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少し離れてから、隣に並ぶ
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しばしの開放感にひたり、気持ちを整理する。
といってもロルガの裸を見るのは恥ずかしいし、自分の裸を見せるのも恥ずかしいという気持ちに変化はない。言いたいことは言ったし、もうなるようにしかならないと、片付けを終わらせ、ソファに寝転がった。
パンを焼いたあと特有の香ばしい匂いが漂う空間が好きだ。鼻はすぐに匂いに慣れてしまうから、あっという間にわからなくなってしまうが、こうしてソファに顔を埋めて呼吸するとリセットされるようで、顔を上げると再び感じることができる。
二人で座るとぎゅうぎゅうなソファも一人で寝転がれば余裕があった。
満腹も手伝ってウトウトしかけて気がつく。
ロルガ、まだトイレにいる……?
こういうとき、時計のない生活は不便だと思う。体内時計をあてにできるほど俺は体の感覚が優れていない。反対にロルガは熊生活があったせいか、自分の中にリズムがはっきり存在し、朝の目覚めは早く、夜もベッドに横になるとすぐに眠る。体も丈夫なのだろう。一度も具合が悪そうなところを見たことがないが、あまりに帰りが遅いので気になった。
トイレのドアを軽くノックしてみるが反応はない。
「ロルガー? 大丈夫?」
少しだけ声を張り上げる。聞こえるはずだが、やっぱり反応はない。ドアに耳をつけたところで中の様子はわからず、もう一度ドアをノックし同じように声をかけてみるしかできない。
「ロルガ? 大丈夫? お腹痛い? 違うならいいんだけど…………他の具合が悪い?」
漠然とした思いつきだったが、急に倒れているロルガの姿が頭に浮かび、激しい胸騒ぎに襲われる。
「ねー、ロルガー? もしかして返事がないのは聞こえてないから? 倒れたらさすがに音がするか。いや、でも座ったままだったらしない? 寝てる? いや大人が急に寝ないか。じゃあ、やっぱり具合悪い?! え、どうしよう。ドア壊す? 手で? うわ、硬い。結構痛い。あぁ~もし倒れてたらお尻出てるかも。ごめんロルガ。勝手に見て——」
トン、とドア越しに何かが当たり、その向こうで馴染みのある笑い声がした。
「おい! びっくりしたんだけど。聞こえてるなら返事ぐらいしろって。ロルガ?」
また自分はからかわれている。頭をよぎった嫌な想像に不安を感じていた分ムッとして、八つ当たりのようにドン、ドン、と連続してドアを叩くが、やっぱりロルガからの返事はない。
「なんなの?!」
声を出したら喉が渇いた。ロルがからの返答は諦め、キッチンへ向かう。木の椀に水を汲みながらふと感じた欲求に顔をしかめた。
もしかして、これが狙いか?
自分のことは棚に上げ、トイレに立てこもったロルガを卑怯もの、と心でなじる。再びトイレの前に戻って、扉を叩いた。
「ロルガ? 不満があるのはわかったからさ、出てきて。話をしよう」
木の扉を見つめても、なにも変わらない。
返事がないのは、どうしようもなく寂しい。ここに来たばかりの日々にその苦しさを嫌というほど刻まれた。限界が迫り来る生理的な欲求より、それに耐えられなくなる。
「なぁ、頼むよ。出てきて…………聞こえてるんだろ?」
なにがいけない? たりない? どうすればロルガの気持ちが動くのか。もしも自分なら、と考えてやっと思いつく。あれ以来、ずっと口にしていない言葉がある。
「頼むから出てきて。……ルル」
カチリ、とドアノブが回る音がしてドアが開く。
隙間から覗く緑の瞳が嬉しそうに輝いていた。
ソファに並んで座る。
先に口を開いたのはロルガだった。
「……心配させるつもりはなかった」
「うん」
神妙な声を出しながら、そこでごめんとか謝罪の言葉がないのがロルガらしいなと笑ってしまった。わずかに空気が漏れただけだったが、ロルガには伝わったらしい。体を押し付けられ、その重みに俺は傾いた。相手が大きな犬だったら、甘えているのかと抱き止めて撫でてやるのだが、ロルガを相手には何をするべきかわからない。
「サウナが嫌なわけではないだろう?」
「うん」
「俺と話すのが嫌か?」
「嫌じゃない」
「……わかった。別々に入るのでも良い」
ホッとしたところで「ただし」と言葉が追加された。
「これから先、俺のことをロルガと呼んだら一緒に入ってもらうからな。わかったか、ナルシィ?」
あのとき怒りに任せ、ロルガに恥ずかしい思いをさせようとかわいすぎる名前にしたことを悔やむ。俺の狙いは大外れでロルガは「ルル」の響きを気に入り、呼ぶ俺だけが恥ずかしくてたまらない。
「う……はい、わかりました」
「わかったか、ナルシィ?」
俺を覗き込むロルガが望む通りにしなければ、きっとこのやりとりは永久に続く。過去の自分を少しだけ恨みながら俺は頷いた。
「わかった、ルル」
暖炉の炎に満面の笑みが照らされる。生まれながらの支配者と駆け引きなんかしてはいけない。
といってもロルガの裸を見るのは恥ずかしいし、自分の裸を見せるのも恥ずかしいという気持ちに変化はない。言いたいことは言ったし、もうなるようにしかならないと、片付けを終わらせ、ソファに寝転がった。
パンを焼いたあと特有の香ばしい匂いが漂う空間が好きだ。鼻はすぐに匂いに慣れてしまうから、あっという間にわからなくなってしまうが、こうしてソファに顔を埋めて呼吸するとリセットされるようで、顔を上げると再び感じることができる。
二人で座るとぎゅうぎゅうなソファも一人で寝転がれば余裕があった。
満腹も手伝ってウトウトしかけて気がつく。
ロルガ、まだトイレにいる……?
こういうとき、時計のない生活は不便だと思う。体内時計をあてにできるほど俺は体の感覚が優れていない。反対にロルガは熊生活があったせいか、自分の中にリズムがはっきり存在し、朝の目覚めは早く、夜もベッドに横になるとすぐに眠る。体も丈夫なのだろう。一度も具合が悪そうなところを見たことがないが、あまりに帰りが遅いので気になった。
トイレのドアを軽くノックしてみるが反応はない。
「ロルガー? 大丈夫?」
少しだけ声を張り上げる。聞こえるはずだが、やっぱり反応はない。ドアに耳をつけたところで中の様子はわからず、もう一度ドアをノックし同じように声をかけてみるしかできない。
「ロルガ? 大丈夫? お腹痛い? 違うならいいんだけど…………他の具合が悪い?」
漠然とした思いつきだったが、急に倒れているロルガの姿が頭に浮かび、激しい胸騒ぎに襲われる。
「ねー、ロルガー? もしかして返事がないのは聞こえてないから? 倒れたらさすがに音がするか。いや、でも座ったままだったらしない? 寝てる? いや大人が急に寝ないか。じゃあ、やっぱり具合悪い?! え、どうしよう。ドア壊す? 手で? うわ、硬い。結構痛い。あぁ~もし倒れてたらお尻出てるかも。ごめんロルガ。勝手に見て——」
トン、とドア越しに何かが当たり、その向こうで馴染みのある笑い声がした。
「おい! びっくりしたんだけど。聞こえてるなら返事ぐらいしろって。ロルガ?」
また自分はからかわれている。頭をよぎった嫌な想像に不安を感じていた分ムッとして、八つ当たりのようにドン、ドン、と連続してドアを叩くが、やっぱりロルガからの返事はない。
「なんなの?!」
声を出したら喉が渇いた。ロルがからの返答は諦め、キッチンへ向かう。木の椀に水を汲みながらふと感じた欲求に顔をしかめた。
もしかして、これが狙いか?
自分のことは棚に上げ、トイレに立てこもったロルガを卑怯もの、と心でなじる。再びトイレの前に戻って、扉を叩いた。
「ロルガ? 不満があるのはわかったからさ、出てきて。話をしよう」
木の扉を見つめても、なにも変わらない。
返事がないのは、どうしようもなく寂しい。ここに来たばかりの日々にその苦しさを嫌というほど刻まれた。限界が迫り来る生理的な欲求より、それに耐えられなくなる。
「なぁ、頼むよ。出てきて…………聞こえてるんだろ?」
なにがいけない? たりない? どうすればロルガの気持ちが動くのか。もしも自分なら、と考えてやっと思いつく。あれ以来、ずっと口にしていない言葉がある。
「頼むから出てきて。……ルル」
カチリ、とドアノブが回る音がしてドアが開く。
隙間から覗く緑の瞳が嬉しそうに輝いていた。
ソファに並んで座る。
先に口を開いたのはロルガだった。
「……心配させるつもりはなかった」
「うん」
神妙な声を出しながら、そこでごめんとか謝罪の言葉がないのがロルガらしいなと笑ってしまった。わずかに空気が漏れただけだったが、ロルガには伝わったらしい。体を押し付けられ、その重みに俺は傾いた。相手が大きな犬だったら、甘えているのかと抱き止めて撫でてやるのだが、ロルガを相手には何をするべきかわからない。
「サウナが嫌なわけではないだろう?」
「うん」
「俺と話すのが嫌か?」
「嫌じゃない」
「……わかった。別々に入るのでも良い」
ホッとしたところで「ただし」と言葉が追加された。
「これから先、俺のことをロルガと呼んだら一緒に入ってもらうからな。わかったか、ナルシィ?」
あのとき怒りに任せ、ロルガに恥ずかしい思いをさせようとかわいすぎる名前にしたことを悔やむ。俺の狙いは大外れでロルガは「ルル」の響きを気に入り、呼ぶ俺だけが恥ずかしくてたまらない。
「う……はい、わかりました」
「わかったか、ナルシィ?」
俺を覗き込むロルガが望む通りにしなければ、きっとこのやりとりは永久に続く。過去の自分を少しだけ恨みながら俺は頷いた。
「わかった、ルル」
暖炉の炎に満面の笑みが照らされる。生まれながらの支配者と駆け引きなんかしてはいけない。
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