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他の人から新たな一面を聞くと、もっと確かめたくなる
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「……肉王子?」
俺の呟きに二人は大きく頷いた。
「皮肉屋の肉好きで肉付きも良いから、肉王子、です」
トピアクさんは、肉、肉と繰り返しながら、頬を膨らませて両腕を浮かし、ヨタヨタとその場で足踏みをして見せる。
皮肉屋で肉好きまでは俺の知っているロルガだが、どう考えても、肉王子はイケメンマッチョな人間とは思えない。
呆気に取られる俺を見た二人はなぜかまた大きく頷く。
「そこいらの子どもだって知っていることですがの。世間のことなど気にもせず、山にこもって猟に励む……やっぱりそうでなきゃ伝説にはなれますまい」
「いやいや、親父、違うよ。ナルセ殿の心は清い。肉王子のような俗っぽい人間が信じられないんだろう。賞賛にも非難にも等しく皮肉を返し、あらゆる肉を愛する。食事も、閨も」
息子を相手にしゃべるクォジャさんは以前にも増して早口で、もちろんトピアクさんも負けてはいない。口を挟むのは諦め聞き役に徹していたが、聞きなれない言葉が引っかかった。
「……ネヤモ?」
首をひねるとクォジャさんが俺の呟きに反応した。目を細めるとズイズイ、と顔を突き出して覗き込んでくる。
「ナルセ殿は、どんなタイプがお好きで? スラリと手足の長い鹿か、尻を振るウサギか。まだお若いから、つれない小鳥を追い回すのも楽しかろ。ほ、ほ、ほ」
「こんなに日の高い時間から、いやらしい話をするねぇ、親父」
全く同じ顔でトピアクさんがひひひ、と笑う。好きな動物を聞かれていると思っていたが、違った。さては大人の話をしているな。
「せがれよ、ナルセ殿とお近づきになるにはピッタリの話題じゃないか。こんなに立派な男だ。将来は王族に仕えるかもしれんぞ。縁続きになれたら、我が家も安泰」
「それは俺も思っていたこと。うちの娘なんかちょうど良いじゃないか。強い男が好きだし……」
二人は本人を目の前に、隠すべき下心の話で盛り上がる。本当にアパクランの人々は望みを全部口にするのだなぁと感心してしまう。すでにこの家で元王子と暮らしているなんて言ったら大騒ぎになりそうだ。とにかく俺は猟師じゃないし、熊も殺していない。二人の野望は叶わないとやんわり伝えたいがどうしたものか。
様子を伺っていると、急にトピアクさんがこちらを向いた。
「……ナルセ殿、十五の娘はどうですか? お好みでしたら連れてきます」
「じゅ、十五の娘。十五歳……?! そんなのダメですよ。絶対にダメ」
激しく首を振る。未成年を相手にするなんて絶対に考えられない。というか、自分が誰かとどうにかなること自体考えられなかった。キスはおろか、付き合ったこともない。俺は童貞のまま生涯を終えると確信している。
「ほう……同年代の女がダメとなると、年上の男がお好きですか。二十五、六くらいか。誰かいたかな……」
クォジャさんの言葉にロルガの顔が浮かび、勘違いした心臓がドキッと大きな音をたてた。
いや、そもそもタイプなんて考えたことないし、ロルガは年上じゃないし、ロルガは俺をそんな対象として考えてないし……。
もんもんと考えていたら、窓をコツコツと叩かれた。顔をあげると二人が頭を下げる。
「ナルセ殿、また参ります」
「良い男を見繕ってきますゆえ、お楽しみに」
「え、あ、ちがっ、男は、男は大丈夫ですから……!」
あわてて叫ぶが、張り切った二人の背中に届いた気配はない。
「俺は二十八歳です。あと猟師じゃないです」
一人になったところで言えなかった言葉を口にしてみた。
十五歳の娘さんを同年代と言うなんて、俺のことを何歳だと思っているのだろう。こんなに頼りない体つきなのに猟師と勘違いするのもどうかしている。あと、男が好きではない。……違うよな?
クォジャさん、トピアクさんと順番に思い出してみても特別何かを感じることはない。よくしゃべるなぁと思うくらいだ。男らしい体つきを立派だとは思うが、ロルガの方がかっこいい。
「なんだそれは。自己紹介にしてはおかしい」
背後から聞こえた声に俺の肩は大袈裟に跳ねた。振り返ると、ロルガは食糧庫のドアに寄りかかってこちらを見ている。
「いるなら、いるって言ってよ」
全てを見透かすような視線を振り切り、窓を閉める。独り言を聞かれたせいで、頭の中まで覗き見されたような気分だった。ドギマギしながら振り返るとすぐそばにロルガがいて水の入った椀を差し出してきた。
「クォジャとトピアクから面白い話は聞けたか? 俺も聞きたいものだ」
「白々しい! どうせ全部聞いてたくせに」
「全部じゃない。お前が「男は大丈夫だ」と叫ぶのはよく聞こえたがな。そんなに男が欲しいのか」
「ちがうって! いらないって意味だから」
慌てる俺を見てロルガは笑うが、どこか気の抜けた表情を浮かべていた。
「疲れてる?」
「いいや。それはお前だろう」
「そうかな」
視線で促され、水を飲み干した。ロルガは空っぽになった椀を回収し片付けると、ソファに座った。静かに暖炉の火を見つめる横顔は疲れているような、何かを諦めたような、見たことのない表情を浮かべている。
「ロルガ、なに考えてる?」
俺の声に口の端を片方だけあげた。
「お前がいつ肉王子について聞いてくるかと考えていた」
「じゃあ、いま聞く。肉王子って呼ばれてたの?」
「あぁ、詳しく話してやるからこっちへ来い」
偉そうに手招きするロルガはいつも通りのようだったが、きっと違う。本当は何を考えていたのか、教えてくれるまで今日は寝ない。そう決めた。
俺の呟きに二人は大きく頷いた。
「皮肉屋の肉好きで肉付きも良いから、肉王子、です」
トピアクさんは、肉、肉と繰り返しながら、頬を膨らませて両腕を浮かし、ヨタヨタとその場で足踏みをして見せる。
皮肉屋で肉好きまでは俺の知っているロルガだが、どう考えても、肉王子はイケメンマッチョな人間とは思えない。
呆気に取られる俺を見た二人はなぜかまた大きく頷く。
「そこいらの子どもだって知っていることですがの。世間のことなど気にもせず、山にこもって猟に励む……やっぱりそうでなきゃ伝説にはなれますまい」
「いやいや、親父、違うよ。ナルセ殿の心は清い。肉王子のような俗っぽい人間が信じられないんだろう。賞賛にも非難にも等しく皮肉を返し、あらゆる肉を愛する。食事も、閨も」
息子を相手にしゃべるクォジャさんは以前にも増して早口で、もちろんトピアクさんも負けてはいない。口を挟むのは諦め聞き役に徹していたが、聞きなれない言葉が引っかかった。
「……ネヤモ?」
首をひねるとクォジャさんが俺の呟きに反応した。目を細めるとズイズイ、と顔を突き出して覗き込んでくる。
「ナルセ殿は、どんなタイプがお好きで? スラリと手足の長い鹿か、尻を振るウサギか。まだお若いから、つれない小鳥を追い回すのも楽しかろ。ほ、ほ、ほ」
「こんなに日の高い時間から、いやらしい話をするねぇ、親父」
全く同じ顔でトピアクさんがひひひ、と笑う。好きな動物を聞かれていると思っていたが、違った。さては大人の話をしているな。
「せがれよ、ナルセ殿とお近づきになるにはピッタリの話題じゃないか。こんなに立派な男だ。将来は王族に仕えるかもしれんぞ。縁続きになれたら、我が家も安泰」
「それは俺も思っていたこと。うちの娘なんかちょうど良いじゃないか。強い男が好きだし……」
二人は本人を目の前に、隠すべき下心の話で盛り上がる。本当にアパクランの人々は望みを全部口にするのだなぁと感心してしまう。すでにこの家で元王子と暮らしているなんて言ったら大騒ぎになりそうだ。とにかく俺は猟師じゃないし、熊も殺していない。二人の野望は叶わないとやんわり伝えたいがどうしたものか。
様子を伺っていると、急にトピアクさんがこちらを向いた。
「……ナルセ殿、十五の娘はどうですか? お好みでしたら連れてきます」
「じゅ、十五の娘。十五歳……?! そんなのダメですよ。絶対にダメ」
激しく首を振る。未成年を相手にするなんて絶対に考えられない。というか、自分が誰かとどうにかなること自体考えられなかった。キスはおろか、付き合ったこともない。俺は童貞のまま生涯を終えると確信している。
「ほう……同年代の女がダメとなると、年上の男がお好きですか。二十五、六くらいか。誰かいたかな……」
クォジャさんの言葉にロルガの顔が浮かび、勘違いした心臓がドキッと大きな音をたてた。
いや、そもそもタイプなんて考えたことないし、ロルガは年上じゃないし、ロルガは俺をそんな対象として考えてないし……。
もんもんと考えていたら、窓をコツコツと叩かれた。顔をあげると二人が頭を下げる。
「ナルセ殿、また参ります」
「良い男を見繕ってきますゆえ、お楽しみに」
「え、あ、ちがっ、男は、男は大丈夫ですから……!」
あわてて叫ぶが、張り切った二人の背中に届いた気配はない。
「俺は二十八歳です。あと猟師じゃないです」
一人になったところで言えなかった言葉を口にしてみた。
十五歳の娘さんを同年代と言うなんて、俺のことを何歳だと思っているのだろう。こんなに頼りない体つきなのに猟師と勘違いするのもどうかしている。あと、男が好きではない。……違うよな?
クォジャさん、トピアクさんと順番に思い出してみても特別何かを感じることはない。よくしゃべるなぁと思うくらいだ。男らしい体つきを立派だとは思うが、ロルガの方がかっこいい。
「なんだそれは。自己紹介にしてはおかしい」
背後から聞こえた声に俺の肩は大袈裟に跳ねた。振り返ると、ロルガは食糧庫のドアに寄りかかってこちらを見ている。
「いるなら、いるって言ってよ」
全てを見透かすような視線を振り切り、窓を閉める。独り言を聞かれたせいで、頭の中まで覗き見されたような気分だった。ドギマギしながら振り返るとすぐそばにロルガがいて水の入った椀を差し出してきた。
「クォジャとトピアクから面白い話は聞けたか? 俺も聞きたいものだ」
「白々しい! どうせ全部聞いてたくせに」
「全部じゃない。お前が「男は大丈夫だ」と叫ぶのはよく聞こえたがな。そんなに男が欲しいのか」
「ちがうって! いらないって意味だから」
慌てる俺を見てロルガは笑うが、どこか気の抜けた表情を浮かべていた。
「疲れてる?」
「いいや。それはお前だろう」
「そうかな」
視線で促され、水を飲み干した。ロルガは空っぽになった椀を回収し片付けると、ソファに座った。静かに暖炉の火を見つめる横顔は疲れているような、何かを諦めたような、見たことのない表情を浮かべている。
「ロルガ、なに考えてる?」
俺の声に口の端を片方だけあげた。
「お前がいつ肉王子について聞いてくるかと考えていた」
「じゃあ、いま聞く。肉王子って呼ばれてたの?」
「あぁ、詳しく話してやるからこっちへ来い」
偉そうに手招きするロルガはいつも通りのようだったが、きっと違う。本当は何を考えていたのか、教えてくれるまで今日は寝ない。そう決めた。
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