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薪がはぜる音に心が騒ぐと、口をすべらせる
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暖炉にくべる薪の量が増えた。
パチン、と唐突に上がる大きな音に俺の肩が跳ねる。
以前より頻繁にはぜるのは、十分に乾燥していない薪を使っているからと聞いたばかりなのに、やっぱり落ち着かない。
「ルル、それって——」
「大丈夫だ」
俺の言葉を遮るロルガの声は優しいのに、それ以上は何も言わせてくれない。
用意してあった薪が足りないのか。
俺が部屋が寒いと言ったせいか。
新しく切り出しているのか。
節約したほうがよいのではないか。
俺はたくさんの疑問を飲み込む。
俺の心配をよそに、ロルガは以前にも増して燻製小屋に火を入れる。
「イフュムスをしよう」と改まって誘われることはなくなり、当然のこととして準備を進める。
「俺が先に入る。ナルシィは寝てても良い。起こしてやる」
今日もそう言って食糧庫へ入って行った。引き戸の開閉音を確認して、俺は思わずため息をつく。
こんなロルガを見るのは初めてだった。
目が合えば俺をからかい、楽しそうに料理をしては、そんなに食べられないと言う俺の抗議を無視して皿にたっぷり盛り付けようとする。いつも通りのはずなのに、違う。普段の自分を演じているような不自然さが漂っていた。
ロルガは何かを思い詰めている。
わかるのはそれだけで、俺は何もできない。
一人になってものんびりと座っている気持ちにはなれず、窓のそばへ行き外を見た。
真っ白だった景色は打って変わり、若葉色に覆われている。賑やかな小鳥の声が聞こえるし、どんよりと曇る日もほとんどない。心が弾む季節がやってきたのに、俺の心は沈んだままだ。
「はぁ」
前のように踊る気にもならないので、窓枠にひじをついてぼんやりと日光浴をする。じわじわと温まっていくのが気持ち良い。立っているから、かろうじて眠っていない状態だった。
カツン、とすぐそばで音がして弾かれたよう体を起こすと、目の前に人がいた。指先で窓を叩いていた。もちろん知らない人だ。日に焼けた六十過ぎのはつらつとした男性で、ウエーブがかったグレイヘアを一つに束ねている。俺をじっと見る瞳は焦茶色をしていた。窓越しなのに目線の高さが変わらないから、ずいぶん背が高そうだ。
「ひゃ……」
ひきつった俺の顔にあわてて笑って見せる。盛んに自分の後ろを指して手を振って見せる。その動作に思い出す。数日前に見た人影はこの人じゃないだろうか。ガウンに似たベージュのコートを着て、胸元からは毛皮が顔を出す。左右を重ねた合わせをウエストの赤いベルトがきっちり止めている。その鮮やかな色に見覚えがあった。
「あ、ちょっと、待って……」
慌てて窓を開けようとするが、初めてのことなので勝手がわからない。童話に出てくるような十字に区切られた木製の窓を気に入っていたが、開けようなんて一度も思ったことがなかった。男性の助けでやっと鍵を見つける。十字の真ん中にある出っ張りがネジになっていて、回すと引き出すことができた。すると男性が外から器用に窓を開ける。四つに区切られた下二つの部分がスライドして上がる仕組みだった。ヒュ、と吹き込んでくる風はひんやりと冷たい。シャツを着ていて良かった、とホッとする。下半身を隠すように窓枠に体を押し付けた。
「あ、ありがと——」
「いやあ、ごきげんよう。いい天気だね。ずっと訪ねてみたいと思ってたんだ。雪の中にポツンと何かが見える気がしたが、誰かが越してくると言う話は聞いてなかったし、大雪の中を探して、見間違いでしたなんて嫌だからね。雪がなくなるを待ってたんだ。でもそうするとまた草を刈ったり、鳥の世話をしたりとやることができるだろ。なかなか来られなかった。いやぁ、黒い瞳に黒い髪、可愛い顔をしている。お前さん名前は何と言うのかな。いや私が先に名乗ろうか。クォジャ、空を飛ぶ鳥の名前だ。いまじゃこんなノロマのジジイになってしまったが、その昔はビュンビュン素早くて、誰も追いつけないまま駆け抜けて、気がつけば一人だ。いい女はみんな友達のものになってたがカミさんが待っててくれて、しょうがないわねってんでどうにかなったんだよ。いやぁ、人生なにがおきるかわからんってね……」
クォジャと名乗る男性はしゃがれた声で話し続けた。
ははははと笑い、やっと話が途切れたので、俺はやっと口を開く。
「あの、ナルセと申し——」
「ナルセ!ナルセ、ナ、ル、セ! いやいや、失敬。こうして繰り返さないとすぐ忘れてしまうからな。いい響きだ。ナルセ、ナルセ、ナルセ。おっと、呼び捨てだなんていかんな。ナルセ殿。どうぞ、よろしく。はて、ナルセ殿、何をしているのか聞いたかな? まだか。村から離れたところにポツンと建てた家で暮らすということは……農家にしちゃ畑がないし、家畜もいない。ん~、ん~、ん! 手先が器用そうだから木工細工か。あとはそうだな、猟師だな。そうか、そうか、そういうことか。だからか。この辺りに大物がいるという噂でも聞きなさったか。ふむ。これは助かる。これからどうなることかと心配していたところなので。しかし、寂しくありませんかな? ここにはお一人で住んでいるのかな? なぜここに来られたのかな?」
否定も肯定もできないままどんどん進む話を聞いているだけで精一杯だったが、急にクォジャさんは黙って俺をじろりと見た。
「あ、く、熊がですね、その」
口にした瞬間、あ、と思うがもう遅い。俺を見る焦茶色の瞳がきらりと光る。
「熊、ですとな!」
罪を犯したから熊に変えられた、とロルガの言葉が蘇る。どうしよう、これ話したらまずいやつ?!
パチン、と唐突に上がる大きな音に俺の肩が跳ねる。
以前より頻繁にはぜるのは、十分に乾燥していない薪を使っているからと聞いたばかりなのに、やっぱり落ち着かない。
「ルル、それって——」
「大丈夫だ」
俺の言葉を遮るロルガの声は優しいのに、それ以上は何も言わせてくれない。
用意してあった薪が足りないのか。
俺が部屋が寒いと言ったせいか。
新しく切り出しているのか。
節約したほうがよいのではないか。
俺はたくさんの疑問を飲み込む。
俺の心配をよそに、ロルガは以前にも増して燻製小屋に火を入れる。
「イフュムスをしよう」と改まって誘われることはなくなり、当然のこととして準備を進める。
「俺が先に入る。ナルシィは寝てても良い。起こしてやる」
今日もそう言って食糧庫へ入って行った。引き戸の開閉音を確認して、俺は思わずため息をつく。
こんなロルガを見るのは初めてだった。
目が合えば俺をからかい、楽しそうに料理をしては、そんなに食べられないと言う俺の抗議を無視して皿にたっぷり盛り付けようとする。いつも通りのはずなのに、違う。普段の自分を演じているような不自然さが漂っていた。
ロルガは何かを思い詰めている。
わかるのはそれだけで、俺は何もできない。
一人になってものんびりと座っている気持ちにはなれず、窓のそばへ行き外を見た。
真っ白だった景色は打って変わり、若葉色に覆われている。賑やかな小鳥の声が聞こえるし、どんよりと曇る日もほとんどない。心が弾む季節がやってきたのに、俺の心は沈んだままだ。
「はぁ」
前のように踊る気にもならないので、窓枠にひじをついてぼんやりと日光浴をする。じわじわと温まっていくのが気持ち良い。立っているから、かろうじて眠っていない状態だった。
カツン、とすぐそばで音がして弾かれたよう体を起こすと、目の前に人がいた。指先で窓を叩いていた。もちろん知らない人だ。日に焼けた六十過ぎのはつらつとした男性で、ウエーブがかったグレイヘアを一つに束ねている。俺をじっと見る瞳は焦茶色をしていた。窓越しなのに目線の高さが変わらないから、ずいぶん背が高そうだ。
「ひゃ……」
ひきつった俺の顔にあわてて笑って見せる。盛んに自分の後ろを指して手を振って見せる。その動作に思い出す。数日前に見た人影はこの人じゃないだろうか。ガウンに似たベージュのコートを着て、胸元からは毛皮が顔を出す。左右を重ねた合わせをウエストの赤いベルトがきっちり止めている。その鮮やかな色に見覚えがあった。
「あ、ちょっと、待って……」
慌てて窓を開けようとするが、初めてのことなので勝手がわからない。童話に出てくるような十字に区切られた木製の窓を気に入っていたが、開けようなんて一度も思ったことがなかった。男性の助けでやっと鍵を見つける。十字の真ん中にある出っ張りがネジになっていて、回すと引き出すことができた。すると男性が外から器用に窓を開ける。四つに区切られた下二つの部分がスライドして上がる仕組みだった。ヒュ、と吹き込んでくる風はひんやりと冷たい。シャツを着ていて良かった、とホッとする。下半身を隠すように窓枠に体を押し付けた。
「あ、ありがと——」
「いやあ、ごきげんよう。いい天気だね。ずっと訪ねてみたいと思ってたんだ。雪の中にポツンと何かが見える気がしたが、誰かが越してくると言う話は聞いてなかったし、大雪の中を探して、見間違いでしたなんて嫌だからね。雪がなくなるを待ってたんだ。でもそうするとまた草を刈ったり、鳥の世話をしたりとやることができるだろ。なかなか来られなかった。いやぁ、黒い瞳に黒い髪、可愛い顔をしている。お前さん名前は何と言うのかな。いや私が先に名乗ろうか。クォジャ、空を飛ぶ鳥の名前だ。いまじゃこんなノロマのジジイになってしまったが、その昔はビュンビュン素早くて、誰も追いつけないまま駆け抜けて、気がつけば一人だ。いい女はみんな友達のものになってたがカミさんが待っててくれて、しょうがないわねってんでどうにかなったんだよ。いやぁ、人生なにがおきるかわからんってね……」
クォジャと名乗る男性はしゃがれた声で話し続けた。
ははははと笑い、やっと話が途切れたので、俺はやっと口を開く。
「あの、ナルセと申し——」
「ナルセ!ナルセ、ナ、ル、セ! いやいや、失敬。こうして繰り返さないとすぐ忘れてしまうからな。いい響きだ。ナルセ、ナルセ、ナルセ。おっと、呼び捨てだなんていかんな。ナルセ殿。どうぞ、よろしく。はて、ナルセ殿、何をしているのか聞いたかな? まだか。村から離れたところにポツンと建てた家で暮らすということは……農家にしちゃ畑がないし、家畜もいない。ん~、ん~、ん! 手先が器用そうだから木工細工か。あとはそうだな、猟師だな。そうか、そうか、そういうことか。だからか。この辺りに大物がいるという噂でも聞きなさったか。ふむ。これは助かる。これからどうなることかと心配していたところなので。しかし、寂しくありませんかな? ここにはお一人で住んでいるのかな? なぜここに来られたのかな?」
否定も肯定もできないままどんどん進む話を聞いているだけで精一杯だったが、急にクォジャさんは黙って俺をじろりと見た。
「あ、く、熊がですね、その」
口にした瞬間、あ、と思うがもう遅い。俺を見る焦茶色の瞳がきらりと光る。
「熊、ですとな!」
罪を犯したから熊に変えられた、とロルガの言葉が蘇る。どうしよう、これ話したらまずいやつ?!
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