「別に大した話じゃない。俺の上には五人の兄がいて、妾だったあの人はどうにかして俺を王にしようと考えただけだ。あの人はこの国の出身じゃない。大きいことは良いことだと心から信じていた。そういう文化を持っていたんだ。アパクランで生きる俺には迷惑なことだったがね。それを言い訳にヘソを曲げて、わがまま放題。結果、行き過ぎて親父の側室に手を出して、熊になったわけだ」
「いま、お母さんはどこに?」
「熊になって……ははっ、嘘だ。おそらく生家に戻されたんじゃないか。息子が罪人だからな。あの人にとってはその方が良い。この国の暮らしが合っていなかったから」
こういうときはどんな顔をすれば良いのだろう。庶民の自分には想像もつかない話は現実味がない。ただ気になったのは、ロルガの気持ちだった。
「それで……さみしい?」
「いいや。元々共に過ごす時間は短かった。代わりに乳母がいたし、使用人たちや指導役が周囲にいた。端的に言えば、俺とあの人は血のつながった他人と言うのが一番近い。皮肉なことだが、俺が罪人になり、王位継承権を剥奪されたことでお互いに自由になれた。おそらく今が一番幸せなはずだ。お互いに」
「……ルルも?」
「さて、どう見える?」
「質問に質問で答えるのはズルい」
思わず尖らせた唇をロルガの太い指がつまんだ。珍しく冷たい感触にハッとする。
「寒い?」
「いや。ナルシィが寒いなら薪を足すが、どうする?」
このままで、と首を横に振る。薪がはぜる音に会話を邪魔されるのが嫌だった。
「肉王子は肉が好き、というのは間違いで、肉ばかり食べさせられていた、が正解だ。四六時中食べ物を口に入れられる生活を続け、自分で食べ物を選んだのは、熊になってからだった。飢えを感じたのも、食べ物を探して彷徨ったのも、人のものを横取りするのも初めてで、楽しかったなぁ」
「それは、ちょっとひどいと思う」
「ははそうかもな。自分で料理してみてわかった。もしも、ナルシィが作ったものを誰かが盗んだのなら、俺は許せない」
「自分はとったくせに」
「そうだったな。あれも初めてのことだったし……それに、他人に決められた食事を美味いと思ったのも初めてだ」
急に語りを止めたロルガを振り返ると、真剣な顔でこちらを見ていた。そして、やっと自分がキッチンカウンターに置いたイモの話をされていると気がついた。
「そう、だったんだ……俺も、自分が作ったもの美味しいって言われるの初めてだった」
「どんな気分だった?」
「それは、嬉しい、よ」
「俺もだ。人のために料理をしたのも、美味しいと言われたのもナルシィ、お前だけだ」
自分だけ。そう言われるたびに、たくさんの人に囲まれて生きてきたロルガの中にも、自分の居場所があると感じられた。特別じゃない自分でも、ここにいて良いと信じたくなる。
「……楽しい時間だったな」
「え?」
急に、頭の芯が凍りつくようだった。
——楽しい時間 “だった”
急に突きつけられる過去形の言葉が、終わりを知らせる。どうして、と問う間も無くロルガが先を続けた。
「そろそろここを離れるときが来た。最近寒く感じていたのは、この家の魔法が切れかかっているせいだ。きっとこのままだと数週間で跡形もなくなってしまうだろう。ナルシィはどうする? 村に行けばきっと居場所はある。クォジャとトピアクを訪ねれば喜んで力になってくれるだろう」
「ロルガはどうするつもり?」
「伝説の猟師殿のおかげで元王子の死亡は確定するだろうから、追っ手が来る心配もない。名前を変え、どこか別のところで生きていく」
冗談めかして言うロルガに迷う様子はない。最近、何かを考え込んでいたのは、このことだったのだろう。俺にはなんの相談もなかったことが、気持ちを暗くさせる。
「それってさ、俺も……一緒に行っちゃだめか?」
口にした途端怖くなる。
ロルガは自分と離れたかったのではないか。頭によぎった疑問を否定するのは難しい。いっそ、答えようとするロルガの口を塞いでしまいたかった。
「いいぞ……ただし、条件がある」
この返事を聞けただけで、もう十分だった。ロルガと一緒にいるためなら、何でもできると思う。
伸びてきた右手が俺のあごをそっとすくった。ククッと喉が鳴る。
「いまロルガと俺を呼んだだろ。約束を覚えているか? 明日一緒にサウナに入れ。それが、条件だ」
14
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
魔王様が子供化したので勇者の俺が責任持って育てたらいつの間にか溺愛されてるみたい
カミヤルイ
BL
顔だけが取り柄の勇者の血を引くジェイミーは、民衆を苦しめていると噂の魔王の討伐を指示され、嫌々家を出た。
ジェイミーの住む村には実害が無い為、噂だけだろうと思っていた魔王は実在し、ジェイミーは為すすべなく倒れそうになる。しかし絶体絶命の瞬間、雷が魔王の身体を貫き、目の前で倒れた。
それでも剣でとどめを刺せない気弱なジェイミーは、魔王の森に来る途中に買った怪しい薬を魔王に使う。
……あれ?小さくなっちゃった!このまま放っておけないよ!
そんなわけで、魔王様が子供化したので子育てスキル0の勇者が連れて帰って育てることになりました。
でも、いろいろありながらも成長していく魔王はなんだかジェイミーへの態度がおかしくて……。
時々シリアスですが、ふわふわんなご都合設定のお話です。
こちらは2021年に創作したものを掲載しています。
初めてのファンタジーで右往左往していたので、設定が甘いですが、ご容赦ください
素敵な表紙は漫画家さんのミミさんにお願いしました。
@Nd1KsPcwB6l90ko
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる