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思いを語り耳を傾けると、むず痒くなる

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 小屋の中の温度はさっきより下がっていた。熱気による息苦しさはなく、呼吸に気づかう必要もない。
 ロルガが最上段にゴロリと横たわったので、俺もそれにならってすぐ下の中段に体を投げ出した。背中全体が温められて、体がほぐれていくのが気持ち良い。大きく伸びをして目を閉じる。不安を遠ざけるように思い切り息を吐き出し、代わりに小屋の中に満ちた空気を吸い込む。もしも女神が気まぐれを起こすなら、俺に勇気をくれる気がした。
 ——思いを語り、耳を傾ける。
 ロルガに教えてもらった通りイフュムスを実行しようと、俺は口を開いた。
「俺、自分には意見もないし、やりたいこともないから、誰かの言う通りにすれば良いと思ってた。好きも嫌いもない。俺じゃなくても良い交換のきく人生に不満なんてなかった」
 前置きもなく自分語りを始める自分なんて、嘘みたいだ。それも相手の同意も確認せず、顔色をうかがうこともしていない。だけど、ロルガならちゃんと聞いてくれるとわかっていた。
「でもさ、ロルガが俺の勝手に作ったもの美味しいって食べたり、話を聞きたいって言うから、俺は変わっちゃったよ。これが食べたい、あれがやりたいって思うし、ロルガにして欲しいこともある。思い通りにならなきゃ不満だし、わがままで贅沢になった。…………多分、ロルガが俺に興味があるのは、俺が別の世界から来たからだと思う。俺じゃなくても良いんだよ。でも、俺はここに来て最初に会ったのがロルガで良かった。ロルガじゃなきゃダメだった。だから、その…………すごく感謝してる。あ——」
 唇に何かが触れ、動きを封じられる。目を開けるとロルガがこちらを覗き込んでいたが、日が落ちた薄闇の中ではどんな表情なのかわからない。俺の唇にはロルガの人差し指がそっと押し当てられていた。
「その先は明るいところで言ってくれ。どんな顔でお前がそれを言うのか、記憶に焼き付けたい」
「……ん」
 俺が頷くとロルガの指は離れていった。それでも魔法にかかったみたいに俺の唇は動かない。生々しく残る離れたはずの指の感触を、無理矢理に舌先で舐めて消した。

 しばらく沈黙した後で、今度はロルガが語る番になる。
 ロルガは自分の腕を支えに横向きに寝そべると、反対の手を宙に伸ばし、ふらふらとあてもなく動かした。まるで自分の過去を記した書物を手繰り、眺めているように見える。
「……確かに俺を人間に戻してくれるなら相手は他の誰でも良かったのかもしれない」
 自分で言ったこととはいえ、改めてロルガの口から聞くと胸が重たくなる。現実はどうあれ、俺が望んでいることではないのだから。俺だって代わりのいない人間でありたい、と思い始めてしまった。
「ナルセ、お前とはこの出会い方をしなかったら、きっとこうして近づくこともなかったと思う。俺は、はっきりものを言わないやつが嫌いだ。そういう中身のないやつとは関わる価値がないと思っていた。でも、お前を知り、考えを改めた。口に出さなくてもうちに秘めた思いがある。そうだろう?」
 宙を彷徨っていた手が降りてきて、俺の頬に触れた。俺が頷くのを確認するとすぐに離れたが、今度はロルガの体勢がうつ伏せに変わり、顔が近付いてくる。水面を覗き込む漁師のような視線に俺の全てが見透かされる。もしかしたら、俺の気が付かない感情までも。
「あの日出会ったのはお前で、俺とお前の二人でこの暮らしを作ったと思っている。それが現実で一番重要なことだ。なにより、俺はこの関係を気に入っている」
 再び、ロルガの手が俺の頬を撫でた。
「……お前、言い残したことはないか? 例えば、これからの俺との関係についてなど」
「別にない。これからも今まで通りよろしく、くらい?」
「はぁ……お前、さては鈍いな」
「え? なんでここにきて悪口いうの?!」
「俺は今まで通りにやろうとは思っていない。覚悟しておけ」
「はい、わかりました??」
 ロルガの宣言を意味もわからず承諾すると、俺の腹がグゥと鳴った。
「そろそろ、最後の食事にするか」
「やったー!」
 弾みをつけて起き上がると、自分の髪から汗が散り、ぱたた、と床を叩く音がする。低温とはいえ、再びのサウナ浴に汗をかいていた。
 小屋のドアを開けると同時に全身を撫でる夜風が冷たくて気持ちが良い。「シメに雪の中に飛び込みたい」と言ったら、ロルガに呆れた顔をされた。
「せっかく温まったのが無駄になる」
「え、前のとこではそういうものだったんだけど」
「この後、ゆっくりと食事をとりながら体の温度を下げていくんだ。……全く、お前は情緒がない」
「な……ッ」
 ムッとしたが、背後から伸びてきたロルガの腕に抱き上げられ、怒る言葉が続かなかった。
「あ、歩けるってば」
「ダメだ。雪に飛び込もうとするだろう?」
「しないってば!」
「この方が早い」
 なぜか向かい合うように抱き直された。俺を見下ろすロルガの視線には今までにない何かがある。忍び寄るようなむず痒い気持ちに身をよじれば、自分を抱くロルガの腕にいっそう力がこめられた。
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