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聞き役に徹したら、新たな悪事を知る

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 どうやって誤魔化そうかと慌てている俺を見ながら、あああ、とクォジャさんは興奮し始めた。
「あの熊。まさか、ナルセ殿、仕留めましたか?! 急に現れたと思ったら、村を荒らして、最近とんと見なくなってね。どうしたもんかと思ったら、そうか、そうですか! ナルセ殿のお手柄でしたか! あれはいい毛皮だったもんねぇ。でっぷり太って、ツヤツヤで。敷物にしましたか? ベッドに敷いたらよく眠れそうだ。すごいね、あの巨体を仕留めるなんて。あぁ、すごい。こんなところに一人で小屋を建てて住むだけありますな! 腕に自信がなけりゃ、そうはいかない。すごい! 何を使って猟をしなさる? いや、それは秘密ですな。わかってますって。いや、そういうもんですな。このじじいはすぐ聞きたがるからいかんのよね」
 俺はいつのまにか、暴れん坊の熊を仕留めた孤独な猟師ということになってしまった。急に現れた、毛艶の良い、よく眠れそうな毛皮を持った熊ということで、どうもロルガの話をしているらしい。クォジャさんの話の中に気になる一言があった。
「……村を荒らした?」
 クォジャさんは「聞きたがりはいかん」と自分に言い聞かせていたが、俺がつぶやくと、「そう!」と大きく頷いた。
「あのデカ——村ではそう熊のことを呼んでてね、でっかい体で窓も扉も壊していくんで困って困って。出来立てのスープを鍋ごと盗んだり、肉のローストをかたまりで盗んだりとやけに舌の肥えた不思議なヤツでしたな。まぁ、怪我人はゼロなのが不幸中の幸い。うちのせがれも鉢合わせましたが無事でしたから。でもこれからも人を襲わないとは限らない。この辺りは熊が出ないから安心して住めると思っていたから村の人間たちは困ってたんです。いやぁ、ナルセ殿のおかげでホッとしました。ホッとね。こりゃ、早く村の人らに知らせにゃ。では、ここいらで失礼します。ナルセ殿、最強の猟師殿、お会いできて嬉しく思います。またすぐにお話に参りますので、ではではでは……」
「あ、はい、こちらこそ」
 手を振るクォジャさんに頭を下げる。見送りながら、どうやって誤解を解こうと思っているとドアの開く音がした。振り返るとロルガが食糧庫から出てくるところだった。
「ルル!」
「どうした?」
 キッチンカウンターで水をゴクゴクと飲むロルガを見て、自分も喉が渇いていることに気がついた。ほとんど聞いているだけだったが、ここに来て初めてロルガ以外の人間に会ったから緊張したのかもしれない。ロルガの隣に行くと、椀に水をくんで渡してくれた。
 口に出していない欲求を見抜かれ先回りされるのは少し照れくさい。
 気がつけば、そういうささやかな気づかいが増えた気がする。
「ありがと」
 ロルガの体にあの震えは来ない。本当にもう魔法は解けたのだと思った。
 水をゆっくりと飲み干す。
 目をつぶってダイニングテーブルに寄りかかっていたロルガに話しかけた。
「ルル、やっぱり泥棒してるね? 鍋にいっぱいのスープにロースト肉のかたまり」
 ロルガはゆっくりと目を開き俺に視線をやると、太々しい笑みを浮かべた。
「村のやつと話したな?」
 少しは慌てるかと思ったが、そんな様子は一切ない。頷きながら俺が窓に視線をやると、ロルガは眉をひそめ、すぐに閉めに行った。きっちりと鍵までかける。
「開いてると、誰か入ってきても文句が言えないからな」
「そんな隙間から?」
「俺は無理だが、ナルシィくらいの体格のやつならできるだろ」
「いくらなんでも、ドアがあるんだし……」
「そんなお行儀の良いやつだと思ったか? 相手の迷惑を考えて行動をやめるような?」
 クォジャさんの相槌さえ挟む隙のない喋りを思い出す。迷惑、とまでは思わなかったが押しが強いのは確かだ。
「ありえる、かも……?」
「そういうことだ」
「村の人は熊が暴れて困ってたってよ? おしゃべりなおじさんが教えてくれた」
「まだ力の加減がうまくいかなかった頃の話だ。家に入るときにうっかりドアの一つや二つ壊したかもな。わざとじゃない。飯を盗んだ件はぼんやりしてる奴が悪い。生のイモのまずさにうんざりしていたら、良い匂いがしてきた。手が届くところにあれば、食べたいと思うのが当然だろう」
 ちっとも悪びれない様子に、そうだったと思い出す。ここはアパクラン。欲しいと思えば人の皿からも迷わず食べ物をとる文化なことをすっかり忘れていた。そういえば、ロルガと結んだお互いの皿から食べ物を盗らないという約束は今も守られていることに気がつく。
「なんだ、嬉しそうだな。そんなに俺以外と話すのが楽しかったか」
「いや、これは違くて……」
「じゃあ、なんだ?」
 ロルガが俺との約束を守ってくれているのが嬉しい、とはさすがに言えない。鋭くなっていくロルガの視線に少々おびえながら、嵐のようなクォジャさんとのやり取りを思い出す。
「すごい勢いで話すから、びっくりした。楽しいなんて思う暇もなく話が進んでいくし、俺のこと伝説の猟師だと誤解したみたい。ひとりで熊を倒してすごいって。勘違いなのに、違うって言えなかった。ちゃんと自分の意見が言えるようになったと思ってたのに……ルルが相手のときだけしかできないのかな」
 俺は結局変わっていない自分にがっかりしていたのだが、話を聞いていたロルガがクク、と喉を鳴らした。
「俺のときだけか」
 チラリと横目で俺を見るロルガは自信に満ちた表情をしている。やっと、いつも通りになった気がした。
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