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朝食を食べたら、もう逃げられなくなる

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 とろり、と溶けたチーズが糸を引く。
 猫舌の俺はやけどをしないようにと木の匙ですくった粥に息を吹きかけるが、結局冷めるのが待ちきれずに口をつける。
「あ、ち」
 ダイニングテーブルを挟んで向かい側に座るロルガの視線を感じるが、目は合わせずに「おいしい」と小声で呟いた。
「そうか」
 素っ気ない一言が返ってくるが、その響きは柔らかい。
 今日の朝食、雑穀のチーズ粥は、ロルガが作った。雑穀をよく洗い、しばらく浸水してから、じっくりと煮込まなければこの柔らかな仕上がりにはならない。しかも、粘りが出てくると焦げ付きやすいので、暖炉の火にかけて放っておくわけにもいかず、目を離せない料理だ。朝食にぴったりのメニューだが、起きてから作るには時間と手間がかかりすぎるのが残念、と俺が言ったのをロルガは覚えていたのだろうか。
 イフュムス以来、ロルガは一人で料理をするようになった。こうして気まぐれに作る料理には何かしら心当たりがあるが、確認する術がない。自分に俺様ロルガのような図太さがあったら聞けるのだが、あいにく脳内には「自惚れるな」と冷たく見下ろしてくるイマジナリー・ロルガがいるので、そんな勇気が出るわけもなく真相は不明なままだ。二人で料理をする回数は減り、俺がロルガの指示を間違えて怒られることも久しくない。それを少し寂しいと思っているのは秘密にしている。

 結局、粥を冷ましながら食べるのに忙しくて、肝心な話をしていない。
 しかし、うやむやにするわけにもいかない。だって、おしゃれなウェア上下を着たロルガと腰布一枚の俺、どう考えたってチグハグだ。この不平等さを解消しないまま生活を続けるほど、俺はこの半裸生活を気に入ってはいないのだ。うっかりすると結び目は解けるし、日差しに透けるし、汗をかけば張り付く。すっかりソファに座る時には膝の上で行儀良く両手を重ねるようになった。
 腰布一枚生活から脱却しようと俺は顔を上げる。すると目の前には、いい感じに力の抜けたおしゃれウェアを着たイケメンが頬杖をついて俺を見ていた。
「ぐ……ッ」
 すぐに顔を伏せるが、モデルみたいなロルガのきらきらしい像は脳内に焼き付いている。勝手にゆるみはじめる口元を手で隠すが、絶対にロルガにはバレている。やっぱり、話をするときは暖炉の前のソファが良い。眼福を通り越して、目に毒なロルガを真正面から見ないで済む。
「食べ終わったことだし、話はあっちでいいよな?」
 視線をダイニングテーブルに落としたままそう言い、立ち上がろうとしたが、返ってきた言葉は期待を裏切る。
「いや、ここがいい」
 かすかに空気が漏れる音がした。絶対に、ロルガはこの状況を面白がっている。狙い通りにうろたえるのはシャクに触るので、そのまま目を合わさずに話をすることにした。
「で、何が俺のためなわけ?」
「お前は、やけに俺の股間を気にしているだろう?」
「言い方! 自分の股間だってぶらぶらしてたら気になるの! ロルガのを特別気にしているわけじゃない」
「初めのころは、散々ぶらぶらさせてたくせに」
「うるさい。熊だと思ってたんだよ。人間同士だと無理。恥ずかしい。アパクランの人は羞恥心がないわけ?」
「……そうきたか」
 俺の精一杯の嫌味にロルガは唸るが、あくまでもそれはお遊びの"フリ”だろう。ダイニングテーブルをコツコツと叩く指の動きは楽しそうだ。
「何度も言っているが、アパクランではあるものは見せるのが当然で、イフュムスの間は何も着ない人間の方が多いくらいだ。…………隠すなんて、誘っているのか? と聞きたくなるくらいだ」
 顔を伏せていて良かった。声だけでも、ゾクッとするほどの色気があった。俺が声を出せない隙にロルガは続ける。
「まぁ、でもたまにはナルシィ、お前に合わせるのも良いかと思ってな。これで毛皮がなくなっても、お前の気になるものは見えないぞ」
「いや、それなら俺も服——」
「おい」
 久しぶりに聞いたロルガの威圧的な声に思わず顔を上げると、しまったと思う間も無く、鋭い視線に射抜かれる。重苦しさに「は、」と俺が息をつくとロルガの表情がゆるんだ。急に子どもみたいな顔になる。
「わかってるだろう?……………聞かせろよ」
 イタズラが成功したみたいに嬉しそうな笑顔に俺も笑ってしまう。
「わかったよ」
「じゃ、最初から頼む」
「え、別にいいよ。ありが——むぐ」
 ロルガの伸びてきた手が俺の口を塞いだ。
「そうはさせるか。ちゃんと「俺はここに来て最初に会ったのがロルガで良かった。ロルガじゃなきゃダメだった」から言え」
 これが、記憶の良い人間を相手にすると言うことか、と俺はぐったりする。
 ロルガは手を離すと、ダイニングテーブルに身を乗り出した。
「目をそらしたらやり直しだからな」
「……最悪」
「最高の間違いだろ」
 俺はぎゅっと強く目を閉じて諦める。もうどう足掻いても、この恥ずかしさからは逃れられない。姿勢を正し、ゆっくり目を開けていく。焦点が合うと、思いの外真剣な顔をしたロルガが飛び込んできたが、その表情の意味を考え始める前に口を開いた。

「アパクランの雪原で、初めに出会ったのがロルガで、良かった。グズな俺に、辛抱強くつきあってくれる、ロルガじゃなきゃ、だめだった…………ありがとう」

 ロルガは大きく目を見開くとすぐに閉じた。体の力が抜けダラリとテーブルに寄りかかったが、すぐに動き出す。発芽した種から葉が顔を出すように、時間をかけて起き上がり背筋を伸ばし胸を張ると、目を開けた。
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