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春がきたら、全裸生活者はいなくなる

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 この世界に来てから、うつ伏せで寝るのが好きになった。温かい毛皮に頬を包まれて眠るのが気持ち良いと知ったから。
 ロルガの胸から毛皮が姿を消してからも、うつ伏せ寝の癖は染みついたままで、今もロルガの素肌に頬を押し当てて寝ている。目を開けて視界が白いと、自分はベッドに一人だとすぐにわかる。どんなに俺の寝相が悪くても、ロルガは俺の体を離そうとしない。多分、抱き枕がないと眠れないタイプなのだろう。
 いつの間にか季節は進み、春がやってきた。
 ロルガの睡眠時間は短くなり、朝起きて夜眠る人間らしい生活リズムで暮らしている。しかし、まだロルガの体は完全な人間には残っていない。初めてのサウナ体験から一ヶ月が経ったが、いまだに俺はロルガの新しい呼び名を決められないままでいる。だからあわせて言うと約束した、ロルガに会えて良かったという感謝の言葉は未だに告げていない。
 ロルガは折に触れて「決まったか?」と言ってくるが、無理に急かすようなことはしない。「新しい名で呼ばれるのが、待ち遠しい」と余裕の表情なのだから、いっそ諦めてくれ、忘れてくれ、と思うが、そんな奇跡は起こりそうにない。
「どうしたもんかなぁ」
 声に出しても誰からの返事もない。寝返りを打っても温かい感触に届かないベッドにいることが急に寂しくなって、ベッドを後にした。
 ドアを開けるなり、すぐに柔らかな声が聞こえる。
「よく眠れたようだな、ナルシィ」
「おはよ」
 暖炉前のソファに座るロルガと挨拶を交わしトイレへ行こうとしたが、強烈な違和感に足を止め振り返る。原因を確かめようとロルガの前へ回り込み、俺は自分の目を疑った。
「ん? ん? ん~~?!」
「どうした、ナルシィ? 見たことのない面白い顔をしているぞ」
 最近のロルガは太々ふてぶてしさが影をひそめ柔らかな笑顔を浮かべる。それは姉や妹が夢中になって追いかけていた俳優にどこか似ていて、その顔が「ナルシィ」と俺を呼ぶたびに気恥ずかしくて直視できない状態が続いていた。だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「はぁ?! ちょっとなんで服着てるの?! 服ないって言ったじゃん!!」
 光沢のある白い生地でできたシャツとパンツを身につけたロルガは俺の言葉に視線を落とし、すっかり忘れていた、みたいなわざとらしい顔をする。俺はカッとなって、思わずロルガの胸元に手を伸ばしシャツを掴んだ。
「う、わぁ~……」
 とろりと肌に添う滑らかな感触はため息が出そうなほど気持ちが良い。これは絶対高級品に決まっている。シンプルなデザインは寝るのに良さそうだが、パジャマ、なんて呼ぶのは全く似合わない。きっとラウンジウエアとか、ナイトウェアとか、おしゃれな名前で呼ぶべきなんだろう。
「なんだ、触れてみたいのか」
 ロルガはひょいっと俺を抱き上げると横抱きにして膝に乗せた。肩口に触れた頬を撫でる生地の感触にうっとり目を閉じそうになって我に返る。
「いや、ちがう! だから、なんで服着てるの?! ずるい! ないって言ったじゃん!」
「俺は嘘などつかない。ないと言ったのは、ナルセが着ていた服のことだ」
「ぐ、うぅ……」
 そう言われれば、そんな気がする。しかし、「なぜ服なんか着るのか」「全裸は気持ちが良い」と散々言っていた本人が、急に全裸生活に終止符を打ったのだから、俺は納得がいかない。
「じゃあ、理由を教えてよ。なんで急に服を着ることにしたのか」
「それは、ナルシィ、お前のためだ」
 にっこりと至近距離で微笑まれ、俺の心臓がうるさくなる。でも、こんな簡単な理由で、そっか~と納得するわけがない。俺は面食いだが、ロルガを相手にすると『ただし、イケメンに限る』が意外と発動しないことに気がついた。
「全然意味わかんないよ!」
「ははは、そうか。この顔はいいな」
 ロルガは俺の膨らんだ頬を片手で挟みぎゅっと潰すと、耳元に顔を寄せ、「ナルシィは、愛らしい」とささやいた。吐息に耳をくすぐられ、勝手に肩が跳ねる。俺はあわててロルガの顔を両手で押し返し、距離を取った。
「…………だから、意味わかんないってば!」
「それより、腹が減っているだろう? 続きは朝食をとりながらにしよう」
 グゥ、と腹が先に返事をしたので、俺はロルガの提案に従うしかなかった。
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